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アシュは不思議な感覚に支配されていた。
完全にライヤのペースに嵌められているのは解ってはいたが、引き止めたのは自分。
だから、こうしてもてなすのはおかしな事じゃないと言い聞かせる。
グラスに注がれたワインを煽っているライヤの前に手料理が乗った皿とフォークを差し出す。
出来立ての鶏肉のソテーとわずかにレモンの香りが鼻孔をくすぐる。
「おーうまそう」
「さっき言ってたけどもう平気なの?」
「まあ、身内みたいなもんだし危ない真似はしてこねぇだろ」
偶然アシュの部屋に飛び込んで来た理由。
それはある人間に追われていたという話しだった。
詳しくは話そうとはしないが彼の知り合いらしい。
見た目はモデルのような容姿だが、荒っぽい口調に野生的な空気からして自分とそう身分的な違いはなさそうだとアシュは判断する。
恐らくろくな知り合いではないのだろう。
そこで漸く彼に不信感を抱き、不自然ではない様に慎重に会話を途切れさせた。
沈黙の中でライヤが食べる音だけが響く。
不思議そうにアシュに「お前は」と問いかけるが、アシュはいつももっと遅い時間に食べるんだと返答する。
そして時間は過ぎて。
自然とライヤが腰を上げた。
見ず知らずの男が突然押し入ってきてその男と談笑した挙げ句食事まで出す。
異常な状況だとアシュは自分の軽率さを心中で後悔した。
去り際に顔をアシュに向けるとライヤは笑みを向ける。
「ありがとな」
「あ、うん」
「やっぱお前変なヤツだな」
「え?」
「普通、こういう事しねぇだろ」
こういう事――アシュの行動全般の事を指し示す。
冷や汗が背を伝うのを感じる。
そんなアシュの心を見抜いているかのような琥珀色の目。
「また来るな」
「へ?」
高い声を上げるとライヤはアシュを見ないまま出て行ってしまう。
途方に暮れたアシュは頭を抱えた。
――どうしよう。もうここに居られないかも。
まだ来たばかりの町。部屋。
それなのにこんな事になろうとは。
何か恐ろしい事に巻き込まれてしまうかも知れない。
そんな恐怖にその夜は眠れなかった。
この時代、この世界は数々の争いで傷つき、国家自体がすでに形を成さない劣悪な状態となっている国が多い。先進国は限界の状況でどうにか形を保ってはいるが生活は保障されてはいない。
アシュはその劣悪な状態の国の生まれだった。
表では堂々と生きてはいけない身分だ。
だから、何かの事件に巻き込まれて消されてしまっても何の問題も起こらない。
質素に目立たずに生きて行こうと決めた矢先だったのに。
ついてない。それだけでは納得できない。
しかし、時間は流れて行く。