6
その日以降。アシュは例の携帯を部屋に置きっぱなしにした。
もう少ししたら正真正銘の携帯を購入しようと決めて。
いつもと変わらない日常の午後。
ザンが携帯が壊れたと、参っいている様子でアシュに話しかけてくる。
見てみるとグレーの携帯はひび割れており画面は真っ黒だった。
「どうしたの?」
「どうもこうも。いきなり火花が散って動かなくなっちまった」
あの夜からぎこちない態度が目立った二人だが、ようやく自然に戻れて来た。
こうして気軽に話しかけて来る様子はいつもと変わらない様子に見える。
携帯から火花が散る、というのはおかしな気がした。
「なんだろう」
とりあえず顔見知りの電気屋へと足を運ぶ。
市場の中心にある、珍しくテントではなく木製の簡素な店。
掘建て小屋の外見に反して中には珍しい機器で溢れている。
店主の傍にあるカウンターの上に無造作に携帯電話が置かれていた。
修理も請け負う初老の店主にの携帯の状態を観察してもらう。
丸めがねの奥の細い瞳が微妙に歪んだ。
「原因不明、ね」
「分からないんですか」
「まだ半年も経ってない」
念入りに調べて貰っても結果は同じ。
調子の悪い時もあったがこんなに早く壊れるなんてと、文句を言いつつ携帯を預けて店を後にする。
「あれ、どうするんだろ」
「ほんとうに修理が無理なら新しいのにするよ」
「そっか今度は長持ちするのがいいよね」
市場を離れて坂道を歩いて行く途中。風が二人の間を擦り抜ける。
その瞬間――。
――!?
女の子? と、アシュは脳内でそのビジョンを幻かと追いかけた。
しかし、振り返ってもその影も形もない。
様子のおかしいアシュをザンが気遣う。
「……いま、女の子通ったよね」
「いや? どうした大丈夫か?」
確かに髪の長いまだ幼そうな少女が自分との間を通った筈だ。
下り坂の先にも少女の姿はなし。暫く周囲を凝視してみたが見つけられない。
やがてに笑われて歩みを早めた。
疲れているらしいとあまり考えない様にしたかった。
それでも一瞬とはいえあの少女の姿は脳裏に焼き付いてしまっている。
家に帰っても落ち着けずベッドの中でも落ち着けない。
狭いベッドは一人分しか入れないので、ライヤが眠るのはソファなのがお決まりだ。
ちょうど寝顔が見える位置の所為か自然に見つめてしまう。
外見からはアシュと同年代――二十代前半かと思ってはいたが、寝顔は幼さを残している。
首を絞められた日から険悪な雰囲気が続いており、更に携帯を放置している事が気に食わない様だった。
――仕方無いじゃないか。
恐らく盗聴器くらいはしかけられているのだろう。
だからこそあんな言葉を投げ掛けてあんな事を仕掛けて来たのだ。
いい加減、出て行って欲しいと根気よく伝えれば……。
「どうにもならないか」
また、首を絞められる。もしくはもっと酷い目にあうかも知れない。
穏便に出て行ってもらう策はないかと思考を巡らせる。
どうせ眠れないのだしあの少女の事が頭を過るので気を紛らわせるのにちょうどいい。
ライヤは今まで出会った人間達の中でもやっかいな人種であるのは理解した。
彼の事を考えていると睡魔が襲って来た。
ようや眠れる様だ。
アシュの呼吸は穏やかな寝息に変わる。
無事に眠れたアシュだったが、その朝はいつもより早くなってしまった。
室内に響き渡った破壊音にアシュは飛び起きてベッドから落ちてしまった。
「いったあッ」
何が起こったのかと焦りが全身に冷や汗をかかせる。
痛む肩をさすりながら立ち上がってすぐに異変に気付く。
ドアが開けられておりライヤの姿が見えない。
まだ外は薄暗い。夜明け前だ。
何やら話し声が聞こえる。ライヤだろうか。
それと聞き覚えのある声が混じっていた。
外に出てみると――ライヤの後ろ姿とその傍に座り込んでいるザンの姿があった。
アシュの姿を見るとザンは腫れている頬を手の甲で隠しながら、遠慮がちに立ち上がって歩いて行ってしまった。