033.神のお導き
「タツロウ、ロベルト、それにアルヌルフさん。ヴィルヘルム様がお呼びだ。ちょっとついて来てくれるかな?」
カミラさんと再会した夜から翌朝のことだった。
ヴィルヘルムの居城に出勤して早々にオレたち3人はコンラートさんを通じて呼び出しを食らったのだ。
「おい、タツロウ! お前またなんかやり過ぎたんじゃないのか?」
「いや、そんなはずは……あ、あれかな?」
「ぬううっ! 何かあれば副団長のおれが責任を問われるんだから勘弁してくれよな!」
「3人とも静かに! もう執務室の前だぞ!」
オレたちはコンラートさんに促されて部屋の中に入ると、奥の執務席に腰を下ろしたヴィルヘルムが待ち構えている。
どうしよう……これじゃソフィアのことを相談できる雰囲気じゃない。
と内心震えていたが、ヴィルヘルムからは落ち着いた口調で意外な頼み事を申し付けられた。
「3人とも、朝からすまない。実は明日……できれば今日にでも『出張』に行ってもらいたいのだ」
「へっ? ど、何処にですか?」
「オルストレリア大公領……帝国の南部で、ここからは遠いのだが。まあどうしても難しければ……」
まさかのフランツの領地! これは神のお導きか。オレにこの話を断る理由などなかった。
「行きます、是非行かせてください!」
「ちょっと! 何を勝手に」
「またタツロウの横暴が始まった!」
「お前らがイヤならオレ一人で行くから。それならいいだろ?」
これで話はまとまる、と思ったがコンラートさんから勝手は許さんとばかりに釘を刺される。
「先に言っておくが、この件はチームで動いてもらう。3人で行くか行かないか、どちらかだ」
「うむ。まあ決めるのは俺が説明してからでいいだろう。では詳細について話すが、構わないか?」
「お願いしますヴィルヘルムさん」
「まず確認だが、主要な諸侯たちとの商取引を円滑に行うための拠点として、帝国各地に我がオーエンツォレオン家公認の商館を設置している……それは分かっているな?」
公認、か。便利な言葉だがこう言い換えたほうが実態が分かりやすい……『息が掛かった』と。
もちろん商談もすれば実際に納品や決済処理なんかも実施するので、全く的外れな名称というわけじゃない。
だけど商館の長は当然ながらヴィルヘルムの代理人でもあるわけで……相手領地内の情報収集、諸侯との秘密裏の交渉などもその役割だ。
まあこういうのはどの諸侯も同じことをやってるし、その拠点の呼び名が商館だったり公邸だったりと違うだけだ。
余談はともかくオレたちがそれぞれわかっている旨を返答すると、ヴィルヘルムは本題を話し始めた。
「もちろん彼の領地の主要都市にも設置しているのだが……その商館長と連絡が取れなくなったのだ」
「それってまさか」
「詳細は何も分からない。単に定期報告を怠っているのか、何か事件に巻き込まれているのか、それとも」
「つまりオレたちにそれを探ってこいと」
「うむ。まずは商館の様子を確認して、その時点で報告が欲しい。もしもそこに館長が不在なら……捜索できる範囲で足跡を辿ってくれればいい」
「で、見つけたら連れ帰ってくるんですね」
「問題なくそれが可能な状況、であればな。基本的には迂闊に手出しせずにこちらへ報告を入れてほしい」
「なんでそんなまどろっこしいことを」
「うむ。場合によっては……背後にいる勢力と『交渉』が必要になるかもしれん」
「大公のことですか?」
「そうとは限らん。その配下の貴族、或いは外部勢力かもしれん。だが最も厄介なパターンは大公の嫡男フランツが絡んでいる場合だ」
「フランツ、ですか」
「うむ。事業家としては有能で、領地の経済力を急速に発展させ、大公家という肩書に相応しいレベルに国力を押し上げた。だが、あまり評判の良くない人物でもある」
へえ、そこまで頭の切れる男だったとは。ロクデナシなのは知っていたけど。
まあオレとヤツの因縁について話すと長くなるからこのまま話を進めよう。それよりも気になるのは……。
「ですが、館長の身に危険とか迫ってたらどうするんです? 報告がそちらへ届いてさらにこっちに返事が届くのに数日はかかりますよ」
「それでも、だ。館長は皆、そういったリスクを承知の上で現地に赴任している。その代わり高い報酬と家族の生活の保証で報いているのだ」
いくら給料が高くてもな……と反論したいのは山々だが。家臣団で仕事をしているうちに薄々わかったのは、諸侯の領地経営は綺麗事だけでは済まないという冷徹な現実だ。
ヴィルヘルムだって本当は部下を見捨てるような真似はしたくないはず、そういう男なのは知ってる。
だがその肩に領民たちの生活と安全がかかっている……安易に敵に屈するわけにはいかない。だからオレは話を前に進めることにした。
「……そうですか。実は結構ヤバい職場だったんですね、商館って」
「そうだな……しかし彼らの活躍があってこそ領地の繁栄と安全が保てる。話を戻すが、もしもお前たち自身に危険が差し迫った場合はもちろん身の安全を守るのが優先だ」
「はい」
「説明は以上だが。悪いがこの場でこの任務を引き受けるか否か決断してくれ」
ロベルトとアルヌルフは思案顔で顔を見合わせている。オレの心は決まってるのだが……。
そうだ。ここであのことをお願いすればコイツらのやる気を引き出せるかもしれん。
「ヴィルヘルムさん。引き受けるにあたって、オレは一つ条件があるのですが」
「うむ。言ってみろ」
「実はそろそろ、オルストレリア大公領内でファッションウイーク開幕でして……その、ソフィアも丁度そこにいるかと」
「なるほどな。まあいい、任務に差し障りのない範囲で会いに行くのは構わんぞ」
「ありがとうございます!」
「おい! お前だけの都合で話を進めるな!」
「こ、公私混同で羨ましい……いやけしからん!」
「まあまあ、お二人さん。言いたいことはわかってる……オレだけが任務の合間に彼女と会えるのが許せない、要はそういうことだろ?」
「そ、それは」
「ぐぬぬぬ」
「それじゃあこうしよう。オレだけの癒やしの瞬間をキミたちにお裾分けしようではないか。ソフィアにひと目会えるように取り計らうから」
「ほ、本当か?」
「ああもちろん、約束しよう。もし破ったらオレをフルボッコするなり好きにしていいぞ」
「まあそれなら」
「約束だぞ!?」
「ありがとう。感謝するよ」
「クククッ。ソフィアさんと会いさえすれば俺の魅力で……」
「ぬふふふ。待っててねソフィアちゃん〜!」
コイツら思った通りに話に乗ったぜ。ソフィアには悪いが、とにかく現地に行くことが今は重要なのだ。
もちろん『ひと目』は会わせてやるよ? オレは約束は守る。
まあ仮に破ったとしても、果たしてオレをフルボッコにできるかな? 抵抗しないとは言ってないからな、ケケケッ。
「ヴィルヘルムさん、2人の了承を得ました。この件オレたちに任せてください」
「うむ。報告は道中も含めて可能な限り毎日、何か起きた際はもっとこまめに入れてくれ。その役割は副団長アルヌルフに任せる」
「はっ。承知しました」
アルヌルフは普段はアレだが、公の場の受け答えは驚くほどキッチリしている。腐っても元伯爵家嫡男、幼少期から叩き込まれているのだ。
報告書もあの喋り方からは想像つかないシンプルかつ正確な文章で、ひと目で要件と結果が分かりやすいと評価も高い。
おまけに字も綺麗だし……とにかく本体とギャップがありすぎる。
オレとロベルトはそういうの苦手だから補完しあってちょうどいい関係なのだ。
さて、ようやく決まった……とホッとしたところにコンラートさんから指示が下った。
「お前たち、今から家に戻って旅支度を済ませてからここへ戻って来い。集合時間は昼過ぎとする。それと、引き継ぎが必要な残務があれば私がこの場で聞こう」
「いえ、特にありません。ではこれで失礼します!」
オレたちは即座に執務室から出て、それぞれの自宅に向かう。全員がアパートで男の一人暮らしとは言え、最低限必要な支度はあるし、大家さんにも当分の間不在だと伝えたりとかそれなりに準備があるのだ。
◇
「ヴィルヘルム様……正直申し上げると、あの3人を行かせるのは今でも不安なのですが」
「気持ちはわかる。だが課題山積の今、比較的手が空いているのは彼らしかいない。それにタツロウなら……何か問題が起こっても自分で切り抜けるだろう」
「相変わらずアイツのことを買っているのですね」
「そういう男だと俺は知っている。あとはコンラート、いつでも現地に赴けるように準備をしておいてくれ。俺の『名代』としてな」
「かしこまりました」
◇
ここはフランツが領地内に所有する館の一つ。
タツロウたちが旅立とうとしている正にその時、ファッションウイーク関係者やモデルたちの来訪を歓迎する宴がフランツの主催で開かれている。
「……あの。ご無沙汰しております、フランツ殿下。お招きいただいて光栄に存じます」
「フフフッ。俺様も……お前に会えて嬉しいぞ、ソフィア……!」




