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005.もう友ダチだろ?

「タツロウじゃん! こんなところで何してんのさ」


 オヤジに会いに行った帰り道で街の図書館に寄ったオレに、同じく訪れていたギーゼラが声をかけてきた。


「色々と調べ物だよ。ヴィルヘルムの家臣として仕事し始めてから、オレはなんも知らねーって痛感することが多くてさ。まあ、学校時代にちゃんと勉強してれば良かったんだけど」


「あー、それわかる〜。ウチもさ、なんで学校でちゃんとやらなかったのかって、過去の自分に思いっ切り言ってやりたい」


「後悔先に立たずってか」


「そう、それそれ……ところで言っとくけどここにはソフィアはいないよ?」

 

「なんでオレが言う前に言い当てんだよ?」


「だってさ、それだけ目線をキョロキョロさせてたら誰でもわかるって。でもウチとソフィアはそんなに一緒にいないし、それに彼女はファッションウイーク最終日だから打ち合わせ中だよ」


「それならしゃーない。でも、ソフィアと連絡手段を決めておくの忘れちゃってさ」


「あっそう。うーん、それじゃあさ、明日だけどアンタも海に行かない? もちろんソフィアも行くよ?」


「どういうことだ?」


「今回のが終わったら帝国内ではしばらくファッションショーは予定されてないから、モデルさんたちは一斉にバカンス取るんだよね。それでまずは、せっかく海に近いところに来たからウチと仲いいモデルとスタッフたちで一緒に行こうって」


「でもオレが突然入ったら迷惑じゃ」


「別に問題ないよ。丁度一人行けなくなったんで宿泊人数変えなくて済むし。それに、ソフィアの彼氏ってどんな奴かってみんな興味あるから」


「なんかプレッシャー感じるな……で、宿泊費って高いのか?」


「いや大丈夫、安いとこだから」


「じゃー、行くよ」


「決まりだね! それじゃあ明日、シュトンズルーラ海岸の入口付近で現地集合っつーことでよろ!」


 まさか急転直下でソフィアと海に行くことになるとは。

 夏真っ盛り、もちろん水着姿だよね……ムフフ。


 そうと決まれば早速帰って明日に備えよう。



 ここはブランケンブルク市内の、ヴィルヘルムの親戚筋の貴族が邸宅に設けたパーティ会場の中。


 ファッションウイーク最終日のショーはここで行われ、主催者の招待客とモデル・デザイナーたちが出席する懇親会が開かれている。


「すごーい、きれーい! ソフィアってさ、ドレス着た時だけはお姫様っぽく見えるよね〜!」


「……ありがとうございます、ギーゼラ。貴女も普段よりお淑やかに見えますよ?」


「……そう、あんがと。でさ、話変わるんだけど。明日の海水浴、タツロウの奴を誘っておいたから」


「本当ですか? それは嬉しいです!」


「で、せっかく一緒に行くんだからさ……当然、キワドイので彼を誘惑しちゃうよね?」


「い、いえ。そういうのは持ってませんので」


「それならウチの貸してやろっか? 胸がちょっと大きいかもだけど、パッド入れて首紐で調節すれば……」


「いえ、私はそういうのはちょっと……」


 明日のことで盛り上がる女子二人は、オールバックで鋭い目付きの男とその取り巻きたちが接近しているのに気づかなかった。


 2人が気配を察して顔を向けた時には、お互いの手が届く間合いまで入っていた。


 オールバックの男がソフィアに向かっておもむろに話しかける。


「あの時から……2年半ぶりだな、ソフィア」


「……フランツ殿下。ご無沙汰しております」


「まさか、お前が業界入りして1年で人気モデルとなったソフィア嬢と同一人物とはな。いや、お前の美しさなら当然か」


「……私には勿体ない位の褒め言葉です」


「お前とは、一度じっくりと話し合いたいと思っていた。丁度いい機会だ、こっちへ来い」


「……いえ、私のような下級貴族のモデルが殿下の側に近づくなど恐れ多いことでございます」


 恐縮して辞退したソフィアの態度を不遜と感じたのか、男の取り巻きの一人が大声で捲し立てる。


「この小娘がぁ、調子に乗りおって! 殿下からお声掛けされるだけでも光栄であるのに、お誘いを断るなど何様のつもりだ!」


 周りの客やモデルたちが驚いて振り向くほどの剣幕だが、ソフィアは頭を下げたまま微動だにしない。


 逆に取り巻き側に視線が集まることになり、男は咄嗟に態度を変えた。


「おい、これ以上は止めろ。俺様に恥をかかせるつもりか……!」


「い、いえ! も、申し訳ございません殿下!」


「すまなかったなソフィア。では改めて……一曲踊ってもらえるかな?」


「……はい、わかりました」


「ちょっとソフィア! こんな胡散臭い男の相手なんかして大丈夫なわけ!?」


「ご心配ありがとうございます、ギーゼラ。ですが彼はオルストレリア大公のご嫡男フランツ殿下です。このような多くの人の目がある場所で滅多なことはなさらないと思います」


「な、なんでそんなのと知り合いなのさ?」


「神学校で2年生の時にスキー旅行に行ったのは覚えていますよね? あの時にちょっと」


「あー、そういえばなんかあったねー。ソフィアとタツロウと、あとアンジェリカだっけ? 地元の大貴族から舞踏会に招待されたってことが」


「それです。ですから私のことは気にせず楽しんでください」


 ギーゼラにそう告げると、ソフィアはフランツと共に会場内の踊り場へ移動した。


 2人は曲が始まる直前にお互いに向き合ってホールドを組み、ワルツの曲調に乗って華麗にステップを踏む。


 続けて流れるようにターン、スピンと繰り出して踊り場を目一杯使った踊りは観客たちを魅了した。


 そして曲が終わりフィニッシュが決まると、会場は割れんばかりの拍手で覆われた。


「2年半前と変わらん、いや更に見事な腕前だな、ソフィア。さすがだ」


「……殿下こそ相変わらず素晴らしいステップでした」


「……なあ、やはり俺様の元へ来い、ソフィア。実際、踊りの相性はバッチリではないか」


「それこそ、2年半前に契約書まで交わして決着済みではありませんか」


「確かにあの時の事はそれで決着した。だが、『以後も永久に手出ししない』とは契約書に記載されていない」


「また、そのような子供みたいな屁理屈を。それに私には……あっ」


「何を言い掛けて……そうか、彼氏がいるのだな? 一体誰だ。まさかあのタツロウなのか?」


「……だとしても彼には関係のないことです」


「そうはいくか。奴には借りがある……連れて来い、今度こそ男としての器の差をハッキリさせてから、お前を俺様の物にする……!」


「……私はモノではありません。どうしようとも貴方に心が靡くことはありませんので」


「以前にも言っただろう。女は結局は強い男に心が傾くと。だから今すぐにでも……」


「だっさ! 大公の嫡男だかなんだかしんねーけど、振られた女にいつまでも執着してさ。オマケに女心ってもんがまるでわかってないじゃん。タツロウの爪の垢でも煎じて飲んでから出直してこいっつーの!」


「ギーゼラ! 駄目です、こんなことに関わっては!」


「貴様ぁ! よくも殿下に無礼なことを!」


 思わず口出ししたギーゼラを取り巻きたちが取り押さえようとしたが、フランツが掌を向けてそれを制した。


「止めろお前ら。おい女、ギーゼラと言ったか。下級貴族の分際で、この俺様に面と向かって意見するとは……面白い奴。その名、覚えておくとしよう」


「嫌だよ、アンタなんかに覚えられるなんて。キモッ!」


「クックックッ。益々面白い……。まあいい、今日のところはこれで引き下がってやる。明日には領地へと引き上げねばならんし、ここはあの男が支配する領地。これ以上揉め事は起こしたくないんでな」


 フランツは取り巻きたちを従えて会場を跡にする準備を始めた。


 そして去り際にソフィアに向かってメッセージを残していった。


「それじゃあなソフィア。次に会える機会を楽しみにしておく……!」


 それに対してギーゼラは一瞬だけ中指を立ててからフランツに向かって叫んだ。


「へっ、おととい来やがれってんだ!」


「ギーゼラ、本当にこの辺で関わるのはやめてください」


「……なんでさ。ソフィアにはウチがデザインした服を優先して着てもらって、世話になってるんだ」


「……服は、私が良いデザインだと思って着ているだけです。恩を売るつもりはありません」


「それだけじゃないよ。ウチら、もう友ダチだろ? 助けに入って何が悪いわけ?」


「……はい、そうでしたね。では、助けていただいてありがとうございました」


「どういたしまして。あと、ソフィアは優しすぎるんだよ。あんなキモいオレサマ男なんてバッサリ切り捨ててやればいいんだから」


「そうですね。そこは見習いたいです」


 2人は顔を見合わせてクスクス笑い出した。

 そして今までよりも多くのことを、会場で出されている美味しい飲み物を堪能しつつ語り合ったのだった。

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