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ザンに会いに行く予定が狂いしかも、面白くも無い話しを延々と聞かされて怒りが爆発寸前。
ライヤの性格上ぶん殴って逃げてしまえば終わりの筈なのに、そうできないのは相手の素性に関係している。
〝実家〟に深く関わっているスーツの男は、ライヤを連れ戻しに来ている使者だ。
「親父は出て行けっていってただろ」
「それは本心ではありません」
「実際別のヤツに継がせるって言ってたじゃねぇか」
長時間の談義に怒りを通り越しうんざりしたライヤは、早くこの男を諦めさせようと口実を頭の中で探す。
良い答えが出て来なくてずるずると会話を長引かせてしまったのだ。
もう溜息しか出て来ないライヤに、追い打ちをかける一言をスーツの男は呟く。
「貴方が住んでいる場所、特定しましたからね」
「――は?」
「最初この市場で貴方を見かけた時、近くの町にも探しに行ったんです。町は大きく分けて全部で三つほど。そのすべての町を調べてようやくライヤさんが住んでいる場所を見つけたんです」
「……で?」
「同居人がいますよね。しかも男性と」
そこまで解っているのか。とライヤはしばし沈黙する。
一体どこまで調べているのかは知らないが、ある秘策が思い浮かんだ。
口元を一瞬緩めるが男には判断できない。
「なんだ知ってんのか」
「はい?」
「あいつ俺の〝恋人〟」
「はい!?」
やはりそこまでは知らなかった様で、見えないサングラス越しの瞳は大きく見開かれている事だろう。
ライヤは心の底から思い詰めた様な口ぶりで続きを語る。
「この町に来て世話になってさ。男だし眼中になかったけど、だんだん惹かれていってさ」
「そ、それは」
「たぶん俺より年上だろうけど。なんか危なっかしくてほっとけなくて気が付いたら好きになってた」
大分わざとらしい表情で訴えたので、嘘だとバレるかと冷や汗を掻いたが上手くいったようだ。
「本気、ですか」
「ああ。だから親父には戻れないって言ってくれ」
様子からして四六時中見張っていた訳ではないようだ。
ライヤとアシュが一緒に住んでいる、把握している事実はそれだけ。
だからどうにか救われた。
行為まで見られていたらこの男の態度はもっと厳しかっただろう。
考え込んでいる隙にライヤはそっとその場を後にした。
戸惑った声がかけられたが無視する。
すっかり身体が冷えきった。
どんな行動を取るか解らないのでまっすぐ帰る事に決めた。
浅い眠りから目を覚ましたアシュは、ライヤの話しをぼんやりと聞いていた。
「そいつが来たら俺の恋人だって言え」
「それってなんで?」
「いいからそう言え! そいつがこなくなってもこれからは誰かに話すときも……あいつ、ザンにもそう言え!」
「……よく解らないんだけどどうして?」
「俺の都合だ。ほとぼりが醒めるまでお前、何処にも行くなよ? 俺がここを出て行くときも暫くは一緒だからな!」
勝手な事を言い放つライヤにアシュは腑に落ちない表情を浮かべる。
それをごまかすかの様にライヤはアシュの唇を自身のそれで塞ぐ。
頭を撫でる様に掴み舌をなんども絡める。
やがて離れるとアシュは苦しそうに呼吸を繰り返した。
何やら複雑な状況になってしまったようだ。
それもアシュには訳が解らないまま。
ライヤはザンには会っていないようで、そのスーツの男と会っていたらしい。
詳しくは語ってくれず、彼が訪ねて来るような事があったら、ライヤとの関係は恋人同士だと言えと命令された。
アシュの気持ちからすれば良い事なのかも知れない。
でも、それは偽りの答えだ。
ライヤはそもそもアシュを恋愛感情の目で見てはいないのだから。
そして愛や恋を理解できていない。
アシュはそれを教えてあげられる存在ではない。
憂鬱な気分でアシュは朝を迎えた。
そんな事件がきっかけでアシュは監禁から解放された。
大した期間ではないが、仕事を辞める事にまでなったアシュとしてはとても長い期間に思えた。
「あいつんとこに行くぞ」
「え? もしかしてザン?」
「ああ。周囲に言っておかないとな」