表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/15

一、絡繰屋敷 ~最初の邂逅~

 小春こはるの骨董店での出会いから数日後。


 明治か大正か、あるいはその狭間にあるような、和と洋が入り混じる帝都の街並みを、二台の馬車がゆったりと進んでいた。

 一台はルシアン・ヴァンスが乗る豪華な洋式馬車。もう一台は、彼の秘書クレアが用意した、螺子らし用の簡素な和風馬車だ。


 螺子(らし)はこの乗り物特有の不快な揺れに、僅かに眉をひそめていた。

 彼が最も落ち着くのは、油と木の匂いが混じる自身の工房か、あるいは修理中のからくりの傍らだったからだ。


 やがて馬車が止まると、目の前に現れたのは、帝都の喧騒から隔絶されたかのような広大な敷地だった。重厚な黒塗りの門扉には、蔦が絡みつき、その向こうには鬱蒼とした木々が不気味に立ち並んでいる。


「こちらが、新しく私が所有することになった屋敷です」


 ルシアンの涼やかな声が、螺子らしの耳に届いた。

 螺子らしが馬車を降り、見上げた先には、息を呑むほどの巨大な日本家屋がそびえ立っていた。


 瓦屋根は青みがかった光を帯び、壁は漆喰と木材で構築されている。

 一見すると由緒正しい貴族の邸宅だが、螺子らしの視覚には捉えきれない、もっと複雑な“何か”が、その建造物全体から滲み出ているのを感じ取った。


 ルシアンとクレアが門扉を押し開けると、古びた蝶番が耳障りな金切り声を上げた。

 その音は、まるで屋敷が自らの口を開き、訪問者を迎え入れているかのようだ。


 荒れ果てた庭を通り、玄関へと続く石畳を踏みしめるたび、螺子らしの耳に、微かな、しかし確かに存在する「声」が届き始めた。


「キィ……ギィ……」


 それは、風が板戸を揺らす音でも、古木が軋む音でもない。

 まるで、建物そのものが内部で蠢く巨大な機械であるかのように、無数の歯車が回り、ゼンマイが巻かれ、重厚なピストンが上下する音が、彼の脳内に直接響いてくる。

 屋敷全体が、生き物のように脈打っているのだ。


 玄関にたどり着き、ルシアンが古びた引き戸に手をかけた。

 螺子らしは、その扉の内部に潜む無数の絡繰の存在を、指先が触れる前から感じ取っていた。

 ルシアンが僅かに力を込めると、戸はまるで自らの意志を持っているかのように、ゆっくりと、しかし確実に内側へ開いていく。


 一歩足を踏み入れた瞬間、螺子らしの脳内を、これまで経験したことのないほどの「声」の奔流が襲った。


「ヒッ……ギギギ……壊レル……!」

「誰ダ……ここヲ荒ラスノハ……!」

「アアア……動カナイ……動カシテクレ……」


 無数のからくりの「声」が、錯綜し、悲鳴を上げ、混乱している。


 屋敷の奥からは、さらに不穏で、重苦しい「声」が響いてくる。

 それは、螺子らしの家族を奪った、あの漆黒のネジが発する「真っ黒な意思」に酷似していた。


 螺子らしの心臓が激しく脈打ち、全身の血が凍り付くような感覚に襲われる。


「どうしました、絡繰殿? お顔色が優れませんが」


 ルシアンの涼やかな声が、螺子らしの耳に届いた。


 その声には、僅かな好奇心と、相手の反応を試すような響きが混じっている。

 ルシアンの碧い瞳が、まっすぐに螺子らしの顔を見つめていた。


 螺子らしは無言で、だがはっきりと、ルシアンの視線を受け止めた。

 彼の脳内で響き渡るおぞましい「声」は、この屋敷が、家族の死に関わる何かを、確かに秘めていることを告げていた。


 修理の依頼というだけではない、自身の探求の最終地点が、ここにあるのかもしれない。


 螺子らしは深く息を吸い込み、屋敷の奥から響く「声」の源へと、その視線を向けた。

 彼の、漆黒のネジを巡る、そして自らの過去を巡る戦いが、今、始まったのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ