049.やるべきことをやる
「ソフィア。お前の宿舎はあちらの道筋沿いだ」
オルストレリア大公領の西端近くに位置する観光と物流拠点の都市バズール……そこへ到着したばかりのソフィアは迷っていた。
フランツが手配した宿舎が見当たらず右往左往……乗ってきた馬車は街の入口に設けられた共同の停留所で降ろされ、夕方の街を宿舎の屋号が記されたメモを頼りに探すも見つからず。
暗くなる前にメインストリートを行き交う通行人へ尋ねようとした矢先……背後から聞こえてきたのは、あまり耳に入れたくはないが聞き慣れてしまった男の低い声だった。
不意のことで思わず身体が反応してしまったが、この男に弱みを見せれば増長するだけ……。
不安を感じ始めていた心を強い意志で落ち着かせ、何事もなかったかのように表情を装い直してから振り向き、堅い言葉遣いで返事をする。
「……こんばんは、フランツ殿下。丁度宿舎を探し始めたところでした。おかげさまで助かります……ところで、なぜこの通りをお一人で?」
「俺様は移動中なのだ……今日中にこの街の有力者やスポンサーたちへの挨拶、その他諸々の用事を済まさねばならん。だがこの程度のことでいちいち供廻りの連中を引き連れていては、時間がかかって仕方がないのでな」
「……ですがその御身に何かあっては」
「ガキではないんでな、自分の身は自分で守れる。それにこの街はオヤジ……大公殿下から初めて統治を任された、俺様にとっては第一の拠点であり庭のようなものだ。そんな街で俺様を狙う輩などおらんよ」
「……そうですか。それではお気をつけて……あと先ほどの助言、改めてありがとうございました」
「ああ。お前も明日のショーのために今晩は英気を養っておけ……では失礼する」
相変わらずスタスタと早足で歩き去っていくフランツの姿をソフィアはしばらく眺める……また不意に呼びかけられても対応できるように。
そして視界から消えると同時にサッと身体の向きを変えて、フランツから聞いた道筋へと迷いなく歩を進める。
そこへ入ると間もなく宿舎の看板が見えて、やっと目的を果たせたことに胸をなで下ろす。
「……いえ、安心している場合ではありません。明日に備えてやるべきことを早く済ませて休養を取らないと」
ソフィアは宿舎へチェックインを済ませると荷物の整理に食事、身体の洗浄と手入れをテキパキとこなし、ベッドで横になる頃にようやく一息つくことができた。
いつもなら同じ宿舎のモデル仲間やデザイナーたちとお喋りを楽しむひと時なのだが、今回は急遽開催が決まった出張公演のようなもの……仲の良いモデルはおらず部屋の中で一人、物思いにふける。
「……このバズールには神学校時代の思い出が詰まっています。学校行事のスキー旅行でこの地を訪れ、クラスメイトたちと宿舎で過ごした時間……旅先ではいつもよりずっと非日常的な雰囲気が楽しくて」
「スキー初心者だった私は、タツロウと同じ初心者コースからスタートして……最終的にはアンジェと3人で上級者コースまで進むことができました」
「だけど夜の自由時間では怖い思いも……。アンジェと2人で商店街を歩いていたら、殿下の子分の人たちに絡まれて。ナンパと言うには乱暴で、困っていたところにタツロウが助けに入ってくれて……とても嬉しかったのです」
「でも、あの頃の私は、色々と自分の気持ちに素直になれなくて。タツロウとも気持ちがぶつかったりして……今にして思えば、アンジェがもっと本気で彼にアプローチしていたら危なかったかもしれません」
ソフィアはここでお茶を一口啜り、当地でフランツとの因縁が発生したことをあえて振り返る。
「……殿下は子分の人たちのことでタツロウに報復を仕掛けてきて、私はタツロウを助けようとしたのに逆に助けられて。そして殿下は私のことを気にかけるように……タツロウには助けられてばかりで、実は何もお返しできてないのです」
「だからこそ、今回のことは自分で解決しなければ……タツロウに心配をかけずに」
「そういえば……あの時お世話になったカミラさんの姿を見かけません。殿下の傍にいないのが気になります……もう一度お礼を言いたいのですが」
ソフィアは、そろそろ睡魔が忍び寄るのを感じつつお茶をもう一度啜って思考をリセットする。
最後に思いをはせるのは、故郷がバズールから近く、学校時代から最も親しい友人のことについて。
「サンドラとマルコ君は……今回は会えないかもしれません。シャツハウゼンに寄ることは手紙で知らせましたが、バズールに移動したことは間に合いませんでした。残念です……さあ、そろそろ身体を休めましょう。でもその前にやることがあります」
ソフィアはベッドに入る前にドアと窓の前に障害物をいくつか置いて、何者も容易に入れないように態勢を整えた。
このバズールはフランツ自身が言っていた通り、彼こそが最大の支配者……宿舎であっても油断はできない。
完全に侵入は防げなくとも、音がすれば目覚めることはできる。これで準備万端……ようやく安心して眠りにつくことができたのであった。
◇
「うぐううっ……左腕が、痛くて痺れる……!」
オレはタコ野郎の罠に引っ掛かり、毒の魔力の能力者である片腕のタンクトップ男にうっかり触れてしまった。
このままじゃマズい……でもどうすればいいんだ?
ロベルトはオレを介抱しつつアルヌルフに必死に話しかける。
「タツロウ……なんでこんなことに。アルヌルフさん! アンタも確か水属性……そして回復の魔力持ってたよな!?」
「……それでタツロウを治療しろってか!? 無理だムリムリ! おれの魔力なんて大したことない……精々症状の進行を抑えるだけだ」
「それだけでも十分だよ。とにかくヴィルヘルムさんが俺たちからの報告の手紙を見て、助けをこちらに寄越すまで耐えれば何とかなる! だから俺たちはやるべきことをやろうよ」
「……そもそもが! タツロウのせいでこんなことになったんだ……首筋にナイフを当てられて、おれがどんなに恐怖したか。なのになんで助けてやらなきゃならない?」
「旅の途中のボッタクリ酒場のことか? あれはタツロウだって知らずに入って結果的に潰しただけじゃないか。もちろん気持ちは分かるけどさあ!」
「そんなの知るか! とにかくもうタツロウと関わりたくないんだよ、おれはぁ!」
ロベルトはオレのことを助けようとしてくれている。が、アルヌルフさんは消極的……これはダメかもしれんと思ったが。
「……本当にアンタ、それで後悔しないのか?」
「……」
「なんだかんだ言っても仲間は見捨てない……そういう甘いところが気に入って、俺はアンタとチームを組み続けてる。だから頼むよ、この通り!」
「……わかった、やればいいんだろ! よく考えたら、ヴィルヘルムさんに知れて処分されても困るし……」
「ありがとう。それでこそ副団長さまだぜ!」
「そんな褒めたって何も出さないぞ」
アルヌルフは限界まで魔力を出してオレの症状を抑えてくれた……そしてロベルトの説得がなければどうなっていたか。
ありがとうお前ら……必ずこの恩は返す。そして見てろよ。いずれまたオレたちの前にヤツらが姿を現した時に借りは返してやる……!
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