034.フランツの影
「オレサマ男……じゃなかった。フランツ殿下、ウチ……わたしのような駆け出しデザイナーまで招待して下さって、ありがとうございま〜す!」
「フン……ギーゼラとか言ったな、確か。別にお前を招待するつもりはなかったが、今回のファッションウイーク関係者は多数に上る。いちいち末端まで確認してられないんでな」
「いえいえ、殿下に名前を覚えていただいてるだけで光栄ですから。それじゃ行こっかソフィア! 向こうでモデルとデザイナーたちが待ってるよ!」
「え、ええ……」
「行って構わんぞソフィア。今日は俺様も挨拶回りで忙しい。これから準備期間も含めて約2週間、顔を合わせる機会はまだまだ多いからな……楽しみは後に取っておくとしよう」
「……そ、それでは失礼いたします、殿下」
「ども! しっつれいつかまつりましたーん!」
「ククッ……本当に楽しみだぜ、色々とな」
急ぎ足でフランツから離れていくソフィアとギーゼラ。緊張からホッとひと息ついた表情でひそやかに言葉を交わす。
「ギーゼラ……以前にも言いましたけど、殿下と私の話に首を突っ込むべきではありません。貴女の身に何かあったら、ヤニク君に申し訳が立たないのです」
「ソフィアこそ、ウチらは友ダチだってこと忘れてるんじゃないの? それにウチは自分がやりたいようにやってるだけ。あのオレサマ男が気に食わない、それだけのことよ」
「もう……でも、お陰様で助かりました。ふふっ」
「えへへ、どういたしまして。まあ、この役割がタツロウだったらもっと良かったとは思うけどさ」
「……確かにタツロウと会うことができれば嬉しいのですが。今はギーゼラとこうして会えたことの方が楽しいのです」
「ホント!? 嬉しいこと言ってくれるわ……今夜はウチと、とことん飲み明かそうぜ!」
「あんまり羽目を外すと明日の仕事に支障がありますよ。ですが、飲み明かすというからには負けませんので。ふふふっ」
会話の最後にお互いクスッと笑みを浮かべながら、二人は仲間たちの待つテーブルへと加わった。
◇
「あぁ〜。さすがに疲れたぜ〜!」
「お前なあ! いくら急を要する任務だからって、移動の日程をやたら前倒しにするなんて無茶苦茶だろ!」
「むふぅ。も、もうダメだ……一歩も足が進まない!」
オレとロベルト、アルヌルフの3人は帝国南部のオルストレリア大公領へと向かっている最中なのだが。
帝国は南部に山岳地帯が多く北部が海に面している為、河川を利用した船旅は基本的に遡上となる。
つまり流れの緩やかな川幅の広い箇所で川上に向かって風が吹くルート以外は難しいのが大半だ。
まあ、魔石を動力源とした船なら可能だが……そういうのは設備的にもコスパ的にも、基本的に大型の旅客船か貨物船しか就航してない。
つまり中流でもある程度川幅のある大河か運河でしか使えない代物だ。
ヴィルヘルムからはそれなりの出張旅費を渡されているから船賃が高いのは何とかなるが、そもそも船便自体が無ければ手段は徒歩か馬車くらいしかない。
それはともかく、この程度で疲れて倒れ込んでる2人にオレは喝を入れる。
「無茶苦茶って、ちょいと丘陵地帯を登り降りして遠回りな街道をショートカットしただけだろうが。お前らこそ鍛え方が足りねーぞ!」
「タツロウの言う『ちょいと』は数十キロじゃねーか!」
「ぜえ、ぜえ……と、とにかく宿場町に到着したんだから、宿を探そう! もうすぐ夕方だから報告書も書かないと」
仕方がない。もっと進みたかったが、これで良しとしよう。
アルヌルフは宿の部屋で日報を急いで書き上げると、そのまま倒れ込むように眠ってしまった。
というわけでオレがこれを手紙として送る手配をしなければならない。
帝国内には既に飛脚のような民間業者が存在しており、宿場町にはたいてい1つくらいはその支店が置かれている。
もちろん各諸侯の領地を跨がって運ぶわけだが……どの諸侯も基本的に彼らの通行を邪魔したりはしない。
そんなことをすれば自分の領地だけ情報や物資のやりとりが滞るだけ……だからこそどこもスパイの摘発には力を入れている。
ちなみにオレたちはヴィルヘルムから正式な身分証明と通行証を発行してもらっているので、一応の手荷物検査以外はほぼ無条件で各領地や都市の関所を通行できる。
と、余談が多くなったが無事に手紙を送る手配を完了してひと安心。閉店間際だったから受付のおば……お姉さんには睨まれたけど出さないわけにはいかないのだ。
さあて、晩メシは何を食おうかな。旅の楽しみはこれくらいしかない。
しかし、ここは宿場町としては小さく田舎なので歓楽街というものは無くて、商店街には飲食店もあるのだが……夕方にはほとんどが閉まっている。
仕方がない、酒場なら夜でも営業してるだろうから探してみよう。
それからしばらく商店街をウロウロしていると、その外れに一軒だけ見つかった。
それ以外は見かけないというか、個人の常連客向けのようなこじんまりとした店しか無くて困っていたので助かった。
ところでこの店、やたら目立つ大きな看板を掲げてるけど何が書いてあるんだ?
えーと。『大公殿下お墨付きの名門酒場が全国展開中』だと? なんだこりゃ。
なんかいきなり怪しげだな……そもそも『大公殿下』が酒場とか居酒屋にそんなもん与えるのか?
現代日本でもよくある詐欺まがいのボッタクリ店みたいな誘い文句を誰が信じるかっての。
などと考えていた最中の出来事だった。
バァーンッ! と勢いよく扉が開くと、中からパンツ一丁の男が一人、飛び出して……いや突き飛ばされて出てきた。
そのあとからいかにもな黒服男2人がパンツ男を罵る。
「カネも無いのに、この大公殿下お墨付きの店で飲もうとすんじゃねーよ! このビンボー人があ!」
「お前の荷物と身につけていた品は、支払いきれなかった代金に充足すっから。二度と来んじゃねぞタコ!」
黒服たちは一方的にまくし立てると、中に引っ込んでバタンと勢いよく扉を閉めた。
おっと、それどころじゃない。パンツ男を助け起こして事情を聞こう。
「おい、大丈夫か。いったい何があった?」
「そ、それが。旅の途中でこの街に寄って、メシを食おうとウロウロしてたら、この店の前で呼び込みやっててさ。大公殿下のお墨付きだって言うし、なんとはなしに誘われるまま入ったら」
「出てきた食事やサービスにとても見合わない高額な料金を請求されたと」
「な、なんでわかったんだよ、あんた?」
そりゃあ現代日本じゃよく聞く話だから……まあこの中世ヨーロッパ風異世界でしかも地方都市だと、すぐに情報が伝わらないから手口を知らない人も多いのだろう。
それに『大公』とかそういった肩書きは地方民にとってやっぱり威力があるし。騙されたと安易に攻める気にはなれない。
おっと、パンツ男が震えてる。もう晩秋だから夜になれば結構冷えてくるし、話を続けよう。
「ちょっと聞いたことがあるだけさ。それよりも上着貸してやろうか?」
「す、すみません。明日にでも返しますので、住所とお名前を教えてもらえますか?」
「えーと。オレも旅の途中だから、『タツロウ』の名前で宿場を訪ねてくれ。ところで酷い目に合わされたことをこの町の長に訴えるべきだと思うが」
「……奴ら、町の『上の方』に顔が利くからそんなことしても無駄だって嘲笑ったんだ。旅の途中でこれ以上厄介事に巻き込まれてる暇もないし」
「そうか。まあ無理しなくていいよ。夜も更けてきたし、早く宿に戻らないと風邪引くぜ?」
パンツ男は頭を何度も下げながら早足で宿場の方へ去っていった。
それにしてもこのボッタクリ店、町の有力者かなんかに食い込んでやがるのか。大方、アガリの一部を賄賂として渡しているのだろう。
そもそも『大公』公認の全国フランチャイズチェーン店みたいに名乗ってる時点でヤバ過ぎ。
こんなのオルストレリア大公が認めるわけ……いや待てよ。
大公の人柄は知らないので何とも言えんが、これが『嫡男』フランツが関わっていることだとしたら……大いにあり得る。
もちろん動機はカネ儲け……地元民はあまり歩いて無さそうな場所だし、宿場に泊まる客をターゲットにしてのやり方だとすれば、全ての辻褄が合う。
せっかくここまで来たんだ。オレの予想通りなのかどうかを確かめに、ちょいと中を覗いてみるとするか。
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次の更新は11月23日(日)の予定です
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