044.トラブルと気になる調査結果
オルストレリア大公領西部の中心都市インスタブルックは今、ファッションショーの開催で街全体が高揚感で沸き立っている。
大公の嫡男であるフランツ自身が主催者ということもあって、市民たちの間でもその話題で持ちきりだ。
市内で最も大きなイベント会場に集まった観客たちは、次々とランウェイを通るモデルたちとその衣装、装飾品に視線が釘付けとなっている。
「ヒルデさ〜ん! 今日も素敵でカッコいいわ〜!」
「ソフィアさんも衣装が映えて綺麗〜!」
そしてお気に入りモデルたちへの声援も飛び交う会場内の盛り上がりは最高潮に達しているといっても過言ではない。
そんな華やかな舞台の裏では……。
モデルたちはバックステージで瞬時の着替えとランウェイの往復、デザイナーは自分たちの成果物の映えをチェック、主催者は関係者やスポンサーの接待で忙殺される。
当然といえば当然のことだが、ソフィアにとってはこの忙しさは安心していられる時間でもあった。
少なくともショーが終了して一段落するまではフランツから何か仕掛けられる恐れはない……ザクツブルクでのような突発的な出来事もなく、ただ仕事のことだけを考えていられる。
しかし、終了後に催される打ち上げパーティには緊張と憂鬱な気分で出席を余儀なくされる。断るという選択は、デビューして1年の新人モデルにはとても許されることではなかった。
そんな様子を見かねて、共に出席しているギーゼラが言葉をかける。
「ねえソフィア、大丈夫? 気分が悪いんだったらさぁ、ウチが言ってやろうか?」
「……いえ、問題ありません。少し疲れているだけです。私はこの業界でこれからもお世話になるつもりですから、ここは頑張らないと」
「だけどさあ、またオレサマ男がしつこく声をかけてくるかもだし」
「……それも大丈夫です。以前にも言った通り、ザクツブルクでの一件を遠回しに言い含めて、殿下の思い通りには事を運ばせませんので。私、こう見えてもそういう駆け引きは得意なのです」
「……でも、こんな時タツロウが近くにいてくれたら心強いのに。仕事なんかより彼女の方を大事にすべきじゃねーのかアイツは?」
「……詳しくは聞いていませんが、とても重要なお仕事みたいですので……彼に余計な心配と負担はかけたくありません。私も自分の身は自分で守ることで、信じてくれる彼に応えないと」
「あー、こんなところでご馳走様でした。ヤニクにタツロウの爪の垢でも煎じて飲ませたいよ、全く」
「ふふふ。そう言いながらも、神学校時代からずっとラブラブではないですか」
「いや、まあね……そういえばヒルデ姉さんはどこ行ったのさ?」
「トップモデルですから挨拶回りで忙しいのでは……」
「二人ともお待たせ! やっと挨拶回りが終わってゆっくりできる〜!」
「お疲れ様でした、ヒルデさん」
「姉さんもいろいろと大変なんだねー!」
「なんかしれっと姉さん呼びされてるけど……まあいいけどさ。それより朗報! 今日は殿下が不在だから、思いっきりパーティを楽しめるよー!」
「ほ、本当ですか?」
「それは確かにめでたいけど何で?」
「詳しい内容は不明だけど、何かトラブルが発生したらしくて……挨拶回りもそこそこに引き上げてったよ」
「……ふふっ。それなら遠慮なく食事とお酒を楽しめます」
「へっ! 何かは知らんけど天罰だよ、ざまぁ!」
余計な心配がなくなって、ソフィアたちはいつも以上にパーティを楽しんで仕事の疲れを癒し、次の興行先へのエネルギーを充填したのだった。
◇
今日は一日、オレとロベルト、アルヌルフで再びお菓子とスイーツの都市ショコラリッツ市内の調査に出て、ようやく宿に戻ってきたところだ。
既に日が暮れかけて、もうすぐ夕食時というタイミングなので腹の虫が少し騒がしい……宿でメシにありつくとするか。
で、肝心の調査結果としては……商館長のことで情報や手掛かりといったものは得られなかった。
だけど何の成果も無かったわけではない。
商館の仕入先である有名ブランド店のお菓子製造元を再度訪ね回って詳しくヒアリングしたところ、やはり商館長は姿を消しているのでは……との疑いが濃くなった。
というのも、こちらの商品に関しては従来、注文はもとより納入の立ち会いも商館長が自分で実施していたのだが。
この前の大量注文時以降は『商館長から代理を仰せつかった』という店員が行っていたことが判明したのだ。
ブランケンブルクの有力貴族や富裕層向けに仕入れる商品であり、利幅も大きいことから商館長が直接扱うのは当然とも言えるものを、よりによって……。
もし病気とかなら、それこそ真っ先にヴィルヘルムへと話を通しておかないと。
代理の店員が手違いなどやらかして納入先の有力貴族からクレームを受けた際に、対処が面倒なことになるのはわかっているだろうに。
なにせ商館はヴィルヘルム公認であり、貴族たちはそれを信用して大金払って購入するのだから。
しかし商館長の身に不測の事態が起きているのであれば話の辻褄は合う。
そしてオレたちは夕食後の宿の部屋でこの状況について話し合っている。
「なあロベルト。明日は一気に首都ウェーインに入城して、とにかくしらみつぶしに探し回ろうぜ」
「無茶言うな! 最低でも2日はかかる距離だっての! それにそんなやみくもに探してもだな」
「いや行けるだろ。とにかく急いで探しださねーと、商館長の命にかかわるじゃねーか!」
「まだそんな状況だって決まったわけじゃねーし、仮にそうだとしても焦って俺たちの身にも危険が迫ったら意味がない」
「だけどよー!」
「こういう言い方は冷徹に聞こえるかもだが……単に商館を乗っ取って利益を稼ごうって言うなら館長は既にこの世にいない可能性もある」
「ちょっ! それなら尚の事、犯人どもを捕らえて報いを受けさせねーと!」
「だから! あくまで『可能性』だって言ってんだろうが! そうじゃない場合、何らかの目的があって身柄を拘束しているって話になるから……」
「ヴィルヘルムさんに知らせて後のことは任せるってか」
「そういう指示だったろ、俺たちが出発する前に聞いたのはさ。任務はあくまで状況確認と報告だ」
「モヤモヤするな……アルヌルフさんはどう思う……こりゃダメだ」
「歩き回って疲れてるし、メシ食って腹いっぱいだしね。俺たちもそろそろ休もう。明日からは厳しい仕事になりそうだ」
なんかバカバカしくなったし、もういいや。俺たちは2人がかりでアルヌルフをベッドに運んで寝かせたあと、それぞれ就寝する準備を黙々と続ける。
ここから先、大公領の首都ウェーインに向かうにあたっては今まで以上の緊張と慎重さが要求されるのが確実となった。
オレたち3人は明日からの旅路を気を引き締めてかからねばならない。
だけどまあ、今のところソフィアのことで嫌な予感がしないことは幸いだ。
とにかく任務に集中して、商館長の身の安全を確保するためにも……今日はゆっくり休んで英気を養うことにするよ。
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