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それでもドアを開けようとしない事に腹を立てた使者は、乱暴にドアを開いてしまった。
「あ」
「いい加減にしてください!」
ザンを招き入れた時に鍵をかけ忘れていたらしく何とも簡単に開いてしまった。
ソファに踞る様に座っていたライヤを睨むスーツの男。
胸元のポケットにはサングラスがしまわれており、ゆるくパーマのかかった灰色の長い髪と赤い瞳が目を惹く。
ザンはライヤやアシュよりも背丈はあるがこの男はもっと大きい。
遠慮なく話し出す男は丁寧な口調だったがどこか威圧感がある。
すっかり男とライヤは話し込み、うんざりした様子で説教を受けているライヤに笑いをこらえようと必死だった。
思っていたよりも扱い易い男なのかも知れない。
ザンは彼等のやり取りを見て、少しだけライヤの評価が変わった。
スーツの男の名はレナート。ライヤの実家の関係者との事。
アシュが帰って来たら話しを聞きたいという事らしい。
今までも何回も訪ねたが、居留守を使われたり当人に会ってもはぐらかされたりで、話しは進んでいないようだった。
ライヤを連れ帰りたいという。
その為にはアシュを説得しなければならないと焦っていた。
――すっかりあいつ等が恋人同士だって思い込んでるな。
ライヤがアシュを利用しているだけだときちんとアシュと話せば理解するだろうか。
ザンとしてもアシュがライヤを吹っ切ってくれれば嬉しいとは思う。
しかし、アシュはライヤをどれくらい本気で好きなのか?
考えてみれば、アシュはライヤの事を〝好き〟だとか”愛してる”とか言っている記憶はない。
顔を見ていなかった期間で何かあったのだろうかと、ライヤに確認しようとしたら靴音が聞こえて来た。
このタイミングでアシュが帰って来たのだ。
「ごめんね遅くなっ」
「アシュさんお帰りなさい」
立ったままだったレナートはドアが開かれた瞬間にそう声をかける。
息を飲む声音と困り顔のアシュがドアの隙間から伺えた。
視線がライヤ、ザンへと映ると見開く。
ザンが居る事に驚いたのだろう。
ゆっくりと中に入ってレナートの前に歩み寄る。
「レナートさん」
「今日こそはきちんとお話しさせていただきます。申訳ありませんが、ザンさんは部屋の隅かもしくは外に出ていてください」
「え? あ、ああ」
仕方無く外へと出たザンだったが、話し声がドア越しに聞こえて来てどうにも落ち着けなかった。
アシュとレナートはソファに座り、ライヤは椅子の背もたれに顎を乗せる形で座っている。
「今日こそはライヤさんを連れて帰ります」
それにはまずアシュを説得しなければと考えていた。
こうして正面からアシュの顔を見て話すのは初めてだ。
ライヤとは何度も話しができているがその度に、アシュがなどと渋っていた。
すっかり二人の仲をライヤの思う様に認識してしまったレナート。
どうしたらアシュがライヤを諦めてくれるのか考え抜いた結果。
そっと耳打ちをする。
(大きな声で云えませんが、ライヤさんは昔から女遊びが激しいんです)
「え?」
本人の目の前でそんな忠告をするなんて小声で話す意味もないだろう。
アシュは視線をライヤへと泳がせるがしかめっ面をしているだけだった。
レナートは溜息を吐くと困ったように微笑む。
「まあこんな事をお話しても信じられないと思いますが」
「いいんです、俺も同じようなものですから」
意外な答えに目を丸くしたレナートは、アシュを凝視する。
アシュは一呼吸の後にはっきりと口にした。
「正直に言いますけど俺とライヤはその、セフレですから」
そんなアシュを、驚きの目で見据えたのはレナートだけではない。
ライヤも思わず椅子から立ち上がって、二人の傍に歩み寄った。
「どういう事ですか?」
「ちがっ」
「彼の為になるなら……連れて帰ってあげてください」
真剣な瞳を向けられて、レナートはライヤへと視線を移すがライヤは顔を背けていた。
納得できない心境だったがこれはもう言い逃れできないだろうと……ライヤは肩を竦める。
「さあご準備を」
「あ~、めんどくせ」
あっさりと嘘を認めて支度を整えるライヤ。
もともとボストンバックに入れる荷物などたかが知れており、出て行こうとすればいつでも可能だった。
使者がやって来た時点で捕まらない内に出て行けば良かったのだ。
そうしなかったのはまだアシュを利用しようという思惑が残っていたから。
一瞬、アシュの顔を見て何か言いたそうに唇を開く。
本来の自分ならばここで文句の一つでも言って殴り掛かるか、もしくは無理矢理アシュを連れて行くかしている筈。
何故か動けなかった。
アシュがこれまでに見せた事の無い静かな表情をしていたから。
聞きたい事も確認したい事もたくさんあるのに。
――クソが。
内心で舌打ちして、乱暴に衣類や日用品を詰めたボストンバックを肩にかけると、何も言わずに出て行ってしまう。
レナートは額に手を添えて溜息を吐いた後、アシュに丁寧なお礼を伝える。
「ありがとうございました。貴方がいなければ野宿でもして身体を壊していたかも知れません」
「……そんな事ないですよ」
「いいえ。それだけこの辺りの住人達は警戒心が強いのです。失礼ですが、現にアシュさんもあまり交流をされていないように思えますし」
遠慮がちに云われても根底には嫌悪があるのを感じ取れる。
嫌われたって構わない。蔑みの目は慣れっこだった。
それにもう二度と会う事もないのだろうし。
「ライヤに」
独り言のように話し出すアシュ。
「はい?」
「いつか、本当の恋人ができるといいですね」
それは心の底からの願い。
意外だと言いたそうな表情で見据える灰色の髪の男に笑いかける。
「なんだか愛には無縁に見えるから」




