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【完結】絡繰師と漆黒のネジ ~ 黄昏の迷宮屋敷 ~  作者: ましろゆきな


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終わり、新たな螺旋、絡繰師の未来

 絡繰からくり屋敷の地下深く、漆黒のネジの禍々しい光が完全に消え去り、研究室には清浄な空気が満ちていた。


 螺子らしの必死の作業と、彼自身の「からくりの声」を聞く能力によって、巨大な装置に組み込まれた漆黒のネジは、その「真っ黒な意思」を失い、単なる記録装置へと成り果てた。


 解放されたネジからは、かつて吸い上げられた無数のからくりの「声」が、喜びと安堵の微かな響きとなって螺子らしの脳内に届く。

 疲労困憊の螺子らしだったが、その心には確かに、深い安堵と、そして未来への希望が芽生えていた。



 ルシアン・ヴァンスは、クレアに支えられ、茫然自失のまま研究室を後にした。


 彼の瞳には、かつての冷徹な輝きはなく、失われた記憶の奔流と、それによってもたらされた真実の痛みに打ちひしがれた、一人の人間の姿があった。

 ドクター・ワイズマンもまた、自身の野望が潰えたことに絶望し、嵐のように去っていった。


 研究室には、螺子らし一人だけが残された。



 螺子らしは、ゆっくりと立ち上がると、研究室の壁に描かれた歪んだ数式や呪術的な紋様を見つめた。

 これらは、漆黒のネジの力を引き出すためのものだった。


 しかし、螺子らしにとっては、もはやその力は不要だった。

 彼の使命は、この忌まわしい技術を完全に封印し、二度と悲劇が繰り返されないようにすることだった。



 螺子らしは、屋敷に残された全ての漆黒のネジを中和する作業に取り掛かった。


 茶室のからくりに埋め込まれたネジ、庭園の仕掛けに隠されたネジ、そして屋敷の防衛機構の要となるネジ。

 一つ一つ、螺子らしは丁寧に「光の螺旋」の技術を施していく。


 からくりたちは、螺子らしの手によって呪縛から解き放たれるたびに、本来の穏やかな「声」を取り戻し、感謝するように微かに脈動した。


 螺子らしの指先が、からくりの冷たい金属に触れるたびに、螺子らしの心にも温かい光が灯るのを感じた。



 ■◆■◆ 絡繰からくり師としての新たな道 ■◆■◆



 漆黒のネジの脅威は去った。


 屋敷のからくりたちは、もはや「真っ黒な意思」に囚われることなく、本来の「声」を取り戻し、安堵したように静かに脈動している。


 螺子らしは、自身の家族を襲った悲劇の真相を知り、復讐の念から解放された。

 彼の家族は、悪意によって操られた「禍つ釘」の犠牲者であり、からくりそのものに罪はなかった。


 そのことを理解した螺子らしは、からくりの「声」を聞く自身の能力を、呪いではなく、人々が失った記憶や、物が宿す温かい「意思」を紡ぎ直すための「光」として受け入れることができた。



 螺子らしの工房は、これまで悲劇の記憶に囚われていたが、これからはからくりたちが安らぎと、再び動き出す喜びの「声」を上げる場所となるだろう。


 彼は、壊れたからくりに宿る「意思」に耳を傾け、彼らが再び人々に寄り添えるよう、心を込めて修理を続ける。

 螺子らしの手にかかれば、どんなに古く、壊れたからくりでも、再び命を吹き込まれたかのように動き出す。



 螺子らしは、玄斎げんさい師匠のもとを訪ね、今回の顛末を全て報告した。


 玄斎は、静かに螺子らしの話を聞き終えると、深々と頷いた。


「ようやったな、らし。お前は、絡繰からくり師としての真の道を歩むことができた。

 禍つ釘の力を封印し、からくりの魂を守った。お前こそが、この時代の真の絡繰からくり師じゃ」


 玄斎の言葉は、螺子らしにとって何よりも重いものだった。


 彼は、師匠から受け継いだ古の知識と、自身の独創的な技術、そして何よりもからくりへの深い愛情をもって、新たな道を切り拓いていく覚悟を決めた。



 ■◆■◆ 未来への螺旋 ■◆■◆



 螺子らしの未来は、希望に満ちていた。彼は、絡繰からくり師として、様々な場所で活躍することになるだろう。


 八重やえは、屋敷の「真実」が明らかになったことで、長年の忠誠心の重荷から解放され、安らかな日々を送るようになった。

 彼女は時折、螺子らしの工房を訪れ、昔の屋敷のからくりの思い出を語っては、螺子らしの修理を見守った。



 かおるは、屋敷の悲しい過去を知りつつも、螺子らしの手によって「禍つ釘」の呪縛が解かれたことを喜び、新たな未来へと歩み出した。

 彼は、螺子らしの工房に頻繁に顔を出すようになり、からくりの修理を手伝うこともあった。

 螺子らしは、馨がからくりに触れるたびに、その純粋な好奇心が、かつての彼自身のようだと感じた。


 小春の骨董店は、これまで通り螺子らしと世間を繋ぐ温かい場所であり続けた。


 小春は、螺子らしの活躍を聞き、時には彼のために珍しいからくり部品を探し出してくることもあった。

 彼女の屈託のない笑顔と、温かいコーヒーは、螺子らしにとって安らぎのひとときだった。



 そして、ルシアン・ヴァンスは、失われた記憶を取り戻したことで、自己の存在と向き合う長い旅を始めるだろう。


 彼は、絡繰からくり屋敷を慈善団体に寄付し、その研究室は歴史的な絡繰からくりりの資料館として保存されることになった。


 ルシアンが今後、過去の過ちをどう償い、どのような道を歩むのか、螺子らしには分からない。


 しかし、螺子らしとの出会いは、彼の冷徹な心に、人間らしい感情の揺らぎと、自身の弱さを受け入れるきっかけを残したはずだ。



 螺子らしは、からくりの「声」が、単なる機械の音ではなく、人々の営みと感情が刻まれた、かけがえのない記憶であることを知っている。


 彼は、これからもからくりの「声」に耳を傾け、壊れたものたちの「物語」を紡ぎ続け、静かに、しかし確かに、人々の心に温かい光を灯していく絡繰からくり師として、未来へと歩んでいく。


 彼の指先が紡ぎ出す新たな螺旋は、かつての悲劇の螺旋とは異なる、希望に満ちた未来へと繋がっていくのだった。

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