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三、視線と疑念の交錯

 絡繰(からくり) 螺子(らし)は、屋敷の地下室に眠る巨大な自動人形の心臓部から、漆黒のネジが発するおぞましい「真っ黒な意思」が、直接脳内に響いてくるのを感じていた。


 その冷酷な破壊衝動は、幼い頃に家族を奪ったあの日の記憶を鮮明に蘇らせ、彼の全身を震わせる。

 息を詰めてその声に耐えていると、背後からルシアン・ヴァンスの涼やかな声が響いた。


「どうしました、絡繰殿? お顔色が優れませんが」


 ルシアンの碧い瞳が、螺子らしの顔を射抜くように見つめる。

 その声は心遣いを装いながらも、どこか螺子らしの反応を試すような響きを含んでいた。


 螺子らしは、己の感情を悟られぬよう、ゆっくりと漆黒のネジから手を離し、振り返る。

 彼の視線は、ルシアンの背後に控える秘書、クレアへと向けられた。


 クレアは、一切の感情を排した無表情で、常に螺子らしの一挙手一投足を観察していた。

 彼女の手には、螺子らしの作業内容や言動、特にからくりに話しかけるような奇妙な振る舞いや、漆黒のネジに触れた際に苦痛に歪む螺子らしの顔色の変化までが、細かく記録された帳面が握られている。


 クレアの視線は、まるで研究対象を観察する科学者のように冷徹で、螺子らしにとって、自身の秘めた過去を暴かれているような居心地の悪さを常に感じさせていた。


「この屋敷の絡繰は、想像以上に複雑で、かつ奇妙な『声』を宿しています」


 螺子らしは、漆黒のネジから聞こえる「真っ黒な意思」については伏せ、あくまで一般的な故障として、しかし含みを持たせて答えた。

 ルシアンは「ほう」と興味深げに頷き、一歩前に進み出た。


「やはり、貴方にしかできない仕事のようですね。ですが、その『声』とやら……それは、絡繰殿の特別な才覚ゆえのものと伺っております。どのような『声』が聞こえるのか、差し支えなければお聞かせ願えませんか?」


 ルシアンの声はあくまで穏やかだったが、その碧い瞳の奥には、螺子らしの能力を深く探ろうとする好奇心と、計算されたような狡猾さが見え隠れしていた。


 彼は、自身の能力では捉えきれない、からくりの持つ「意思」や「記憶」の断片を、螺子らしの能力を通して得ようとしているのかもしれない。

 もしそうであれば、螺子らしは単なる修理屋ではなく、ルシアンにとって非常に有用な「道具」と見なされていることになる。


 螺子らしは沈黙した。


 漆黒のネジから聞こえる「殺せ、殺せ」という直接的な、純粋な悪意の声を、この男に明かすべきか。

 もし明かせば、ルシアンはそれをどう利用するのか。


 家族の悲劇の根源に関わるこの「真っ黒な意思」を、安易に他者に語ることはできなかった。


「……それは、言葉では表現しがたいものです。長く使われたものが宿す、魂のようなもの……としか」


 螺子らしは曖昧に答えることで、漆黒のネジに関する核心を避けた。

 ルシアンは、螺子らしの返答に満足したのか、それとも諦めたのか、ふっと笑みを浮かべた。


「なるほど、神秘的ですね。しかし、私にはもう少し具体的な情報が必要となるかもしれません。なにせ、この屋敷には、単なる老朽化では片付けられない『秘密』が隠されているように感じますので」


 ルシアンはそう言って、自身の能力を示唆するかのように、壁にかけられた古びたタペストリーにそっと触れた。


 彼の指先が布に触れた瞬間、ルシアンの瞳が僅かに揺らぎ、その表情に一瞬だけ、過去の残像を読み取るような集中が見て取れた。

 すぐに表情は元に戻り、彼は何事もなかったかのように微笑んだ。


「この屋敷の持ち主だった一族は、唐突に没落しました。その裏には、きっと絡繰殿が聞くような『声』が関わっていることでしょう。私はその『真実』を知りたいのです。全てを」


 ルシアンの言葉は、螺子らしの探求心を刺激すると同時に、彼自身の秘密主義な一面をさらに際立たせた。


 彼が屋敷の「真実」を求める真の理由は何なのか。

 そして、彼自身の能力が、螺子らしの探求にどう影響するのか。螺子らしの中に、ルシアンへの不信感が募っていく。


 その日の夜、螺子らしが仮の宿とした屋敷の離れで、彼は玄斎師匠から借りた古いからくりの文献を広げていた。


 屋敷で感じた漆黒のネジの感触と、それから聞こえた「真っ黒な意思」が脳裏から離れない。

 文献には、ごく稀に、特定の素材で作られた「禍つまがつぐぎ」と呼ばれるものが存在し、それがからくりの「意思」を歪め、持ち主に不幸をもたらすという記述があった。

 その記述は、螺子らしの家族を襲った悲劇と完全に一致していた。


 翌日、螺子らしが屋敷の修繕作業を再開すると、ルシアンは、さらなる調査の専門家として、ドクター・ワイズマンを招聘したことを告げた。

 ドクター・ワイズマンは、丸眼鏡をかけた小柄な学者で、その瞳の奥には異常なまでの知的好奇心が宿っていた。


「絡繰殿の特殊な才能については、かねてより学会でも噂になっておりました。からくりの『声』を聞く、と。これは脳科学的にも、物理学的にも極めて興味深い現象です。ぜひ、貴方の協力をお願いしたい」


 ワイズマンはそう言って、螺子らしのからくりの「声」を聞く能力を、あたかも実験動物を見るかのような目で観察しようとした。


 彼は、からくりの内部構造や、漆黒のネジの性質を解明するためならば、どのような実験も躊躇しないような冷徹さを持っていた。


 螺子らしは、ワイズマンの倫理観を欠いたような探求心に、嫌悪感を覚える。

 彼は、からくりの「声」は単なる現象ではなく、そこに宿る魂であると考えていたからだ。


 ルシアンは、螺子らしとワイズマンの対立を静かに傍観していた。


 彼にとって重要なのは、屋敷の謎が解明され、漆黒のネジの秘密が暴かれること。

 そのためならば、どんな手段も厭わないだろう。


 彼の穏やかな微笑みの裏に、冷徹な計算と、自身の目的達成のためには他者を道具と見なす非情な一面が見え隠れしていた。


 螺子らしは、この絡繰屋敷の謎を解くことが、家族の死の真相へと繋がる確信を深める一方で、ルシアンとワイズマンが、漆黒のネジから何を「引き出そう」としているのか、そしてそれが新たな悲劇を生まないかという、深い疑念と警戒心を抱くのだった。


 彼の個人的な探求は、いつの間にか、より大きな陰謀の渦へと巻き込まれていくのを感じていた。

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