050.とんでもない宣言
「ほらよっ。メシだ、受け取れや! 一人はもうおしまいみてーだし、食えずに残されたら勿体ねーからよぉ。分量は調整しておいてやったから!」
「うっ……うぐううっ!」
「大丈夫かタツロウ! なあ頼むよ、コイツだけでも外に出して治療してやってくれ!」
「知るか……もっと苦しめ。いい気味だぜ、ギャハハハ!」
ガシャンッ!!
「……もう行ったぞ、タツロウ」
「ちくしょう……やっぱあの程度じゃ引っかからねえか」
タコ野郎の舎弟どもは、オレたちを閉じ込めた倉庫の左右両開きの扉を中が覗ける程度の隙間だけ開けてパンを投げ入れた。
といってもカチカチに硬い黒パンを2つだけ。何が調整だクソがっ。
スキがあったらそれに乗じて脱出を……と目論んでいたのだが、用が済むとすぐに扉が閉められて取り付く島もない。
その上、左右の扉の外側の取っ手には頑丈な鎖が渡されて何重にも巻かれてる。
あれを隙間から腕だけ出して即座に外すのは難しい……かといって鎖を断ち切る手段もないし……。
「それにしても、本当にどうもないのか? 毒は消えたわけじゃなくて全身にまわらないようにしただけだぞ……おれの回復の魔力じゃ」
「ああ、おかげで助かったよアルヌルフさん。もちろん左腕は痺れて、戦闘じゃ使い物にならねえが……右腕と両足が動けばどうとでもなる」
正確には一人を除いて、だが。
オレをこんな目に遭わせた『毒の魔力』持ちのタンクトップ男、ヤツの攻略法は今のところ見出せていない。
恐らく全身が毒手状態なんだろう……だから晩秋だというのに肌を出す格好をしているに違いない。
至近距離での肉弾戦は正直言って不利だ。かといって間合いを開けて魔力で勝負というのも、どこまで通用するか未知数なんだよな。
ヤツが毒を体外に放てるとしたら……風の魔力で下手に拡散させると全員お陀仏だし。ヤツを除いて。
「タツロウ! とにかく今は少しでも食っておこうぜ……うまく脱出できたら解毒の治療を受けなきゃならないんだからさ」
「そうだなロベルト。じゃあ悪いけどパンをちぎって三等分してくれ……オレは片手でしか触れねーから」
「ヤツらが地面に置いてった水入りのコップも持ってきたぞ」
「オレは最後でいいよ。先に三分の一どうぞ」
ホントに最低限の食事で辛いが……必ず生き延びてソフィアにすぐ会いに行く。必ず行くんだ……!
◇
「お疲れさまでした〜! あっ、ソフィアさんも素晴らしいウォークでした……お疲れさま!」
「はい、ありがとうございます。皆さんもお疲れさまでした!」
ソフィアはオルストレリア大公領西端近くの街バズールでのファッションショーを無事に終え、共演したモデルたちとお互いの仕事ぶりを労っていた。
普段は挨拶程度であまり会話をしたことのないモデルばかりであったが、交友関係を広げてモデルとしての実力を認めてもらう良い機会となったことを内心嬉しく思いつつ、その打ち上げパーティにも顔を出している。
会場はフランツの別邸……神学校時代にタツロウとアンジェリカと共に3人で訪れたあの場所。
あの時と同じように来客たちの前で爽やかでエネルギッシュなスピーチをしているフランツの姿は、正直な感情としてはあまり目に入れたくはないが……。
出席者全員が注目している中、自分だけが別の方へ視線を向けるわけにもいかず、早く終わることを願いながらその瞬間を待つ。
「えー、それでは皆様。まずはショーが無事終了したことを祝う乾杯をよろしくお願いいたします。それでは……」
「乾杯〜!」
「ありがとうございます。本日は我がハプニンブルク家のシェフが腕によりをかけて作った料理と厳選したワインを堪能していただきながら、ダンスも楽しんでいただけると幸いです」
やっと終わった……ホッと胸をなで下ろし、周りに合わせて拍手しつつも目立たぬ場所へ移動しようとするソフィア。
しかし、参加者の一人の発言が空気を一変させる。
「私の記憶が確かならば……3年近く前、まさにこの場所で開かれた懇親会で、殿下と見事なワルツを踊った女性の名は『ソフィア』さんでした。そして本日のショーで見事なウォークを見せていただいたソフィア嬢はその女性によく似ております」
「……そうですね。それで合っておりますとも。ねえ、ソフィアさん?」
しまった……ソフィアがそう気づいた時には完全に手遅れだった。
どうみてもフランツが仕組んだ猿芝居ではあったが、参加者全員の注目がまさにソフィアへと集まってしまっている。
「そういえば……私も思い出してきました」
「自分も出席していたが、あの時のワルツは本当に素晴らしかった」
この状況で不意を突かれたことで内心の動揺を抑えきれないソフィア……それだけならまだしも、他の参加者の記憶まで呼び起こされて逃げ場を失ってしまう。
(今ここで事実を強硬に否定するというのは……さすがに『殿下』の面目を潰してしまいかねません。やむを得ません、踊るだけであれば……)
「はい。その節はありがとうございました。私のような下級貴族をお招きいただいたうえに丁寧なリードをしていただいて……全ては殿下のご配慮によるものです」
「そんなことはない。お前の……ソフィアさんの腕前はあの時の私と五分に渡り合えていた。どうです? 今のお互いの実力を確かめるべく、もう一度手合わせしてみるというのは?」
「おおっ! それは素晴らしいご提案だ!」
「またあのワルツを見れるなんて……感激〜!」
「……それでは、僭越ながら」
ソフィアが応じる意思を示すと会場内は割れんばかりの歓声と拍手に包まれて、いよいよ退路は断たれた。
しかしソフィアにはまだ手段が残されている……ワザと凡庸に踊ってみせるという手が。
それを見た観衆たちは自分の記憶が美化されていたと思い込み、急速に興味を失うであろう。
そのつもりでフランツとホールドを組んだ……はずであった。
「では始めるぞ」
「……はい」
「フフフッ……俺様はこの日の為に、あの時よりも更なる修練に励んだといっても過言ではない。それこそ少しでも空いた隙間時間に、毎日欠かさず」
「……そうでしたか」
「だからこそ掴めたのだ。リードするとは……どうすれば相手に全力を出させることができるかということをな!」
「……!!」
フランツが披露したリードは、確かに以前とは一味違う……だがそれは、タツロウのようにパートナーを気持ちよく踊らせるものではなかった。
強引に女性を引っ張り、踊ることを強制するかの如く……踊り始めた段階では、それがソフィアの感想であった。
しかし徐々に、知らず知らずの内にソフィアは踊りに没頭してその実力を抑えることができなくなっていた。
「さあ、思う存分に見せるがいい。お前の踊りを……いや、お前自身というものを!」
「殿下……! 私は、新たなステージに突入していくのがわかります……ですが」
「怖がる必要はない。お前が持つ全てをここで解放して見せろ!」
「私の、全て……!!」
確かに強引であることに変わりはない。それでも、ただ男に従わせよう、思い通りに踊らせようとするリードとはまるで違う。
パートナーを新たな、自分でも気づかなかった世界に連れ出してくれる、そんな力強さ……そして気づけば、ソフィアは自分からそこに飛び出そうとしている。
そしてフィニッシュ……最後の瞬間、ソフィアは新たなステージに自分が立ったことを自覚したのであった。
「ブラボーーッ!! 素晴らしい! いや、それでは言い表せない程の……!」
「感激して涙がでそう……いや、出てしまいましたわ〜!」
会場の天井が本当に割れそうな程の喝采と拍手が、二人のワルツの出来映えがどれほどのものだったかを物語っている。
そして興奮冷めやらぬ表情のソフィアは『ワルツを一心不乱に踊る自分』にここまで酔わせてくれたフランツの顔をつい見てしまう。
「……いけません、私は何を……タツロウ……!」
その直後に頭に浮かんだのは、やはりタツロウの顔であった。心の中の彼の存在が危うい気持ちをなぎ払わせてくれたのである。
冷静さを取り戻したソフィアは、再び過ちを繰り返さないように、即座にホールドを解いてフランツから離れようとした……のだが。
「殿下……何をなさるのです……!?」
離れていこうとするソフィアの身体を肩から強引に抱き寄せたフランツは、あろうことかソフィアの意思などお構いなしに、参加者全員の前でとんでもないことを宣言した。
「皆さん……実は今日この場で重大な発表をさせていただくことにする」
「……」
「私ことオルストレリア大公の嫡男……ハプニンブルク家次期当主フランツは、ここに宣言する。私の腕の中にいるこの女性、ソフィアと私の婚約を……!」
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