008.パフェを半分こ
ビーチを並んで歩くオレとソフィア。
打ち寄せる波、波打ち際と砂浜で遊ぶカップルや家族連れの歓声、パラソルやテントの中から聞こえてくる話し声。
周りにはいろんな音が溢れているのに、不思議とオレの耳に入ってくるのは、2人が足を進める際に砂をグッと踏みしめる音とか、お互いの息遣いとか、自分たちが出す音だけだ。
それ以外は、なんていうか、見えない壁でシャットアウトされているかのようにぼんやりとした背景音程度にしか気にならない。
それにしても本当に暑い。
オレも帽子くらいは持ってきておけばよかった。
そんなことを考えつつソフィアの方をちらりと見ると、オレの方へ視線を向けている彼女の目元が麦わら帽子から覗いて見えた。
お互いにクスッと笑い合って、視線を前に向ける。
それだけで心と心が通じ合っているような、そんな満足感をオレは覚えたのだ。
幸せだなあ……しかしせっかくの静かな時間を邪魔するかのように、オレを呼ぶ大声が聞こえてきた。
「お〜い、タツロウじゃねーか! なんでお前がこんなところにいるんだ〜!?」
遠くから大きな声が聞こえて、なんだろうと目を向けると、見慣れた顔の男が監視台から降りて来るのが見えた。
そいつが近づいてくるまで少し待ってから、オレもそいつに尋ねる。
おっと、これは『質問に質問で返す』ってやつか。
まあいいや、知らない仲じゃないし、それを気にするような奴でもない。
「ロベルトじゃねーか。お前こそここで何やってんだ?」
ロベルトは、オレと同期でヴィルヘルムの家臣になった男で、2歳上だがタメ口で話せる気さくな奴なのだ。
ロベルトはゆっくりと歩きながら先にオレの質問に答えてくれた。
「俺はこの海水浴場の監視員兼バイトの纏め役として来たんだ。つまり仕事だよ」
帝国は北部しか海に面しておらず、海水浴場を有する領地の諸侯にとってはシーズン中の収益は貴重で重要な収入源だ。
そこの安全と治安を管理するのは集客という点でバカにできない重要な業務であり、家臣をその管理者として送り込むのは妥当と言える。
「で、タツロウ。お前は何しに……っていうか、お前の隣にいる女性は、ひょっとしていつも言ってた彼女なのか?」
「そう、彼女はそのソフィアだ。オレたちは一緒に……」
オレが回答している最中にロベルトの姿が目の前から消えた。
速い! 奴は何処に!?
「貴女が噂のソフィアさんですか。それにしてもお美しい。あんな強面でぶっきらぼうな男なんかよりも、僕の方がイケメンで女性に優しいです。是非お付き合いしてください!」
コノヤロー!
彼氏の目の前で堂々と手を握って口説いてんじゃねーよ!
ぶっ飛ばしてやろうかと構えたが、しかしその必要は無いほど残酷な結末となった。
「イヤです。お断りします」
ソフィアはニッコリと微笑んで間髪入れずに即答したのだ。
「そ、そんな……今まではどんな女性だって、少しは考えてから答えてくれたのに……俺のどこがタツロウに劣るっていうんだ?」
こいつ、ドサクサに紛れてオレをディスってんじゃねーよ、まったく。
「わかったかロベルト。オレと彼女は強い絆で結ばれているのさ!」
「それなら仕方がない、諦める」
あっさりと諦めるんだな。
この割り切りの良さがロベルトの良いところで、いきなりアレだったが悪い奴じゃない。
「ところで2人が海水浴客と言うなら、一応注意喚起しておく。この海水浴場で置き引き被害が急増しているから、荷物の管理は十分に注意してくれ」
「それなら大丈夫だ。他にも一緒に来ている仲間たちがいて、交代で見張ってる」
「中には力ずくで強引に持ってこうとする奴らもいるらしい。とにかくそういう被害に遭ったら俺か、近くの監視員にすぐに知らせてくれ」
「わかったよ、あんがとうな」
このブランケンブルク選帝侯領内は、ヴィルヘルムの治世の元で比較的治安が良い方だ。
ちなみに表向きはヴィルヘルムの父親がまだ領主だが、健康に不安があるらしく、普段の領地経営はヴィルヘルムが担っている。
それでも置き引きのような犯罪を撲滅するのは難しい。
まあ、オレたち家臣は少しでも理想に近づけるように全力を尽くすだけだ。
「……力ずくの置き引きって、なんだか怖いですね」
「それってほとんど強盗だよな。ソフィアのことはオレが守るから安心してくれ」
「……ふふっ。学校時代は、同じようなセリフでもどこか強がりが感じられましたが。今はとても頼りに感じます。貴方の2年間の努力の成果なのでしょう」
「え〜、そんなに強がってたかなぁ。その時はできるって思って……いや、やっぱり不安混じりだったよ。いま思い返せば」
「私も2年前は気持ちが不安定なところがありました。今は、どうですか?」
「いつも微笑んでくれて、それが崩れるところを見てないな。思い返すと、2年前のオレとソフィアはしょっちゅう口論していた」
「……そうですね。当時の私は思ったことを言わずにはいられませんでした。でも、貴方も私の気持ちを逆撫でする言動が多くて。まあ、あのときはお互い様でしたね」
「うん。今となっては懐かしい思い出だ」
学校時代を懐かしんでほっこりしているうちに、軽食が食べられそうな喫茶店が目についた。
暑さでちょっとクラクラしてきたし、休憩がてら軽く昼食を取ろう。
まずはこの店がイチオシにしてる、シンプルながらバターと程よい甘さのシロップがかけられたパンケーキを堪能した。
ナイフとフォークで手際よく一口サイズに切り分けていき、傍目には優雅な食事風景に見えたかもしれない。
実際のところは、オレたちは元々の身分で食事マナーを小さい頃から叩き込まれているので、自然とそうなってしまうだけだ。
「ふう。食った食った〜」
「美味しかったです。少し注目を浴びて恥ずかしかったですけど」
「食事マナーは身体に染み付いているから変えられないし、もう誰も見てないから気にしないほうがいいよ」
「そうですね。むしろ堂々としていた方が意外とみんな気にしないというか」
ソフィアは納得した表情を浮かべつつも、メニュー表を手にとって特定の箇所を見たり視線を外したりを繰り返している。
「どうした? 気になるメニューがあるなら頼めばいいじゃないか」
「それが……思ったよりもパンケーキでお腹が満たされたので、どうしようかと」
「ちなみになんなのさ」
「……パフェなのですが」
「それなら1つを2人で食べればいいじゃないか」
オレは何も考えずに言ってしまったが、ソフィアにドン引かれてしまったかな?
「……なるほど。その手がありましたね」
彼女はオレの一言で迷いが無くなったらしく、早速店員にパフェとスプーン2つを注文した。
どうしよう。
自分から言い出しておいて、オレの方が恥ずかしくなってきた。
彼女はしばらくは平然としていたが、いざパフェがテーブルに運ばれてくると、顔と耳がほんのり赤くなって俯いてしまった。
「ソフィア。せっかく注文したんだから食べなよ」
「……あ、あの。貴方の方から、どうぞ」
これじゃ埒が明かない。
オレの方から言い出したんだし、ここは恥ずかしがらずにリードしていかねば。
「あ、あのさ。これからオレはスプーンでパフェをひとすくいする。それと同時にソフィアもスプーンを入れる。これでいこう」
「……わかりました。では、いざ参ります」
なんか大袈裟な感じになってきたけど、オレとソフィアは2人して恐る恐るパフェにスプーンを近づけていく。
そして同時にひとすくいしてパクッと口に入れた瞬間、お互いに目が合って、思わず顔がほころんだ。
一度やると抵抗感が薄くなり、途中スプーンが触れることも気にせずパフェは小さくなっていく。
そして最後のひとすくいで、彼女はオレにスプーンの先を差し出してきた。
「あの。あーん、してください」
オレは迷わずにあーんしてスプーンを口に入れてもらう。
だからといって味が変わるわけじゃないのに、何故か甘美な食感だった。
その後オレもスプーンの先を彼女の方に差し出す。
「じゃあお返しに」
「あの……私はまだちょっと恥ずかしいというか」
「わかった。また今度にしよう」
オレは自分で最後の分を食べ終わり、オレたちの初めてのパフェ半分こが終わった。
「ありがとうございました。おかげで私は心身共に大満足です」
「どういたしまして。じゃあ行こう……か」
支払う段になって、予想以上の値段にオレは固まってしまった。
結局ソフィアが自分から半分出して、なんともカッコつかない結末であった。
次はこんなことにならないように、仕事をもっと頑張って給料アップを目指すぞ……オレはそう誓ったのだった。