042.牽制と共闘
タツロウがザクツブルクを去ってから数時間後。
市街地から少し離れた場所に存在するフランツの別邸……のすぐ隣に建っている館に多くの招待客が訪れている。
客たちはもちろん本日市内で催されたファッションショーの関係者……領内外の有力貴族、スポンサーの商人、モデル、デザイナーなど。
広いダンスホールを備え付けた宴会場にて彼らを慰労するパーティが開かれており、あちらこちらから談笑やら商談やらの声が聞こえてくる。
その片隅のテーブルで静かに過ごすソフィア、ギーゼラとヒルデの元にあの男が何食わぬ顔で近づいてきた。
「ヒルデさん。本日のショーでは貴女にファーストルックを飾っていただいて、おかげで開幕から大いに盛り上がりました。主催者として大変感謝しております」
「い〜え、私の力なんて大したものでは……ひとえに殿下のプレゼンテーションの素晴らしさがもたらした結果です。が、殿下にそのように褒めていただけるのは光栄なことです」
「帝国内屈指のトップモデルだというのにご謙遜を……。このあとの巡業先でもぜひ力をお貸し願えればと、そう考えております」
「あはは、ありがとうございます」
「ところで、後ろにいるソフィアさん……一曲、お付き合いをお願いできますかな?」
「……あの、私は」
「殿下。彼女はデビューしてからまだ1年ちょっとのひよっこモデルです。粗相があってはいけませんので、僭越ながら私がお相手いたします」
「……いや、私の方こそトップモデルにお相手していただくのは気が引けるというか。ダンスはあまり上手くないですから」
「それなら尚の事、私が殿下にリードの仕方を伝授して差し上げますので。ぜひ一曲、このヒルデとお願いします」
「……わかりました。では、挨拶回りを終えたあとにお願いしましょう。失礼します」
フランツは一瞬だけ眉間に皺を寄せながらも執拗に粘ることはなく、すぐに爽やかな表情に戻って他の客の元へと足早に移動していく。
そしてもう声が相手に聞こえない距離となったことを確認してから、ギーゼラは吐き出すようにフランツを咎める言葉を並べ立てる。
「あのオレサマ男、いったい何なんだろうね! 昨日の夜ソフィアにあんなこと仕掛けておいて、いけしゃあしゃあと……!」
「ギーゼラ。昨日は別邸まで迎えに来てくれて、私は本当に嬉しかったのです。ありがとうございます」
「う、うん。それはいいけどさあ。ソフィアも、なんで昨日の出来事を告発しないわけ? ウチはそれが信じられないんだけど!?」
「……あの件は未遂に終わりましたので、必要以上の騒ぎにしたくありません。それに……」
「それに?」
「ソフィアは、他のモデルとかデザイナーに気を使ってるんでしょ。騒ぎを大きくしたらみんなに迷惑がかかる……」
「いやいや、そんなこと言ってる場合かよヒルデさん!」
「あたしの話じゃないでしょうが!」
「……あの。それもなのですが」
「あと、その件を今後の『切り札』として取っておきたい。そういうことでしょ?」
「……ヒルデさんのおっしゃるとおりです」
「あのさ。ウチのアタマでも理解できるように説明してもらえます? ヒルデお姉さん?」
「まず、ここはフランツの領内だってことはわかってるよね、ギーゼラちゃ〜ん?」
「あ、ああ。でもそれがどうしたって」
「領内にいる間は、それこそまた手出ししてこないとも限らないからさ。あえて騒ぎにしないことでフランツを牽制しようって狙いなんだよ」
「牽制?」
「下級貴族相手にセクハラを仕掛けた挙げ句に逃げられたなんて『殿下』にとっても恥でしかないからさ。あとでもみ消すにしても、最初からそんな話が世に出回らない方がいいに決まってる」
「……正確には、そうなる可能性を大公領から出る日まで匂わせておく、ということです。それに、あまり追い詰めると殿下はなりふり構わず強引に仕掛けてくる可能性もありますので」
「あーなるほど。下手に手出しするとどうなるか……って思わせておとなしくさせておこうってわけだ。でもさっきだってダンスを誘ってきたし、油断ならない男だよねえ」
「それについては、私の救出に別邸内へと入りこんだ人物が何者か、というのを殿下は探りたかったのではないかと。言わば殿下の弱みを握っているようなものですので」
「だけど牽制が効いてるからあれ以上は誘えなかった。まあ、あたしがいるからってのもあるけど」
「何でヒルデ姉さんが関係あんのさ」
「あたしのファンにはさ、帝国内の有力貴族の奥方様や娘の方々も多いから。大公の嫡男といえどもうっかり敵に回せない。ましてやファッションウィークの主催者なんだし……見ただろ、あのへりくだった態度を」
「確かに。姉さんって実はすげーお人なんだね」
「今頃気づいたの……それはともかく、ソフィアはここを出るまではできる限りあたしと行動を共にしなよ」
「そんな、ご迷惑では……昨晩だって私とギーゼラがなんとか脱出したところに寄り添っていただいて、コートまで貸してくださって。そのお礼もまだしていないというのに」
「だって、タツロウくんの上着だけじゃ素足を見せながら街の中を歩くことになるし……あたしはね、タツロウくんが悲しむのを避けたいだけなの。ソフィアのためじゃないから」
「……はい」
「だから共闘はこの領内だけ。外に出たら、あたしたちはまたライバル同士。それこそ今回のことをネタに彼に迫っちゃうから、覚悟しておいてね」
「……わかりました。ですがそれだけは譲りませんので」
「ふふふ。じゃあ、あたしはそろそろ殿下のところに行かないと。また後でね」
ヒルデはソフィアたちに軽くウインクしてから颯爽とフランツの元へ歩いていく。
確かにライバルではあるが、その心の中に温かいものを感じ取ったソフィアは安心してギーゼラと共にパーティを楽しんだのであった。
◇
あー。さすがに昨日は疲れたぜ。
ソフィアのファッションショーを見てからすぐに全速力でロベルトたちを追いかけて……。
本当に門限ギリギリで宿にたどり着いて、野宿だけは免れたけど。
もう、食欲も湧かないから即ベッドインですぐに眠った。
朝になって起き上がった今でもまだ少しダルいけど、まあなんとかなるか。
「タツロウ! 今日は朝食が終わったらすぐに出発するぞ」
「あれ? この都市でも調査するんじゃないのかよ、ロベルト?」
「それは昨日、俺とアルヌルフさんとで済ませた。小さな都市だし、商館の取引先も少ないからすぐに終わって手掛かり無し」
「そいつは悪かったな。手伝えなくて」
「もういいよ。結果的に3人も必要なかったから。だけど次はそれなりに大きな都市だから、しっかり手伝ってもらうぞ!」
「ああ、わかってるって!」
というわけで今日は次の目的地への移動から始まる。
で、向かう場所は……ショコラリッツというお菓子みたいな名前の都市だ。
そこは大公領の首都ウェーインの玄関口ともいえる重要拠点でもある。
何か手掛かりを得られる可能性がこれまでになく高い。
それにここを抜ければ最終目的地ウェーインまで2日もあればたどり着ける。
オレは朝食を一瞬で平らげ、グズグズ食事しているロベルトたちを急かして旅立つ。
一刻でも早く商館長を見つけ出して、すぐにソフィアの元へ駆けつけてやるんだ……!
いつも読んでいただいてありがとうございます
次の更新は1月4日(日)の予定です
よろしくお願いします




