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誰かが連れて来た修理屋が、市場の土地を隆起させてしまったケーブルを直して、ぽつぽつと営業を再開する店が増えていたが活気を取り戻すには時間がかかりそうだ。
主に荷物を運ぶ役目の従業員達の姿が減ってしまっている。
別の街へと仕事を探しに流れてしまったのだ。
留まっているのは数人の若い男達だけ。
修理の手伝いが目的。
賃金も貰えるが生活の足しにはならない。
それでも残った一人であるザンは、どうにか他の仕事も探してこの市場の周辺に住んでいた。
仲間達はとっくに出て行ったというのに、疑問を投げ掛けられれば適当にあしらっている。
――アシュが帰って来ない。
あの場所で消えてしまってからアシュの姿を見かけない。
市場の人間達に話してみても相手にしてくれないので困っていた。
宙に浮かんでいたように見えた少女と共に消えたアシュ。
夢でも見ている気分だったが紛れも無い現実。
二人が消えた場所に触れても何も起こらない。
何かがある筈だと思っていたのに拍子抜けしてしまった。
辺りを見回して見ても、枯れた草木ややはり渇いた土しかなくて変わっている様子はない。
もしかしたらライヤに頼めば、どうにかできるかも知れなかったが彼はもう此処にはいない。
休憩の為に入った店の入り口で唸っているザンを見兼ねて声をかける者がいた。
「お兄さん、ここにいたらみんなの邪魔なんじゃない?」
「え! あ、ごめんな」
声は下から聞こえて来る。
見ると自分の身長半分ほどの少年がザンを見上げていた。
茶色の肩下までの長い髪、緑の大きな瞳。
黒髪、黒目のごく普通の見た目のザンは、この頃出会う人間達の容姿との差に少しだけみじめな気分に陥る。
そんな見知らぬ男の気持ちなど知らず、少年は白いコートから両手を出して〝お願い〟のポーズをした。
「ところでさちょっと教えて欲しいんだけど」
「なんだ?」
「この辺りで綺麗な女の人見なかった?」
と、そんな事を訊かれて首を傾げてしまう。
思い当たる節がないので素直に返答してやると心底困った様な口ぶりだ。
「もう五日目だよ~どこ行ったんだろ」
「行方不明なのか?」
「新しい香水が欲しいって言ったきり帰って来なくてさ~、そろそろ出発なのに」
ぶつぶつと呟く少年は歳相応な顔をして文句を言っている。
出発という言葉が気になって問いかけてみた。
「旅行、か?」
「え? うん、まあそんなとこ。えっと心当たりないんならいいや」
「ちょっとまて!」
呼び止められた少年は目を丸くしてザンを見つめる。
「俺も手伝ってやるよ」
出て行って五日と言っていた。
泊まっているホテルからいなくなったと考えるのが妥当だが妙な気がした。
この辺りで観光になりそうな目玉のスポットなんてない。
それに――。
――香水のにおい?
この少年からは確かに女の香水のにおいが漂っている。
おそらくその女性の香水のにおいなのだろう。
脳裏にはすぐにあの言葉が過った。
〝女のにおいがした。香水の〟
――まさかな。
自分が嗅いだ訳では無いので全くの検討違いの可能性は高いが、確かめずにはいられない。
少しでも手掛かりを探したいから。
市場には輸入品を扱う店も多数存在する。
中でも衣類や化粧などと女性向けの商品を扱うところは繁盛していた。
こんな状況でもこうした店は、機器の不調にはさほど影響されないので開いてはいる。
天気の良い日中しか開けなくなってしまったが。
「珍しいね男二人って」
「どうも」
出迎えた店員は中年ほどのふくよかな女性。
視線はもっぱら少年へと注がれている。
「彼女にプレゼントかい」
「ううん。人探し! 髪が腰まであって赤いストレートな髪で目はつり目なんだけど、綺麗なお姉さん来なかった?」
「う~ん? 知らないねえ。目立ちそうな人だから覚えてそうなんだけど」
記憶になさそうだと諦めかけていると、すうっと良い香りが漂って来た。
どこからかと視線を彷徨わせるといつの間にか少し先に女が立っている。
赤いストレートの長い髪。
確かに整った顔立ちをしていた。
――美人だな。
近づいて来る女にザンは見とれていると、女は少年に向けて声をかける。
「もしかして私を捜してたの?」
「そうだよどこ行ってたんだよ!」
「良かったねえ」
やはり香水を探していたらしくこの店の噂を聞いて歩き回っていたのだという。
何処に行っていたのかはっきりとは話してくれなかった。
「ありがとう、えっと」
「ザンだ」
「あ! そうなんだ! 俺は……」
「ありがとうございました」
名乗ろうとした少年の手を取って歩き出す女はザンを警戒している様子。
――だからこそ確信にも似た思いに捕われた。
ザンがとった行動は強引なものだった。
少年の肩を掴んで引っ張って引き寄せてしまう。
手が離れた二人は驚いてザンをみやる。
「質問に答えてくれ」
さもなくばこの子を返さない。と言葉にせずともがっちりと少年を拘束している。
女は溜息を吐くと肩を竦めた。
「なんなのよもう。あなたアシュの言ってたザンっていう男でしょう」
「やっぱりか! アシュはいまどこに」
「言えないわ。言ったらアシュを連れ戻そうとするんでしょ?」
「当たり前だ! 無事なのか!」
「無事も何もとっても大切にされてるわ、男にも女にもね」
舌を出してくすりと笑う女。
不気味な表情にザンは思わず生唾を飲んだ。
異常な気配がするのだ。この女には。
髪を払い両手を翳すとザンに向ける。
勘が働いて思わず少年を突き出すと女は舌打ちをした。
「もうほんとうに間抜けなんだからあんたは!」
「ご、ごめん、まさかザンだなんて知らなくてさ~」
引き下がりそうも無いザンに、女は渋々という表情で淡々と語り出す。
「アシュはもう帰って来ない。私たちの家族になったから」
「家族?」
「うん。幸せそうだよそれに」
その先を言うな、と女に目配せをされて少年は黙り込む。
ザンは不信に満ちた目で二人を睨んだ。
「他に何か理由でもあるのか」
鋭い問いに女は息を飲んで一言。
「悪いけど教えられない」
「だったらこいつは預かるぞ?」
「え、ちょっとそれは」
困った様子でザンと女を交互に見つめる少年。
女はずっと怪訝な顔つきをしていたのだが、ふいに瞳を伏せて意外な表情を見せる。
「反対したんだけど本人の望みじゃねぇ」
「う、うん、だよね」
「は? なんだよ」
何かすごく重苦しい雰囲気に胸騒ぎを覚える。
次に女が放った言葉は非常に不可解な内容だった。
「アシュは、あの船の糧になるの」




