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004.悪夢

「……タツロウくん。いや、タツロウ!」


「ん〜、誰だ? オレの名を呼ぶのは」


「僕だよ……まさか忘れたの? 酷い奴だな」


「お、お前はマサオじゃないか! お前もこっちの世界に転生してきたのか?」


「……気楽なことを言ってくれる。僕があの後、どんな目にあったかも知らないで」


「あの後って、お前がオレを刺した後のことか? オレがいなくなってハッピーになったんじゃないのか?」


「僕は、タツロウを刺殺した殺人犯として少年刑務所に行って、その後も見事なまでの転落人生さ。親兄弟もネットで特定されて叩かれて一家離散と相成ったよ」


「……まさか、そんなことになっていたなんて」


「それもこれも全部お前のせいだ! タツロウ……お前さえ、お前さえいなければ」


「……確かにマサオを追い込んだのはオレだ。どうやって詫びればいいのか」


「お前は、僕が苦しんでいる間に異世界転生して彼女まで作って人生を謳歌しているじゃないか。益々許せないな〜! 口先だけの詫びよりも、僕を追い込んだのと同じようにお前と彼女を追い込んでやりたいよ〜」


「そ、それだけはやめてくれ。彼女は、ソフィアは何も関係ないんだ。オレは何でもする、だから」


「……クククッ、やっとお前を不幸のドン底に落とすことができる。恨み晴らさでおくべきか……!」


「頼む、頼むから! やめてくれ〜!!」


 オレは自分の叫び声でハッと目が覚めた。

 まだ起きるには早い時間……夢を見ていたようだ。


 というか、最近になって同じような悪夢を時々見るようになった。


 具体的にはヴィルヘルムの家臣として仕事を覚えてきて、こちらでの生活にも慣れて余裕が出始めた頃から。


 で、夢に出てきたマサオは何者かというと。

 オレの前世で同級生だった人物……もっと詳しく言えば、オレが散々イジメて楽しんでいた相手だ。


 そしてオレが彼を追い込みすぎて逆襲を受け、この世界に転生するきっかけとなった。


 マサオがオレを恨むのは当然で、あの世で会うことがあれば、許してもらえるまで詫びるつもりだ。


 それこそジャンピング土下座でも焼き土下座でも何でも……それでも彼の気が済まないなら八つ裂きにされたって構わない。


 だけどオレは彼女に、ソフィアに幸せになってもらいたい。

 だから、それが叶うまでは待ってほしい。


 オレは悪夢を見るたびに、心の中でマサオにそう呼びかけている。

 マサオから見れば自分勝手な理屈だが、それは承知の上でのお願いだ。


 あー、もう眠れなくなった。

 オレはベッドから起き出して運動着に着替えて外へ出た。


 こんな時は身体を動かすに限る。


 まだ誰も歩いていない街をジョギングでひと回りする。

 夏なので既に夜は明けているが、空気はまだ暑くはなっていない。


 そういえばソフィアはどうしてるかな。

 彼女が出演したファッションショーを見に行ったのは一昨日のことだ。


 ブランケンブルク周辺で行われているファッションウイークは確か今日までのはず。


 できれば今日の夜にでも会いたいけど、いきなり彼女の宿泊先に押しかけるのもどうかと思う。


 なんか連絡を取る手段を決めておけばよかった……うっかりしていた。


 そんなことを考えていたらいつの間にか街をひと回りしてしまった。

 物足りないからもう一周しよう。



 昼から、オレは久しぶりに、街外れにあるヴィルヘルム所有のとある建物を訪ねた。


 建物を厳重に警護する衛兵たちに名乗って中に入る。

 ここに入れるのは関係者のみで、衛兵たちはこの中にいる人物については詳しく知らされていない。


 その人物がいる部屋のドアをそっと開け、中を覗き込む。

 ベッドなど居住に必要な最低限のものしか置いておらず、窓も申し訳程度のもので、殺風景かつ昼間でも薄暗い。


 そしてベッドに座ったまま無反応な男に呼びかける。


「オヤジー! 起きてるかー?」


「……」


 やっぱり今日もこの調子か。


 そしてそこにいるのは、帝国の前皇帝……オレの父親である。


 無反応はいつものことであり、めげずにしつこく呼びかけ続ける。


「なあ、聞こえてるんだろう? だったら返事くらいしようぜー?」


「……誰だ〜?」


「オレだよオレ。かわいい跡取り息子だよ」


「……で、今頃になって一体何しにきた?」


「つれないな〜。用事はないけどオヤジの顔を見に来ただけだよ。それよりどっか具合の悪いところはないか? 欲しいもんとか食いたいもんねーのか?」


「……どこも悪くない。それに何も欲しくはない。静かに暮らしたいだけだ……だから、放っておいてくれ!」


 オヤジは少し荒い声でオレを突き放すようにそう言うと、ベッドに潜り込む。


 オレは為すすべもなく、オヤジが好きでよく食べていた菓子を置いてドアを閉めた。


 オヤジは選帝侯ハインリッヒとバンデリア侯爵にクーデターを起こされ失脚してから変わってしまった。


 どうやら、早々に降伏して囚われの身となったオヤジは、やってもいない罪を認めるようにと、連日拷問に近いことをされ続けたらしい。


 ハインリッヒたちがクーデターを完全に正当化させて新たな皇帝を擁立するために、これまで皇帝を務めたオヤジを悪役として断罪し……恐らく処刑するつもりだったと思う。


 で、ここにいるのはなぜかといえば。


 ここでは詳細は省かせてもらうが……クーデターが決行された直後、オレは勝手知ったる領内と城内へと密かに単独で潜入し、監禁されていたオヤジを連れ出すことに成功したのだ。


 そして今はヴィルヘルムの厚意でここに匿ってもらっている。


 ハインリッヒの奴、前皇帝は罪を悔いて自決したと嘘の発表をして先手を打ち、オヤジが戻ってくる余地を無くして新皇帝をあっという間に即位させやがったのだ。


 まあ、オヤジは監禁中まさに悪夢のような日々を過ごしたのであり、今は何も気力が湧かないだろうから、別にいいんだけど。


 オレにできることは休暇日にできるだけオヤジに会いに来ることだけだ。


 もちろんハインリッヒたちを許すつもりはないよ?

 だけど今乗り込んでいったって返り討ちに遭うだけ……必ずいつか、オヤジが受けた借りはきっちり返してやる。


 そのためにもオレはここで自分の力をもっと伸ばさなきゃならねえんだ。


 この話はソフィアにはナイショ。

 彼女をこんな私怨の権力争いみたいなことに巻き込みたくないから。


 オレは黙ってそんなことを考えながら建物を出て、街へと向かったのだった。

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