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【完結】絡繰師と漆黒のネジ ~ 黄昏の迷宮屋敷 ~  作者: ましろゆきな


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十、科学と狂気の共鳴、ワイズマンの歪んだ野望

 ■◆■◆ 科学と狂気の共鳴、ワイズマンの歪んだ野望 ■◆■◆



 絡繰屋敷の地下深く、冷たく湿った空気が漂う隠された研究室は、異様な熱気を帯びていた。


 壁に歪んだ数式や呪術的な紋様が描かれた薄暗い空間の中央には、禍々しい存在感を放つ巨大な絡繰りの装置が鎮座し、その心臓部には、螺子らしがこれまで見てきたどの漆黒のネジよりも大きく、脈動する螺旋が埋め込まれていた。


 螺子らしは、このネジが「人の意思を破壊し、特定の命令を植え付け、精神を再構築する」という禁断の技術の核であることを知っていた。


 ルシアン・ヴァンスが失われた記憶を取り戻すためにこの力を求め、螺子らしの家族を襲った悲劇の根源がここにあると確信していた。



 そのルシアンの隣で、ドクター・ワイズマンは興奮を隠しきれずにいた。


 彼の丸眼鏡の奥の瞳は、研究室の装置と漆黒のネジの間を忙しなく動き、その脳内では、狂気じみた計算が高速で繰り返されているのが手に取るように分かった。

 彼の指は、宙を舞うように動き、虚空に複雑な数式を描いているかのようだ。


「ルシアン様! このネジの構造は、まさしく人類が到達しえなかった領域です!

 これを解析し、応用できれば、人の精神を自由に操作し、感情すらも書き換えることが可能となる! 我々は、歴史を、未来を創造できるのです!」


 ワイズマンは、ネジから漏れ出る「真っ黒な意思」の波動を一身に受けながら、狂ったように高笑いした。


 彼の声は研究室の石壁に反響し、螺子らしの耳には不快な金属音として響いた。

 彼の歪んだ好奇心は、この禁断の技術を、人類の新たな可能性として利用しようと画策しており、倫理観など彼の中には存在しなかった。


 ワイズマンにとって、ルシアンの記憶の奪還は、その禁断の技術の有効性を証明するための、格好の実験台でしかなかったのだ。


 彼は、ルシアンの目的を達成させつつ、その過程で得られる「意思操作」の技術を、自身の研究のために利用し、やがてはルシアンすらも凌駕しようと目論んでいる。



 ■◆■◆ 科学の冒涜、研究者の狂気 ■◆■◆



 ワイズマンは、螺子らしの観察を続ける傍ら、漆黒のネジの物理的・科学的解明に一層の執着を見せていた。


 彼は、ネジのサンプルを採取しようと、地下研究室の装置に組み込まれたからくりを破壊することも躊躇しなかった。

 ワイズマンの手には、常に様々な測定器や、鋭利な解体道具が握られている。

 彼は、まるで生き物の解剖でもするかのように、無造作にからくりの部品を引き剥がしていく。



 螺子らしが見守る中、ワイズマンは先代当主が精巧に作り上げたであろう、時を刻む黄金の歯車を乱暴に掴み、漆黒のネジが組み込まれたその心臓部を、容赦なく抉り取った。


 黄金の歯車が地面に転がり、甲高い音を立てる。

 螺子らしには、その歯車から「痛い! 壊れる!」という悲痛な叫びが聞こえた。

 ワイズマンは、その「声」には全く耳を傾けず、ただネジの破片を小さな瓶に集めていく。



「このネジは、通常の金属構造を持たない。

 微細な顕微鏡で見ても、その組成は極めて複雑で、既知の元素では説明できない。

 未知の元素か、あるいは……まさか、生体構造の模倣か?」



 ワイズマンは、高倍率の顕微鏡を覗き込みながら、興奮した声で呟いた。


 彼の分析は、漆黒のネジが、単なる呪いの部品ではなく、特定の「生命力」や「意思」を宿す、ある種の有機的な存在である可能性を示唆していた。

 螺子らしが聞く「真っ黒な意思」が、単なる幻聴ではなく、実体のあるものかもしれないという仮説に、螺子らしは戦慄を覚えた。


 それは、螺子らしの能力そのものの科学的解明に繋がりかねない、危険な領域だった。



 ワイズマンはさらに、螺子らしのからくりの「声」を聞く能力を、「脳内の電気信号の異常な共鳴」と解釈し、そのメカニズムを解明しようと、螺子らしに直接的な脳波測定や、奇妙な薬剤の投与さえ提案してきた。


 彼の言葉は、螺子らしを研究対象としか見ていないことを明確に示していた。


「絡繰殿。貴方の脳波を測定させていただければ、この現象の全てが解明されるはずです。

 これは、人類の科学に新たな扉を開く、画期的な研究となるでしょう!

 貴方の協力なくしては、この奇跡は永遠に闇に葬られる!」


 螺子らしは、からくりの「魂」を冒涜するワイズマンの行為と、自身を実験台にしようとするその執着に、強い反発を覚えた。


 彼の探求は、知識の探求というよりも、もはや狂気に近い。


 螺子らしは、ワイズマンの探求が、漆黒のネジの技術を「再現」し、さらにそれを量産しようとしているのではないかと疑い始めた。

 もし、この漆黒のネジが量産されれば、螺子らしが経験したような悲劇が、再び繰り返されるかもしれない。



 ■◆■◆ ルシアンの沈黙と、深まる疑惑 ■◆■◆



 ルシアン・ヴァンスは、螺子らしとワイズマンの衝突を静かに、しかし鋭い眼差しで観察していた。


 彼の顔には常に穏やかな微笑みが浮かんでいるが、その碧い瞳の奥では、全ての状況が計算され尽くされているかのように見えた。

 彼はワイズマンの研究を支援しながら、自身の記憶を取り戻すための最終的な準備を着々と進めている。



 螺子らしは、ルシアンの記憶への渇望が、ワイズマンの歪んだ科学的な探求心と結びつくことで、漆黒のネジの力がさらに増幅されようとしているのを感じた。


 このままでは、ルシアンの目的が達成された暁には、漆黒のネジが持つ呪いが、屋敷の外、帝都全体へと広がりかねない。


 ルシアンは、螺子らしがワイズマンの行動に強く反発していることを理解しながらも、何も言わなかった。


 彼の沈黙は、螺子らしにとって、より一層の不信感を募らせるものだった。

 ルシアンにとって、螺子らしやワイズマンは、目的を達成するための「道具」でしかないのだろう。

 その冷徹な視線が、螺子らしの心を締め付けた。



 螺子らしの中で、すべての点が線で繋がった。


 八重やえが語った「先代様が秘められた研究のために使われていた場所」である茶室の「奇妙な細工」は、この地下研究室の装置の試作品。


 かおるが幼い頃に見た「光るネジ」は、漆黒のネジが精製される過程で発光する現象だったのだろう。

 そして、馨の「父上が苦しそうだった」という言葉は、漆黒のネジが持つ「意思」を歪める力が、使用者自身にも及んでいたことを示唆していた。

 そして、家族の悲劇もまた、この漆黒のネジの起源と深く結びついていた。



 漆黒のネジが発する「真っ黒な意思」は、ルシアンの歪んだ野望とワイズマンの狂気と共鳴し、地下研究室の装置は、起動の時を刻々と迫らせていた。


 螺子らしの手には、もはや修理の工具ではなく、世界を守るための最後の希望が握られているのだった。

 彼は、家族の悲劇の根源と、目の前の狂気に立ち向かう覚悟を決める。

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