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アシュを逃そうにも上手い口実も作戦も思い付かず、テティーがアシュに同調している部分が見受けられてどうにかチャンスが巡って来た事に喜んでいた。
かといって逃がす、という事は実際かなり難しいが、此処から離れさせれば隙ができるかも知れない。
「テティーはあの男がアシュをこっぴどく振ってくれるのを望んでるみたいよ」
「どういうこと」
「だって口でなんていってても結局アシュはライヤが好きなんでしょ? だからあんな暗示にかかった」
荷物を大きなバッグに詰め込みながら苛立つ声音を隠さない。
「自分のライヤへの愛を無理矢理信じさせられた」
「逐一やつらの情報を聞かされてたから、なんか身近に感じちゃってね。あんたもそうでしょ」
「そう、だね。ザンも少しは知ってるけどちょっとかわいそうだよね」
「ライヤにはアシュを愛してるって言ってもらうしかない」
そうしなければ傷ついたアシュは今度こそ、心の底からペネムを求めてしまうだろう。
なんとしてでもテティーはアシュを贄としてしまう。
昔から徹底した冷酷さを持つ少女に苛立ちをおさえ切れない。
「テティーは私たちが贄には反対だって知ってるでしょ。だから慎重に動かないとね」
「どうするの?」
「とりあえずあいつら一時的にどっかに隠すか」
興奮すると男言葉に近くなるベルタにレフは緊張で唾を飲む。
出来る筈のない作戦を実行に移すしか術は無い。
それ程、このペネムは世界の機器、情報を操作、監視さえできる驚異的なシステムを内包しているのだ。
だが、その機能も間もなく停止しようとしている。
修復する方法は限られていた。
港に停泊する船から人が溢れ出ていた。
その中の一人である長身の男が、グレーのロングコートを纏って周囲を見渡している。
手元の丸い機器を操作すると盤上に映像が映し出された。
どうやらこの周辺の地図のようで確認すると男は歩き出す。
細い道を辿り、やがて荒れた土地が姿を現した。
「視認はできないか」
機器を仕舞うと今度は別の道を歩き始める。
少しだけ懐かしく感じる貧しい町。
賑わっていた市場はすっかり寂れてしまっていた。
その合間を抜けて坂道を上がって行く。見覚えのあるコンクリートの建物の前で立ち止まり、ノックをする。
「お久しぶりです。レナートです」
声を張り上げてみる物の返事は無かった。
もう一度ノックをしようと思ったが、何となくドアノブを回してみる。
呆気なくドアは開いてしまった。
そして違和感がレナートを支配する。
――帰ってないのか。
様子からしてここ数日、主が帰って来ていない事をその空気が告げていた。
妙に思って市場へと足を運ぶ。
かろうじて店を開いていた雑貨店の女店主に話しを聞く事ができた。
「見かけないね」
「黒髪で童顔の男は見かけませんか?」
「え? あ! ああそういえば男の子と一緒に来た黒髪の人がいたっけね」
「そうなんですか?」
「あと綺麗な赤い髪の女の人もいたね」
どうやらザンがこの店に立ち寄って、知り合いと一緒にいたらしい。
簡単に交流関係を調べていたのだが、そんな情報は一切入っていなかった。
やはり何か違和感を覚え、入念に調べてみる事に決める。
ザンの居所を調べようと市場の周辺の賃貸物件を確認する。
眼中に無かったのが災いしてどうにも見つからず、気付けば夜を迎えていた。
飲まず食わずで捜していたレナートは壁に凭れ掛かり、溜息を一つ。
夜空に目を向けた時だった。どこからか足音が聞こえて来たのは。
壁に設置されている細い灯がその足音の主を照らす。
――!
それは虚ろな顔で彷徨う捜していた人物――ザンだった。
「ここで何を」
問いかけに答えになっていない声が返って来る。
「……アシュが、いない」
一言呟くとその場に踞る様に座り込む。
レナートは駆け寄るとその様子を見て愕然とした。
どうやら夢遊病の一種の様で、意識が朦朧としている。
この辺りに住んでいるのだろうか?
家を捜すにもこの様では聞く事もできない。
仕方無く彼を抱き込む様に引っ張って、壁に背を凭れさせる。
まだ冷え込む季節だ。
凍えて死なれてしまっては困る。
そう思い、一晩どうにかやり過ごした。
翌朝になって驚いたのはザンである。
目の前の男の顔を両手で掴んで引き離す。
「なんだなんだ!?」
「――ん」
目を覚ましたレナートはザンの口を塞ぐと簡単な説明を話す。
「おじざしぶりです。アシュさんと貴方をさがじでまじだ」
「すごい声だな」
寒空の下で一晩過ごしたのだから予想はつく。
案の定風邪をひいてしまったレナートに、罪悪感からザンは彼を借りているアパートへと連れ帰った。
アシュに会いに来たというのは分かったが、目的は何なのかを訊くと意外な内容だった。
「ライヤさんがきちんと話しをしたいようで」
「へえ。あいつが?」
「ザンさんはあそこで何をしていたんですか」
「……それが記憶が曖昧で。なんか変なヤツと会った記憶があるんだけど」
ひとまずその話しは無視して、アシュについて確認をする。
「何処にもいないんだ」
「ここから出て行ってしまったんですか」
「分からない。誰かと一緒ならいいんだが」
困り果てたのはザンだけではない。
彼をライヤの元へと連れて行こうと、わざわざ船でやって来たレナートは熱っぽい頭を抱えた。
――レーダーも反応しない。映像にも映らない。
「いてっ」
突然、ザンが頭痛を訴える。
どこか打ったのかと触ってみるが特に異常はない。
ぶつぶつと呟き始めるので様子を伺った。
「どうしたんです」
「……広い、空間、の女……」
意識の混濁が見られる。
「見えない、建造物」
奇妙な言葉にレナートは焦燥感を覚えた。




