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しかし重要な部分はお互いに隠したまま。
ライヤから貰った携帯は仕事仲間との連絡手段にも使っていた。
市場で働く人々には便利な物で、高額でも無理をしてでも手に入れるらしい。
特定の店に雇われていない場合は、連絡番号さえ伝えていればいつでも仕事の話しができる。
ライヤとは携帯で会話もメールもまだしていない。
常々聞きたいと思っている事があったのだが、口にだせず。
だからこそこの携帯をいつか使おうと思っていたのだが。
――どんなタイミングがいいんだか。
その時、携帯の着信音が鳴り響いて、まどろんでいたライヤが驚いてテーブルに突っ伏していた上半身を跳ねさせた。
「……ん、だよ?」
「あ! ごめんね!」
慌てて携帯を確認するとある筈の履歴がなかった。
今のは確かに着信音だった筈。
しかし履歴には何も残されてはいない。
首を傾げるアシュにライヤは舌打ちするともう一度テーブルに額をくっつけてしまう。
また眠るのかと流石に注意すると、近くに置いてあったワインボトルを掴んで床へと放り投げて唸る。
幸いボトルは割れる事は無かったが、酒癖が悪い男にアシュは肩を落とす。
同時に溜息を吐くと携帯に視線を戻してもう一度息を吐く。
誤作動だろう。と判断して気にしないようにした。
先日市場の人達も携帯や器具の故障が多くて困ると言っていたのを思い出したからだ。
また誤作動があったらライヤに相談しよう。
その彼は目の前で本格的に深い眠りに落ちてしまっていた。
アシュは仕方無く毛布を彼にかけて、夕食の後片付けに手を付ける。
蛇口から流れる頼りない水が手と皿を濡らす。
こうした生活はいつまで続くのかなどと思考を巡らせて、またも溜息を吐いた。
どうやらライヤとの生活はアシュに相当なストレスを与えているようだ。
翌日。
仕事帰りに同業者の男達を夕食をかねた飲みに誘った。少しでも気分転換がしたいと思ったから。
そこで初めてライヤにメールを送り遅くなる旨を伝える。
返信が無いので届いたかは解らないが話しが盛り上げると忘れて行く。
「誰もしらない街があるって聞いた事あるか?」
一番年上の二十代後半くらいの男――ザンがそんな事を言い出す。
年齢よりも大人びて見える彼はふいに空に視線を泳がせた。
アシュ達は作業着のまま市場の片隅の露店で食事をしていた。屋根はなくうっすらと星の見える夜空が広がるのが見えている。
空を見て言うのでまさかと思い彼に視線を向けると。
「あ~冗談だ冗談! 空にある街なんて単なる噂話しだよなあ」
彼同様、周囲の仲間達は空笑いしたが、アシュだけは真剣な顔で目を丸くしてその話しに興味をそそられた。
それを感じ取った彼はもう少しだけ話しをしようと気が変わる。
「昔、世界中の機械やら衛星までおかしくなった時期があっただろ? そのどさくさに紛れてとんでもない街が作られてたって話しさ」
「誰が作ったの?」
「さあそれはわからねぇけど……それだけの技術があるんならどっかの国の機関とかか? 何が目的かはさっぱり……でも、行方不明の人間が続出した時期も確か同じだったよなあ?」
興味深くその話しに聞き入っていたアシュだったが、他の男達が更に酒をあおりだし急激に盛り上がってしまったため、強制的にその話しは打ち切られてしまった。
また今度聞こうと考えながら、アシュの酒の進みも早くなる。
久しぶりに多量の酒を飲んで振らつくアシュを抱えて歩いて行く男は、さきほどのあの街の話しをしてくれたザンだ。
お開きになる頃はとっくに深夜を超えており、明日はお互いに仕事が休みだったが、このままアシュを帰すのは危険だと判断した彼は自宅に泊めてくれる事になった。
アシュとは違い酒の強いザンは全く酔っていない様に見える。
靴を脱がせてベッドに横にしてくれたザンにアシュは礼を言うと瞳を瞑る。
「ありがとう」
「弱い癖に飲み過ぎだろ」
「あれ? 一緒にのんだのって初めて、じゃ」
「前に一杯だけあっただろ? すぐに顔真っ赤になって」
静かに呼吸を繰り返すアシュの顔を覗き込み、ザンはふと呟く。
「お前さ、男と住んでるんだって?」
「え」
複雑な表情でアシュを見つめる彼に笑いかける。
「うん。そうだけどどうして」
「お前の近所に住んでるヤツから聞いた」
「そっか」
「お前はその、俺の感だけど」
口ごもるザンに微笑を向ける。
解る人間には解るのだ。
それにザンはそういう相手と仕事をしていた事があったと前に聞いた。
そういえばその話しをしたのが軽く一緒に飲んだ時だったか、と思い出す。
「そうだね、わかりやすくいうと。どっちも好きだけど」
「やっぱそうか! そいつお前の?」