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【完結】絡繰師と漆黒のネジ ~ 黄昏の迷宮屋敷 ~  作者: ましろゆきな


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十二、漆黒の螺子、最後の審判

 絡繰からくり屋敷の地下深く、冷たく湿った空気に満ちた隠された研究室は、異様な光景と音に包まれていた。


 中央に鎮座する巨大な絡繰からくりりの装置は、漆黒のネジの禍々しい光を放ち、その心臓部からは「真っ黒な意思」が怒涛のように脈打っていた。

 それは、螺子らしの家族を奪った悲劇の記憶を呼び覚ます、おぞましい波動だ。


 ルシアン・ヴァンスの狂気じみた記憶への渇望と、ドクター・ワイズマンの歪んだ科学的探求心。

 二つの執着が共鳴し、漆黒のネジの力は臨界点に達しようとしていた。



 螺子らしは、その起動しかけた装置の前に立った。

 彼の瞳には、もはや迷いはなかった。


 家族の仇を討つだけではない。

 この屋敷の全てのからくりの「声」を守り、ルシアンとワイズマンの野望を阻止する。

 それが、彼の新たな使命だ。


 漆黒のネジが発する「殺せ、殺せ」という命令が、螺子らしの脳内に直接響き渡る。

 だが、それだけではない。屋敷のいたるところから、からくりたちの悲鳴にも似た「壊されるな」「助けてくれ」という切なる「声」が、螺子らしの心に訴えかけてくる。



 螺子らしは、これまでの調査で得たすべての知識と、玄斎げんさい師匠から教わった古のからくり術、そして彼自身の独創的な修理法を総動員した。


 彼は、漆黒のネジが発する「真っ黒な意思」に逆らい、それを中和する「光の螺旋」を生み出す方法を模索していた。


 それは、からくりの「意思」を尊重し、彼らの本来の目的を呼び覚ます、螺子らしにしかできない、慈愛に満ちた修理法だった。



 ルシアンは、螺子らしの目の前で、装置の最終起動レバーに手をかけた。


 彼の顔は、失われた記憶への渇望で歪み、その瞳には狂気の色が宿っている。

 ワイズマンは、興奮して呼吸を荒げながら、螺子らしを研究対象と見定め、その行動を克明に記録しようと身構えていた。



「もはや、止められませんよ、絡繰からくり殿。

 私の記憶は、今、このネジによって再構築される。そして、私は……真の私となる!」


 ルシアンの叫びとともに、装置から漆黒の光がほとばしり、研究室全体を包み込んだ。

 その光は、螺子らしの家族を襲ったあの日と同じ、忌まわしい波動を放っている。



 螺子らしは、迷わずその光の中へと飛び込んだ。


 彼の指先が、巨大な漆黒のネジに触れた瞬間、螺子らしの脳内には、ルシアンの失われた記憶の断片、先代当主の狂気、そして無数のからくりの悲鳴が、津波のように押し寄せた。


 それは、螺子らしの精神を破壊しかねないほどの情報量だった。

 過去の怨念、歪んだ執着、そして純粋な悪意。それらが、螺子らしの精神を蝕もうと襲いかかる。



 しかし、螺子らしは耐えた。

 彼の指は、漆黒のネジの構造の隙間を縫うように、まるで踊るかのように動き出した。

 懐から取り出した、玄斎師匠から譲り受けた古びた工具が、螺子らしの指の動きに合わせて、かすかな金属音を奏でる。


 螺子らしは、そこへ新たな「光の螺旋」を組み込んでいく。

 それは、特定の金属と霊木を合わせた、玄斎師匠の文献にも記されていた「浄化のからくり」の技術だった。


 古の絡繰からくり師たちが、この禍つ釘の力を無力化するために編み出した、秘術。

 螺子らしにしか聞こえない、からくりの「声」が、彼の指の動きを導く。



 漆黒のネジの「真っ黒な意思」が暴れるたびに、螺子らしの全身に激痛が走る。

 視界が歪み、平衡感覚が失われる。

 しかし、彼は家族の顔を思い浮かべ、屋敷のからくりたちの切なる「声」に耳を傾け、決して諦めなかった。


「壊されるな……生きてくれ……」


 螺子らしの心の中で、家族の声が響く。

 彼らは、からくりによって命を落としたが、からくりを憎んではいなかった。


 からくりに、魂があると信じていた。

 螺子らしもまた、彼らの信じたからくりの魂を守るために、ここにいる。



 螺子らしが組み込んだ「光の螺旋」が、漆黒のネジの中心で、力強く輝き始めた。


 その光は、まるで太陽のように、研究室の闇を打ち払い、漆黒のネジから漏れ出ていた禍々しい「真っ黒な意思」の波動が、目に見える形で弱まっていくのが感じられた。


 漆黒のネジはもはや、人の「意思」を破壊する力を失い、単なる記録装置へと変化していく。

 その中で、ネジに閉じ込められていた無数のからくりの「声」が、解放されたかのように、喜びの響きを上げ始めた。



 ルシアンは、螺子らしが漆黒のネジに触れた瞬間から、苦悶の表情でうずくまっていた。


 彼の脳内では、失われた記憶が断片的に蘇りつつも、漆黒のネジによって歪められた「意思」が崩壊していく過程で、激しい混乱が起こっているのだ。


 ネジの力が中和されていくにつれて、彼の顔から狂気が消え、代わりに深い苦痛と混乱の表情が浮かんだ。

 彼は、螺子らしが漆黒のネジの呪縛を解いたことで、望んでいた記憶を取り戻したが、それは彼自身がこれまで目を背けてきた、残酷な真実でもあったのだ。


「ああ……これ……は……」


 ルシアンは膝から崩れ落ち、頭を抱える。

 彼の記憶は、漆黒のネジから解き放たれたが、同時に、そのネジがもたらした歪みや、彼が犯そうとした過ちの全てが、鮮明に蘇ってしまったのだ。



 その瞬間、ワイズマンが螺子らしに襲いかかった。


「何をする! 私の研究を邪魔するな! この禁断の技術こそ、人類の未来だというのに!」


 ワイズマンは、漆黒のネジが力を失ったことに激昂し、螺子らしを排除しようと狂乱した。


 しかし、そこへルシアンの秘書、クレアが静かに、しかし素早い動きで割って入った。


「ドクター・ワイズマン。ルシアン様の精神状態は不安定です。

 これ以上の実験は危険と判断いたします」


 クレアは、ルシアンの忠実な秘書として、彼の身の安全を最優先した。


 彼女の冷徹な判断が、暴走するワイズマンを阻止する。

 ワイズマンは憤慨し、クレアを睨みつけるが、彼女の命令には逆らえず、螺子らしとルシアンを残して研究室を後にした。



 研究室には、螺子らしと、うずくまるルシアン、そして漆黒のネジの禍々しい輝きが消え、穏やかな光を放ち始めた装置だけが残された。


 漆黒の螺子らしへの最後の審判は、螺子らしの勝利で幕を閉じたのだ。


 だが、その勝利の代償として、螺子らしの心にも深い傷跡が残された。

 彼の指先は震え、全身の疲労は極限に達していた。


 しかし、彼の瞳には、確かに安堵と、そして未来への希望の光が宿っていた。

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