048.交渉を試みる
「おう、坊主。獲物を釣り上げた駄賃だ……俺のズボンのポケットから好きなだけ持っていけ」
「……うん。それじゃあ遠慮なくもらってくね!」
謎のタンクトップ男に促されてそのポケットをまさぐっているのは、商館長の居場所を知っていると言ってオレたちを案内した少年だ。
やがてポケットからコインを数枚取り出すと笑顔をようやく見せて……そそくさとその場を去っていった。
オレはなんだかやるせない気持ちになって、タンクトップ男に問いたださずにいられなかった。
「おい、お前……あんな子供に他人を騙す仕事をやらせてんのかよ? はした金渡して?」
「あ〜? ここいらじゃあ、あんなのごく普通にある案件なんだが? あの坊主だってアレでその日の食い扶持稼いでるんだ、お互いにwin-winなんだから何も問題ねーだろ?」
「俺も昔はこのあたりで、あんな感じで日銭稼いでたっけなー。っていうか事情も知らねーで勝手なこと抜かしてんじゃねーぞタコスケがっ!」
横からタコ野郎が口を出してきた……そしてコイツがこのウェーイン出身とは。どうりでこんな地元の人間しかわからない裏路地に平然といるわけだ。
それはともかくとして、今度はタコ野郎に聞かねばならんことがある。
「単にオレへの逆恨みだけで追いかけて来たわけじゃなさそうだな、おい!」
「まあ、俺もまさかこんな展開になるとは思ってなかったけどよー。そのあたりの話は……あとでゆっくりしてやるよ、へへへっ!」
「うわあっ! タツロウ、ロベルト! た、助けて!」
アルヌルフの悲鳴が……しまった。
インパクト抜群のタンクトップ男とタコ野郎に気を取られて、背後から近づいてくる仲間たちに気づかなかった。
アルヌルフの首筋にはナイフの刃が……仕方がない、まずは奴らの要求を聞こう。隙を突いて事態を打開するためにも……。
「で、オレにどうしろってんだ?」
「とにかくお前らついて来いよ。こんなところで立ち話続けるのは疲れるからよぉ」
「どうするロベルト?」
「やむを得ん……とにかく安全優先で事を進めよう。頼んだぜタツロウ」
そう言われてもな……しかしアルヌルフの命がかかっている。この場での大立ち回りは避けるしかない。
◇
「おらっ! さっさと奥に入れ!」
「ひいっ!」
オレたちは狭い倉庫のような場所に連れて行かれて、扉はガシャンと閉められた。
それと同時にアルヌルフが突き倒され、怯えた声が建物の中に響いてる。
明かりは所々に設けられた小さな窓からしか入ってこない……おまけに夕日の弱い光なので、中は誰がどこにいるかがなんとなくわかる程度の薄暗さだ。
この雰囲気に飲み込まれるのはまずいな。
オレは状況を少しでも打開すべく、周りを取り囲んでニヤついている連中に……というかその中心であるタコ野郎に問いかける。
「で、何がしたいんだお前ら? オレたちをここで始末しようってか?」
「ああ? お望みなら今すぐそうしてやろうか?」
「タツロウ! 俺が話を変わるから引っ込んでろ!」
ロベルトが口を出してきた……せっかくタコ野郎を挑発して隙を作るつもりだったのに。
まあこうなったら仕方がない。オレはすぐに動けるように準備しよう。
ロベルトは緊張しながらも会話による交渉を成立させるべく必死で話しかける。
「まずは俺たちのことを説明しよう。俺たちはブランケンブルクから」
「はるばるやってきたヴィルヘルムの手下ども、だろ? それくらいわかってるっての」
「……参考までに、どうして知ってたのかな?」
「ザクツブルクの入城者記録を調べ上げた、それだけだが?」
「だけどブランケンブルクから通行証を持ってこちらを訪れる人間なんていくらでもいるだろう? それに身分は商人としていたはずだけど」
「それは、お前の仲間のタツロウに原因がある……俺を散々コケにしまくったソイツの足跡を追いかけてたらザクツブルクに着いて、記録をみた瞬間……俺はピンときたね」
つまり勘で当てたってか。お前みてーな勘の鋭い男は嫌いだよホント。
そんなオレの思いは察せられることもなくロベルトは会話を続ける。
「……それはわかった。で、キミはこの件の責任者じゃないよね?」
「……どういう意味だテメー!」
「落ち着いて聞いてくれ……さっきまでの話から察するに、キミはタツロウが領内にいることを知って、誰かに報告して追いかける許可をもらい……商館長の件と合わせて対応するよう指示を受けてウェーインに先回りした。そうだよね?」
「……だったらどうだっていうんだ?」
「俺たちは、その責任者と交渉がしたい。商館を占拠して商館長を何処かに連れ去ったのは、何らかの目的があってのことなんだろう?」
「……言っておくが、こっちは『面倒くさい相手なら秘密裡に始末しろ』って指示もらってる」
「俺たちは毎日こまめに報告書を送信している……当然、ウェーインで調査に入ることも」
「でもよー、大都市ウェーインの路地裏に迷い込んで行方不明になる人間なんてゴマンといるんだぜ?」
「俺たちは途中の経由地やこのウェーインの取引先などで実態調査を行なって、その結果も送信済み……行方不明になったら、ヴィルヘルム様が報告を根拠に大公殿下へ『問い合わせ』するだろうね」
さすがロベルト、オレには思いつかない交渉を繰り広げている。
ここでタコ野郎は悩む様子を見せる。どう動くべきか即断できないってことは、コイツも所詮は下っ端ってことだな。
そして5分ほど考えたあとにオレたちへ伝えてきた。
「とりあえず、お前らはここに監禁する。だが安心しろ、メシは持ってきてやる……こっちの結論が出るまでは。まあ、とりあえず休戦ってことで手打ちにしようやタツロウ!」
その直後、タコ野郎はタンクトップ男に顎で指示を出して……男はオレに向かって左手を差し出す。
握手しろってか。あんまり意味がない行為だと思うが……断るわけにもいくまい。
オレも左手を差し出して、お互いにがっちり握り合う。
一応、めちゃくちゃ力を込めて握ってくることを警戒したが……それは問題なかった。
だが、手を離した瞬間に見えた男の手のひらは紫色で……オレの方もそれが移ったかのようにうっすらと紫色が広がって……。
いっ! 痛ってえーーーーっ!!
何だこの刺すような痛み……!
「おっと! わりいわりい、言い忘れてたわ! そいつは水属性の魔力の覚醒者……『毒』の魔力に全身を侵されてるってなあ!」
「若気の至りで調子に乗って能力を使い過ぎた……おかげでこの右腕! 自分の毒で肘から先が腐り落ちて、 その様子を思い出すと……今でもなんか笑えてなあ、ゲハハハ!」
「というわけで、こっちはお前らをいつでも殺せるから。逃げようなんて決して思わねえことだな!」
「ちょっと待ってくれ! 薬か解毒剤を置いていってくれよ! でないとタツロウが!」
「そんなもんねえよ。お前ら回復の魔力は持ってねーのか? それなら返事が早く来るのを祈るんだな、アヒャヒャヒャ!」
◇
「うーん。ずっと馬車に乗っていると身体が伸ばせなくて、さすがに疲れが溜まります」
ソフィアはフランツが手配した馬車に朝から乗り込んで、今日の夕方にバズール到着を目指すという、やや強行軍の旅を余儀なくされている。
途中の昼休憩時間でようやく降りることを許されて……固まりきった身体をほぐす全身の屈伸運動を繰り返す様子は、まるで猫が寝起きに伸びをするかのような気持ち良さを感じさせる。
その一方で、到着後のことに不安がないと言えば嘘になるが……。
「タツロウも今ごろ、ウェーインでお仕事を頑張っているはず。私も負けてはいられません」
ソフィアは休憩中に心身を十分にリフレッシュすることに努め、午後の長い馬車の旅に臨むのであった。
いつも読んでいただいてありがとうございます
次の更新は2月11日(水)の予定です
よろしくお願いします




