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3.生と死のステア

 Bar Ashveilは暇である。本当に客が来ないのだ。

 なのに1年持っている謎のバーである。マスターの趣味でしかないのだろうか。

 確かに、あの常連客は大金使ってくれる。一日5万円出した時もあった。

 マスター曰く、「あの人は、イカれてる」とのこと。キャバクラより安く済むから使ってるんだろう。

 あの日はいろいろあったけど、大魔術師に会う前にわけ分からんこと起きてたよな。


「そういえば、前に使ってたその杖って……何なんでしょう?」


 店の奥に飾られている杖を指差し聞いてみる。


「何なんでしょうと言われても、見せる用の杖だな。知識と禁忌の境界に立つ者の証さ」


 いつもにも増してどや顔で説明し始める。


「幾何学の結晶が形を成したかのような先端は、宇宙の構造そのものを象る。その中心に埋め込まれた正方形の符号は、完全性の中に潜む狂気を象徴する。杖の軸は、魔術師の意志に呼応して脈動し、それを振るうたびに、現実の構造そのものが問い直される。これは武器ではない。自らの意志をこの世界に刻むためのペンだ」

「さうなんですねー」

「聞いておいて興味ないのか君は……」

「うーん、じゃあ見せる用ってことは、見せない杖もあるんですか?」

「説明が難しいが、見せない杖が本体だな。意志を現実に固定化させるのは、見せない杖の役目だ。誰かに見せたら効力が切れる」

「はへー」


 適当な返事をしすぎてさすがにマスターも呆れていた。

 難しい言葉でしか返してくれないからなぁ。非魔術師でも分かるように伝えて欲しいものだ。


「……言っておくが、一応ここはバーだからな。魔術がメインではない」

「魔術メインの方がオカルトマニア集まってきそうだけど……」

「あんな胡散臭い輩と話したくない……。とりあえず、君にはステアの練習をしてもらう。どうせ客も来ないから」


 店開けてすぐ客が来ないと諦めているバーなんて初めて聞いたぞ。

 なんでこれが店として成り立っているんだ……?


「バーで一番静かな技術だ。だけど、一番深い技術でもある」


 マスターはバースプーンを手渡してきた。

 指先が触れた瞬間、ほんの一拍の熱が伝わってくる。

 なんだろう、杖よりも、これのほうが魔術っぽく感じる。


「ここにジンとベルモット。クラシックな組み合わせだ。力強さと、優しさ。まるで君の詩のようだね」

「私のは虚無と絶望しかないけれど……」


 私はぎこちなくスプーンをグラスに差し込み、ぐるぐると回し始めた。

 だがすぐに、彼の声が止める。


「待って。混ぜるんじゃなくて、聴くんだ。」

「聴く……?」


 マスターはそっと私の手を取る。

 そのままスプーンを一度、ゆっくりと、深くかき混ぜた。


「氷がぶつかる音。ガラスの内側に当たる感触。ステアはね、世界との会話なんだよ。急かすと、酒は心を閉じる。だけど、ちゃんと耳を傾ければ、味が応えてくれる」


 その所作はまるで魔術儀式のようだった。

 言葉よりも静かで、それでいて意味が染みる。


「君の詩もそうだったろう?  誰かに届く前に、まず自分自身に問いかける。 これは本当に混ざっているか、と」


 私は黙って、もう一度ステアを始めた。

 さっきよりも、少しだけ静かに。少しだけ丁寧に。


「肘から手首は極力動かさない。指だけで回せるようになれば、うまく調和できる」

「そうはいっても難しい……」

「実際、完璧にできるようになるまで2年くらいかかるというからな。最初はぎこちなく見せないように相手にふるまうことを意識すればいい」


 ……単純な作業ほど難しいものもない。

 混ざっているとは思うが、魅せるとなると話は別である。


 練習している最中、突如店の扉が開く。


「ハディートー。可愛い女雇ったってホント!?」

「おや、某国に魂売ったビンゴ先生じゃないですか」

「あれ、俺だけ真名なの? なんで?」

()()()()()()()()()()()()()……」


 そして、私を見て一言。


「うん、毒にも薬にもならなそうなやつだな!」

「えぇ……一言目それなんですか」

「まぁ確かに言わんとすることは分かる」

「マスターまで!?」


 私も脚本家と比べられたら大した人間ではない。それはそう。

 特殊な経歴って言っても、()()()()()()()()()()()()()()からなぁ。


「何で雇ったの?」

「いい詩を読むから」

「ふーん、じゃあ君どんな詩読めるの?」

「そ、そんないきなり言われましても……暗い詩なら」

「暗い詩か。それならこのバーを詩にしてみてよ」


 作れって言ってすぐ作れないよ……。パッと出てくるだけだからなぁ。

 だから仕事としては向いてないんだよな……。

 

 ……真剣に体感3分くらい考えた結果がこれだ。

 

灰のヴェールが降りた夜

誰にも届かぬ名で

呼ばれた者だけが

この扉を叩く


魂の残り火を 一口

言葉が喉を焦がしながら

静かに命を続ける


誰もが何かを失くして

それでもまだ

失くしきれないものを

肌の奥に 隠している


詩人も 魔術師も 罪人も

皆同じ顔で酔う


『生き残った』という

ただそれだけの理由で

今日も椅子は 誰かを待っている


「ど、どうです……?」

「思ったより普通で長い! 最初の四行だけでいい」

「あ、あれ……酷評……」

「僕は好きだけどね。最初の四行と最後の三行だけでいいが」

「褒めてるのか褒めてないのか分からない……」


 その後、ノリで詩の詠み合いになった。

 二人は魔術が使える側の人間だからポロポロ出てくるけれど、こっちはそんなにすぐ詠めないんだって……。

 飲みながら詠っていたので、12本あったウンダーベルグのストックがいつの間にか無くなっていた。

 最後はどうでもよくなって、テーブルに肘をつきながら酔いと眠気と一緒に詩を吐いた。

 魔術師たちは、ウンダーベルグ片手にその詩を聞いて、笑ったり黙ったりしていた。

 灰が舞うような空気の中で、私はふと思った。


 ――生きてたら、また一つ詩が書けるんだなって。

 それだけで、まあ、もう一晩くらいは悪くないか。

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