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5.修羅場の女

 1月31日。今日は珍しく賑わっている。

 大魔術師とその彼女の「マコト」と……私と同い年くらいの女性がいる。

 彼女の方は大魔術師とべったりでいいのだが、問題はもう一人の女性である。

「ミア」と名乗っていたが、マスターも大魔術師もなにか妙に気を使っている。

 腫れものとかそういうわけではない。仲は良さそうである。

 ミアの方もやたらと馴れ馴れしいのだ。こっちがひやひやする。


「マスター、この服おじに買ってもらったんだけどさ、センスどうかしてるよね……」


 ワンピースだが、胸元までネックカットされており、左太ももの中間くらいまでスリットカットされている。いろいろと見えそうで危なっかしい。


「でも似合ってるよ。おじさんが選びそうな服だが」

「これで10万円。買ってくれるのはいいけどもうちょっとどうにかしてほしい……」

「食事してきたんだろう。いくらもらったの?」

「たった5万円だよ? それだったら違うおじと同伴すればよかった……」


 テリア オアシス パールを吸いながら、マスターと話している。

 これって……所謂アレ(P活)だよな? 本当にそういう世界ってあるんだ……。


「いろんな男とパパ活しなくたって一人太客がいるんだからその人だけでいいじゃないか」

「パパ活じゃないから! 一緒に食事してるだけね」


 金貰って食事することは、つまりそういうことだと世間的には思うが違うのだろうか。

 マスターによると、クリスマスプレゼントで300万円くらい貰っていたらしい。もうそれはアレ(P活)でしかない気がするが……。


「アレと一緒にしないで欲しい……。私、昼職やってるからね?」

「はいはい分かりましたよ」

「はぁ、ムカついたから一緒にテキーラ飲んで。……そこの突っ立ってる女も」

「……えっ、巻き込まれた!?」


 マスターは慣れた手つきでショットグラスにクエルボ1800を注ぐ。

 この雰囲気、5杯くらい飲まされるのかなぁ……。

 3人でサッと飲み干すと、大魔術師が突っ込んできた。


「ミア、またやさぐれてるのか」

「おじと食事いって萎えた~。慰めてくれる?」


 大魔術師の肩に手を載せ、色気のある声で誘惑する。

 ……これはまずい。修羅場になる。

 マコトを横目で見たが、無言で憎悪の火を宿している。

 慌ててマスターの顔を見た。

 マスターも目線だけで「この火種、どうしようか」と私に問いかけてきた。

 私に振られても困るんだが……。


「……ねえ、大魔術師さんって、私に興味あります?」


 ミアが唐突にそう聞いた。

 マコトが自前で持ってきた日本酒をもう一杯、ストンとおちょこに注ぎながら。


「え? お前、今それ言う?」


 低く呟いた声は、アルコールと嫉妬のブレンドで火薬のように生々しかった。

 マスターがそっとグラスを拭く手を止める。

 そして、なにごともなかったかのように言った。


「君たち、詩の朗読でも始めないか? この空気を混ぜ直した方がいい」

「逃げたなマスター」

「魔術師は逃げも隠れもするさ。生き延びるためにね。忍法うやむやの術は大魔術師から教わった技だ」


「――じゃあ、私が詠む」


 ミアはそう言って、カウンターに肘をつきながら、煙草をくゆらせる。

 その口元から漏れた詩は、甘く、苦く、そして棘があった。


愛してる、と言われたことがある

けれどその眼は

いつも私を見ていなかった


財布の奥か、過去の女か

私以外の何かを

毎晩愛していた


 詩が、空気を切り裂いた。

 マスターは目を閉じ、大魔術師は口をつぐんだ。

 そして、マコトだけがグラスを手に静かに言った。


「その詩、まあまあね。でも私、もっと刺すのが好き」


 そう言って、今度は彼女が詩を返す。


盗られると思ってないのよ

この人がバカだから

盗れると思ってるのよ

あなたがバカだから


 ……このバー、やっぱり何かおかしい。

 詩が刃物みたいに飛び交ってる。

 言葉の魔術、喧嘩の代わりに詩を使うって、どんな高度な修羅場なんだよ……。


「君はどうするんだい?」と、マスターが私に振る。


 いや、私!?

 この場で!?

 やれってことですか詩を!!


 私は一度、空になったショットグラスを見つめる。

 そして、静かに一行だけ返した。


どっちでもない私は、氷の溶ける音を聞いてる


 ……沈黙。

 少しの間があって、ミアがクスッと笑った。


「いいね、それ。あんた、いい詩詠むじゃん」


「なんか、彼女だけ得してない……?」と、マコトがぼやく。

 大魔術師は、ようやく煙草に火をつけて言った。


「……女って、ほんと怖ぇな」

「突然、致命的な傷負わせてくるからな」


 マスターは苦笑しながらテキーラをもう一杯注ぎ直した。


「――さあ、詩の続きをどうぞ。修羅場の夜は、まだ長い」

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