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大きなモニターに映し出される映像に飽きたライヤは欠伸を一つする。
教授はその爬虫類を思わせる目をさらに吊り上げて高い声を響かせた。
「ライヤ・バルテン!」
「は~い」
「そんなに退屈なら出ていきたまえ!」
「は~」
返事ではなく溜息を吐く振りをして一人席を立つライヤ。
左右から笑い声が聞こえる。
良くあるパターンに自分でもうんざりしていた。
どうしたって退屈してしまうし、こんな講義を受けても将来役に立つとは思えない。
退屈な毎日だ。
毎日経済について学び父親の事業を観察する日々。
今直ぐにでも飛び出したかったが、厳しい監視がついてしまって自由になるのは困難。
レナートは父につきっきりで話し相手がいない。
退屈で仕方無かった。
ついこの間までは隣にいれば構ってやってた存在がいたが、もう関係無い。
「思い出す必要なんかないだろ」
本心が読み取れない表情で自分を見つめる男の顔が、脳裏にちらついて心がどうしようもなくざわめく。
さっさと離れれば良かったのだと今更ながら後悔をしていた。
今、あの男がどう過ごしているのかなどと気にしてしまう自分に嫌気がさす。
ライヤの未来は父親の事業を受け継ぎ、いずれ結婚をする事。
その相手はやはりヴィレに有利な相手となるのだろう。
かつて父はライヤに出て行けと怒鳴った。
それは何故だったのか今は思い出せない。
苛立ちは増して行く。
このままこのつまらない人生を送るのか。
例えヴィレを更に躍進させたとしても、満足なんてできないのは目に見えている。
そんな生活望んではいない事も解っている。
「アシュ」
無意識に名前を呼んでしまい慌てて周囲を見回した。
幸い通路には誰も無い。
久しぶりに煙草でも吸おうかと考えたが気が向かなかった。
授業が終わる頃、ライヤが通路の窓から身を乗り出しているのを見つけた生徒が数人駆け寄って行く。
「あっぶなー! 何してんだよ」
「あ? つまんねぇんだよ」
「意味がわからん! 戻ってくればいいだろ」
赤毛で硬そうな髪をしたクラスメイトはライヤの首根っこを掴んで引っ張る。
だるそうに体勢を元に戻し大きく背伸びをして向き直った。
すると怪訝な顔つきで見られる。
「なんか元気がないというか生気がないというか」
「そんなワケあるかよ」
「だって、消える前はばか騒ぎばっかしてたじゃん。なんかよく分からん事でも」
そんな失礼なもの言いにその顔面に拳を突き入れると通路を歩き出す。
その後ろを赤髪と数人のクラスメイトが付いて来る。
――ああだからヤなんだよ。
グループで固まって過ごす時間が嫌いだ。
一人でいたい時は一人にしろ。
そんな勝手な文句を心中で吐き捨てる。
「アシュ……」
「ん? ア? なんかいった?」
またもや、あいつの名前を呼んでしまったかと口を手の甲で押さえた。
「ライヤ~?」
「……なあ。次の休みってよ、予定あるか?」
「は?」
突然の誘いに戸惑うのは赤毛のクラスメイトだけではない。
「確か連休あるよな」
「あ、えっと、3日くらいだけど」
どうしようもなく苛立っていた。
そしてとても悔しかった。
一人で行ってもいいが、数人で脅かしてやるのもいいだろう。
こいつらは自分と同類なのだから。
そう思うと笑えて来る。
元々、レナートの立場は社長秘書兼、社長子息であるライヤのお守役だ。
それなのに全く会話もできていない事に溜息を吐いてしまう。
秘書の仕事は第一優先だが、子息であるライヤの話し相手の役目も大切な仕事。
久しぶりに仕事が早く終われてライヤの部屋を訪ねたのだが。
「ライヤさん?」
「あ」
「何をされてるんですか」
隣にあのボストンバッグが置いてあり、とても嫌な予感がレナートの脳裏を過る。
「何処に行く気ですか?」
「連休にちょっと」
「たったの三日ですよ! 不可能です!」
「大丈夫だって。どうせ俺の中にチップが埋め込まれてるんだ。逃げられねえし」
言葉に詰まってしまったレナートに
度重なる勝手な行動に関してとうとう制限をされてしまったのだ。
衛星を駆使して居場所を感知させる、チップを腕に埋め込まれた。
例え帰って来なくとも簡単に見つけられてしまう。
「本当に帰って来られるんですね?」
「ああ」
「会えたとしても何を話されるんですか」
「分からない、分からないけど、でも答えを出さねぇと」
その先は何と言いたいのだろう自分は。
形にできない想いがわずらわしく感じて、唇を噛んだ。
レナートが心配しているのは、あの青年に酷い事をしないかというのもある。
どうしても気は変わらない様なので、決して危害を加えない事、迷惑をかけない事を入念に伝えた。
そうでなくとも勝手に上がり込んで居座っていたのだ。
それに肉体関係だってあるのだから、と呟く。
ライヤは皮肉な笑みを浮かべると衝撃的な言葉を告げた。
「ああ。セフレってのとは違うな」
「はい?」
「俺、あいつを強姦したようなもんだし」
「は!?」
信じ難い言葉にレナートは瞬くとベッドに座っているライヤを見据える。
真顔であるのを見て、それが事実だと知ると手が出てしまった。
バシっという渇いた音が響く。
息を荒げたレナートは低い声音になった。
「それがどういう事なのかお判りなんですか」
赤くなった頬をさすって、ライヤはレナートに向き直ると肩を竦める。
「罪悪感なんてねえ。あいつ過去に散々遊んでたらしいぜ」
開き直った態度を示すがどうにも挙動がおかしい。
口ぶりに反して語気が弱いのだ。
額に手を当てて思考をまとめるとレナートは疲れた声を上げる。
「わかりました」
「あ?」
「必ず帰って来てくださいね」
そう伝えると手荷物を纏めたら呼ぶ様に話す。
ライヤはレナートの反応に吹き出すと高い天井を見上げた。




