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数日後。
金もなく動けずにいたアシュは結局この町に留まっていた。
当然この部屋からも動けない。
そして彼はやって来る。
ドアをノックする音にアシュは息を飲んで堪える。
アシュを呼ぶ声に何度も生唾を飲込んでジッと踞る。
やがて足音が遠ざかっても暫くは床に這いつくばっていた。
足の痺れにやっと身体を起して大きな溜息を吐くとソファに寝転がった。
「ほんっとに来たよ」
疲労感に襲われて仰向けに天井を見上げていると、ある事を思い出し声を上げる。
「やばっ時間!」
この数日の間でライヤに警戒しつつどうにか仕事を見つけていたのだ。
決して安定はしていないが無いよりはマシ。
日雇いと変わらない契約だが、荷物運びの仕事に出掛ける。
場所は例の市場。
他国や他の町から入って来る荷物をリヤカーで運ぶ仕事だ。
運転はできないのでひたすら全身を使って大きな荷物を運ぶ。
体力はそこそこだと自負していたアシュだったが、情けない事に数十分後には息切れしていた。
作業着代わりのタンクトップには汗が滲んで顔からも汗が滴り落ちている。
賃金を貰う頃には手足は震えてまるで全力疾走したランナーのような出で立ちになってしまっていた。
他の作業員には笑われる始末。
しかし金が手に入ったのは素直に嬉しかった。
買い物をする気力は無かったので明日に変更した。
ぼんやりと帰路を歩いて行く。
頭の隅では考えていたが――その姿が自分の部屋の前に在るともっと疲れが酷くなった気がした。
「……ライヤ」
やっぱり、と落ち込みながら彼が待つ自分の部屋の入り口へと歩いて行った。
「おまえとっととシャワー浴びろ!」
勝手に部屋に一緒に入って来て出た言葉はそれ。
半分呆れ顔でライヤを見たが極めて真剣な顔つきに諦める。
確かに汗臭いしすっきりしたい。
でも、彼には言われたく無い。
それでも素直にシャワーを浴びて、バスルームから出て来たアシュは床に置かれた物に目を丸くする。
「こ、これは」
「あ? ああ俺の荷物」
どういう事だろうと聞くまでもなく。
ただ「俺もここに住むから」と一言告げられて急に胃が痛くなったアシュは青ざめた。
大きなボストンバックから取り出された”中身”にアシュは頭痛を覚える。
それは明らかに札束であり人生で初めて見る金額だ。
やはりただ者ではない。
アシュの困り顔にほくそ笑んだライヤは、何か硬い物質を手の平に握り込んで差し出して来た。
ネイビーブルーの”携帯”。
ほんの少し前までは全世界に普及していた代物。
アシュも幼い頃手にした記憶はある。
しかしそれは仕事上のみでありプライベートで持ち歩いていたのではない。
ライヤはこの携帯をアシュにくれるというのだ。
すぐに金がないと拒否をしようとしたが、アシュの負担は無し。それに仕事もしなくていいと云う。
逆に怪しまれそうだと断るとつまらなそうに顔を背けられた。
「とにかく持っとけ」
「し、仕事は続けるからね」
それは承諾してもらえて一安心する。
こうして奇妙な同居生活が始まった。
相手の事を良く知らないままの突然の同居生活。
食の好みや会話の内容までことごとく噛み合ないのが悩みの種だ。
最初のうちはお互い合せている所もあったが、根本的な性格の違いからすれ違うのが多過ぎる。
ライヤは酒好きで女好き。
アシュも酒は好きだが女好きではない。むしろ……。
――まあ両方かな。
食事中に変な会話の流れになり、酔ったライヤが一方的に話しかけて来る状況。
それに適当に答えていたアシュだったが、荒い口調のライヤに閉じ口すると視線を皿に向けていた。
既に食べ終わりその痕跡だけが残されている。
同居してから約二週間ほど。
短期間でいろいろ解った。