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「ザ……?」


 声をかけようとしたアシュをライヤが何故か制止する。

 片腕で掴まえられてしまい強引に部屋へと戻された。

 ベッドに放り投げられ背中が痛む。


「ちょ、なにを」

「あいつお前を誘いに来たんだってよ」


 寝起きの声音で囁くライヤがある物を指差す。

 それはキッチン器具の収納棚。

 その場所にはあの携帯が入っている筈だったが、扉は開かれて奇妙な形に曲がっている。


「もうないぜ。鬱陶しくて壊しちまったからな」

「どう、して」

「なんか鳴ってるって出てみたらあの野郎からでさ、あれ放置してるって教えてなかったのか?」


 指摘されればそうだったと項垂れた。


「代わりに俺が出て行ったら突然殴り掛かられてよ」

「は?」


 ――あのザンが?


 普段穏やかで怒鳴る事さえないあのザンが、ライヤに殴り掛かるなんて想像出来ない。


「胸ぐら掴んできたからぶん殴ってやったんだよ」

「そんな……」

「やっぱりお前はアシュの恋人なんだなってよ、一方的な思い込みでたまんねぇよ、こんな朝からまだ夜だろ!」


 ――怒らせた。


 危険な状況だと本能が警告をする。

 逃げる隙を見つけたくても身体が竦んで動けない。

 手首を掴まれる。


「な、なにするん」

「そんなに俺に犯されたいのかお前」

「は? そんなわけっ、ちょっ」


 確かライヤは男には興味ない筈だったよな、だからこれは脅し……。

 心臓を落ち着かせようと必死で冷静を保とうとするが、射抜く様な視線にただ呼吸が荒くなる。

 アシュは危機感から思い切り足を振り上げた。

 けれど全体重でベッドに押さえつけられて身動き一つ取れない。

 首元を噛み付かれて全身が恐怖に震える。

 どうにもできないのだ。

 悔しさで涙が滲む。

 せめて声を抑えようとしたが無駄だった。


 この瞬間からライヤとの関係はこじれた。


 ――彼の〝性処理〟の道具になってしまった。


 アシュはベッドの中でシーツにくるまり外の生活音に聞き耳を立てていた。 

 子供のはしゃぐ声、婦人の会話、犬の鳴き声。

 その中に靴音が響いて来るとその主が誰の者が慎重に聞き分ける。


 そして場合によっては出迎えた。

 この音なら大丈夫。そう判断してベッドから這い出る。

 働かなくなったアシュの筋肉は衰えてしまい、ろくに動かない為に少し歩いただけで呼吸が上がってしまう。


(ありがとう)


 開けたドアの隙間から小声でお礼を伝えると。


(大丈夫か? 無理するな)


 そんな心配をしてくれる声がかけられた。

 いつも嬉しくて涙が出そうになる。

 この人を愛せればいいのに――とアシュは落胆するがそれは声には出さずに心の中で呟く。

  ライヤに監禁状態にされた日から、状況を察知してくれたがこうしてアシュに必要な物。

 主に薬などを届けてくれる様になった。

 何より自分の所為でアシュが傷ついているのを知って相当ショックを受けたらしい。

 もうが自分に好意を寄せている事なんて態度で解っていた。


 だからこそ、アシュは彼に悪いと思うしもう関わらないで欲しいと伝えたのだ。

 それでも状況が良くなるまではと自ら足を運んでくれている。


 ライヤのいない隙を見て外に出る事は可能なのだが、バレてしまったら後が怖い。

 すっかり恐怖心を刷り込まれたアシュはその心を萎縮させてしまっていた。

 弱ったアシュを見兼ねてはアシュを連れ出そうと提案したのだが、了承してくれない。

 疑問を口にすると意外な答えが返って来た。


『ライヤの気持ちを知りたいんだ』


 酷い目に遭わされてそんな風に思う何ておかしいと非難してもアシュは笑うだけ。


『あんなに自分と違う人を初めて知ったんだ。もうちょっとだけ我慢してみる』


 そうは言うがザンからして見れば、一種の精神コントロールをされているとしか考えられない。

 監禁までされて支配されてしまった人間の心理とはどういうものなのか。


 やはり一緒に連れて逃げてしまおう。

 この町から遠く離れればそれで終わりだ。

 ザンはそう単純に考えていた。

 帰る途中でザンはライヤと遭遇してしまった。

 緊張が走ったが、目が会うと微笑するだけで立ち去った。


 ――知ってるのか。


 質が悪いヤツ。

 それだけでは済まない不穏な空気をあの男は纏っている。

 それはあの男が歩んで来た人生によるものなのか。それとも生まれつきなのか。

 それを確かめられるのはアシュかも知れない。

 どうにか手遅れになる前にアシュを助けたい。

 ザンはただそれだけを考えていた。


「今の彼、あなたのこと睨んでたわね」

「――は?」


 聞き慣れない可愛らしい声。

 自分よりも背丈が半分以下の、愛らしいその小さな影には思わず笑顔になる。


「ああごめん。俺に話しかけてたのか」


 目の前には花柄のコートの帽子を目深に被っている少女が佇んでいた。

 いつからかは解らない。

 フードと前髪から見え隠れする大きな瞳はザンを興味深そうに見つめている。

 鼻も口も小さくて、きっと声と同じ様に可愛い顔をしているのだろう。


「お知り合いなの?」

「あ? ああまあな」

「あの方のお名前は御存知?」

「ん? ん、ライヤっていうヤツだ」


 なんだか話し方と外見にギャップのある子供だった。

 戸惑いがちに問われた事を話したが妙に落ち着かない。


「ぴったりなお名前。獣みたいな目をして怖いわ」


 そういった少女の手は透けているように見えた、気がした。

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