006.夏だ!海だ!水着回だ!?
ふう、ふう。
オレは今、ブランケンブルク辺境伯領内で最も人気がある夏の海水浴場、シュトンズルーラ海岸に向かっている。
あと少しだと思うんだけど、実際に移動してみると結構長かった。
まだ午前中のはずだが既に太陽の位置は高く、汗ばむほどの暑さになっている。
海岸の入口付近で待ち合わせなんだけど……どのあたりだろうか。
もう海岸線沿いの道に入ったし、もう少しだと思うんだ。
それにしても今日は波が穏やかで、ここまで漂ってくる緩やかな風は適度な湿り気を帯びて肌に心地よい。
そして更に10分ほど道なりに進みながらキョロキョロしていたのだが……アイツらどこにいるんだ?
とにかくソフィアかギーゼラの姿を探さないと。
「おーーい! こっちだタツロウー!」
「左を向いてくださーい! 私たちの姿が見えるはずですー!」
左耳の方向から彼女たちの大きな声が。
言われたとおりに左を向くと、通りから少し奥まった木陰に彼女たちはいた。
その周りには10人くらいの男女もいる。
もちろん知らない顔ばかりだが、なんとなくオレの方へ視線が注がれていることを感じる。
それはともかく、待たせてしまったみたいなので歩くよりは早い程度に駆けていく。
ソフィアと普通に話せる距離まで近づいてから、まずは待たせたことを詫びた。
「悪い、待たせてしまって」
「いえ、それほどでは。で、すでに聞いているとは思いますが、周りにいるのは先日のファッションショーでご一緒したモデルさんやスタッフの方たちです」
麦わら帽子から覗くいつもの微笑みで彼女はオレに話し返してくれる。
いつも通り可愛いなと思いつつ、すぐに話をつなげる。
「ありがとうソフィア。えーと、それじゃあ……」
みんなに顔を向けて自己紹介しようとしたところで、オレはなんて言えばいいのかわからなくなってしまった。
自分の名前はともかく、何者かってのをどう説明したらいいんだろう。
『ソフィアの彼氏』って言っちゃっていいんだろうか。
こんなこと自分から正面切って言ったことないし、それに彼女の仕事仲間たちの前で言っていいのか。
などと迷ってる間にギーゼラがオレの肩にポンと手を乗せつつみんなへと紹介した。
「コイツ、タツロウって言って、ソフィアの彼氏なんだ。そういうワケでみんなよろしく頼むよ!」
「おいギーゼラ! 今から自分で言おうとしてたのに何してくれてんだ?」
「こっちは早く着替えてビーチに行きたいんだ。アンタのトロくさいスピーチ聞いてられねえんだよ!」
「だからってな……」
「もう、2人ともそんなことでモメないでください!」
オレたち3人がモメてる間、みんなは少しざわついていたが、やがて苦笑じみた笑い声が沸き起こった。
「プッ……クスクス」
「アッハッハッ! なんだよ、思ってたより普通の奴じゃん」
ああっ、ビシッとキメるどころかいきなりやらかしちまった!
自分でもわかるくらいに恥ずかしさで顔が火照ってきた。
「ああ、わりいわりい。ソフィアの彼氏が来るって聞いてたから、果たしてどれだけ凄ぇ野郎かって身構えてたんで、つい笑いが出ちまった」
「わたしたち、キミを歓迎してるから気にしないで〜」
なんだそうだったのか。
緊張が解けたオレは改めて元気よく挨拶した。
「今日と明日、お邪魔させてもらうけどよろしく頼むよ!」
「あーはいはい、よろしく〜」
「うふふ、なんか楽しくなりそう〜」
みんなは浜辺の方へと歩き始めつつ軽やかな声で返事を返してくれた。
よかった……ソフィアの彼氏として悪い印象は与えなかったみたいだ。
肩の荷が下りたというと大げさだが、これでひと安心。
「上手く馴染んで貰えそうで安心しました。それじゃあ行きましょう」
ソフィアの笑顔に癒やされつつ一緒に歩き出す。
それから一人ずつ簡単な自己紹介を受けてちょろっと話もしながら進んで行ったのだが、特に印象に残ったのがこの2人。
「あたしはヒルデ。一応モデルやってんの」
ブラウンのショートヘアに整った目筋鼻筋が印象的な美人……まあ、モデルさんはみんな綺麗だけど。
性格的にはサバサバしたお姉さんタイプって感じかな。
「俺、ディートマー。まあせっかく来たんだ、楽しくやろうや」
他の男子モデルは背は高いがスマートな印象なのに対して、コイツはちょっとワイルドな顔つきと雰囲気で一線を画すというか。
なんとなく、この2人が男女それぞれの中心人物っぽい。
そんなこんなしているうちにビーチへ到着したオレたちは、早速水着に着替えることに。
そう……いよいよ彼女の水着姿を拝むことができるのだ!
早速、男女別々に更衣室へと入って着替え始める。
ちなみにオレはごく普通のスパッツタイプだ。
「あれれ〜? イイ身体してんのにブーメランじゃねーの?」
ディートマーが不思議そうに聞いてきたが、あれは露出部分が多いから嫌なんだよな。
「そんな他人に見せるほどの身体じゃねーし、オレの水着姿なんて需要無いだろ」
「そーかなー。ホント、なかなかいい身体つきだし、ビーチで目立つと思うんだけどなー。まあ、それはいいとして……」
ディートマーは、オレの首筋に右腕を回しつつ、ニヤリと笑いながら尋ねてきた。
「で、お前らどこまで行ってんの?」
「は?」
「いやいや、とぼけるなよ。ソフィアと付き合ってるって聞いたけど、まさかお手手も繋いでないとか……そんなのありえねーだろ」
なんだよ、会ったばかりだってのに踏み込んできやがって。
でもここで邪険にすると雰囲気が悪くなるだけだし……さらっと言って終わりにしてしまおう。
「いや、キスくらいはしてるよ。それでいいか?」
「ふ〜ん。お前らマジで清い交際なんだなー。まあ、気に触ったんならゴメンな〜。ところで着替え終わったんならとっとと行こうぜ」
「……そうだな」
うーん、仕方ないけど……まだ受け入れてもらえたとは言い難い状況らしい。
でもこの場だけでも楽しく過ごせればいいんだし、ソフィアに余計な気を使わせたくないし、ここは笑って流してしまおう。
それからオレたち男子組は大型パラソル2本とレジャーシート2枚をレンタルしてから適当な空き場所を探す。
何回も来るなら買ったほうが安いだろうけど、たぶん彼らはそういうわけにいかないだろうし、運んでくるのは結構重いからこの方が都合いいのだろう。
みんなで出し合ったとはいえオレ的にはちょっと出費がかさんでしまったが、必要経費だと諦める。
それよりも、太陽がもうかなり高くなっていて、穴を掘って設営するだけでかなり汗をかいてしまった。
あとは女子たちを待つだけ。
オレの期待感は時間とともに増すばかり。
「野郎ども、お待たせ〜!」
ギーゼラの元気な声が聞こえてきた。
いよいよ……!
「タツロウ。お待たせしました」
少し恥ずかしそうな声とともにオレの目の前に現れたソフィア。
その姿は……麦わら帽子に、淡い青と白をぼかしたような生地のショートカーディガンとロング丈のパレオを纏ったものであった。
隙間からチラッと見える水着は同じく淡い青系統のビキニっぽいが、歩いているときにスリットから僅かに見える脚以外の露出はほとんど無いと言っていい。
期待とは違ったその姿に何も言えないオレの顔色を読み取ったのか、ソフィアは申し訳なさそうに呟いた。
「すみません……貴方もご存知の通り、私は来週、舞台への出演を控えています。なので、あまり日焼けする訳にはいかなくて」
「そっか、舞台があるんだもんな。でも……似合ってるよ。ソフィアらしいっていうか、上品で綺麗だから見とれてしまった」
「……そうだったのですね。嬉しいのですが、そんな風に言われると照れてしまいます」
ふう、彼女の気持ちを沈ませずに済んだ。
言っとくが、綺麗って思ってるのは本当だから、嘘で誤魔化したりはしていない。
それにしても彼女から見つめられると、ついキスをしてしまいそうに……いや、流石にみんなが見ている前では自重する。
「……ソフィアって、あんなにうっとりした目をすることがあるんだ〜。初めて見た気がする」
「本当に彼氏彼女なんだな、あいつらって」
周りからのヒソヒソ話が聞こえてきたが、やっぱりみんな半信半疑だったらしい。
とりあえず彼女の耳にあまり聞こえないように、さり気なくパラソルの方に誘導しよう。
「ソフィア。さっきオレたちが設営したパラソルの下に早速入ってみないか?」
「そうですね。どんな感じか確かめたいです」
「それじゃあ、タツロウとソフィアは荷物の見張り番ってことで、しばらく休んでなよ。ウチらは波打ち際で遊んでるから!」
ギーゼラたちは手提げの荷物をシートの上に置いたあと、はしゃぎながら波打ち際へ走っていった。
オレとソフィアはひとまずパラソルの下に並んで座っている。
しばらくお互いに何も言わない時間が過ぎていったが、なんかそれでも幸せな気分だ。
でも流石にちょっと話しかけようかと考えていたら、ソフィアは自分の手提げポーチから何やら取り出そうとしている。
そして取り出した物をオレに差し出してきたので受け取ると……日焼け止めクリーム、だと?
これってまさか……。
混乱気味のオレに、ソフィアは思い切った表情で頼み事をしてきた。
「あの。これを私の首筋から背中にかけて、塗って欲しいのです」
そう言うと彼女はすぐにカーディガンを肩からずらし始めて、その肌が見えてきた。
これだけでも顔が火照ってきたのに、素肌に触れるなんて……オレはどうすればいいんだー!?