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名ばかり皇帝の跡継ぎに転生したけど没落したのでイチから成り上がることにした  作者: ウエス 端
新章

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32/40

032.運命と決断

 ロベルト、アルヌルフと3人で飲んでいた酒場で、オレはカミラという女性と再会した。


 彼女には、オレがまだ神学校にいた時のスキー旅行で……オルストレリア大公の嫡男フランツとのイザコザの件でとてもお世話になったのだ。


 オレはロベルトたちを強引に追い出し、彼女が何故フランツの元から離れてここにいるのかを尋ねようとしている。


「えーと。テーブルの上、中途半端にしか片付けてないですけど。そこの席でもいいですか?」

 

「それじゃ、座らせてもらうわね……だけど貴方のお友達に悪いことしちゃった」


「いえいえヤツらのことなんか気にしないでください。ところで、ここでは『カミルス』って名乗ってるみたいですが」


「ええ……なんとなく。大した意味はないのだけれど、気持ちを一新したかったのかも」


「おーい、カミルスちゃん! そんな若造の相手してる暇があるならワシらと一緒に飲もうじゃないか!」


「ごめんなさい、この人とは知り合いで久しぶりに旧交を温めているの。また今度ご一緒いたしますから」


「……ここの客たちに人気があるんですね」


「ふふっ、お陰様で。それでお話する前に私も一杯いただいていいかしら?」


「もちろん」


 彼女は何を頼むのか。やっぱりワイン、それともシャンパンか?


 ウエイトレスは慣れた様子で彼女の飲み物をすぐに運んできた。歌ったあとに客に付き合うのも仕事のうちなのだろう。


「カミルス、ビールお待たせ」


「ありがと……ふふっ、そんなに意外だったかしら?」


「そ、そういうわけじゃ……ただ、あの時の印象が強くて」


「パーティ会場だったものね。でも私、ワインとかよりビールのほうが好きなの」


「そうですか。じゃあ気を使わなくていいですね。では再会を祝して」


「乾杯」


 彼女とグラスを軽く合わせてからすぐにグイィーッ! と一気に飲み干す。嬉しい時はこの方が気分も高揚するってもんだ。


「いい飲みっぷりね」


「実は話しながらチビチビってのがあまり好きじゃなくて。先に飲んじゃおうかと」


「ふふっ。それで、私がどうしてここにいるのかってことなんだけど……簡単な話、フランツの館に居られなくなったから」


「えっ! ど、どうして」


「そうねえ。それも単純な理由なのだけど……飽きられて捨てられた。それだけのことなの」


「い、いやそれはおかしいでしょ! 自分で囲った女性を、飽きたとか……フランツの野郎、許せねえ!」


「そう言ってくれる人がいるだけでも私は幸せなのかもね。実はフランツから暇を出されたのは私だけじゃなくて、他に何人もいて……整理したかったのかもね」


「……まあ考えようによっちゃフランツから解放されたってことで、良かったとも言えるのか。だけど酒場じゃなくて故郷に帰ればいいのでは?」


「故郷は隣のアウストマルク辺境伯領にあるのだけど。経緯はどうあれ、私は故郷にいる大切な人を裏切った……だから今さら顔向けができなくて。それで彷徨ってるうちにここにたどり着いたってわけ」


「だからって、酒場の歌い手なんて不安定な生活しなくても」


「私はそれくらいしかできないし、帰る場所のない女を置いてくれてるのだから。それに案外こういう生活も楽しくて」


「……それならいいんですが。だけどやっぱりモヤモヤするぜー!」


「私のことはこれくらいでいいかしら。それより、ここでタツロウくんに出会ったのも運命なのかもしれないわね」


「ど、どういうことですか?」


「……タツロウくんはソフィアちゃんと、あともう一人、あの時にいた女の子」


「アンジェリカのことですか?」


「そう、その子。今でもお付き合いはあるの?」


「アンジェリカとはオレが神学校を中退して以来会っていません。ソフィアとは、実は彼氏彼女の関係になりました」


「……なら、貴方の彼女さんのことは最大限に注意しておいて。単刀直入に言えば、フランツは彼女のこと諦めてないから」


「そ、そんな。あの時、もうオレたちに手を出さないって契約を交わしたじゃないですか」


「フランツがそんな契約をいつまでも律儀に守る人だと思う? それに契約書の中身だって、後でどうとでも解釈できる文言にしている可能性が高いわ」


「くっ……」


「彼女、確かモデルさんやってるのよね? そろそろオルストレリア大公領内でファッションウイークが開幕する時期……会場で彼女がフランツに出会ったら」


「それは……不味いなんてもんじゃない」


「タツロウくんは今何をしているのか知らないけど。すぐに駆けつけたほうがいいと思う」


「……わかりました。手を打ってみます」


「私はもう守ってあげられないから。貴方にお願いするしかなくて……」


「いえ、貴重な情報をありがとうございます。それで、悪いんですけど今日はこれで引き上げます」


「こちらこそ話を聞いてくれてありがとう。貴方が飲んだ分も私が……」


「いやいや、カミラさんが今飲んだ分も合わせて払っておきます。こんなのであの時のお礼になるとは思いませんが」


「……お礼ならこれでもう十分いただいたから。次からは普通に飲みに来て、歌を聞いて頂戴」


「わかりました。それじゃ」


 オレたちはお互いに微笑みながら手を軽く振って別れた。


 そして店を出てからアパートにたどり着くまで、オレは悩みまくった。


 もちろんすぐにでもソフィアの元へ駆けつけたい……しかし、本当にフランツがソフィアに接近してくるのだろうか?


 あんなヤツでも大公の嫡男なのだ。忙しい身でファッションショーなんて見に行くかな……。


 心配し過ぎか……それで仕事を放り出すというのもどうかと思う。


 いや待てよ。ソフィアと再会したあの時のファッションショーで、フランツによく似た風貌の男を見かけたな。


 ヤツは2年前でも事業を色々と手掛けていたみたいだし、アパレル関係とかに手を伸ばしていても不思議じゃない。


 そしてこのタイミングでカミラさんたちに暇を出した……果たしてこれは偶然だろうか?


 やっぱり胸騒ぎがする。決めた。明日ヴィルヘルムさんに交渉する。


 例え反対されてクビになっても……オレは後悔したくないんだ。


 仕事なら選り好みしなければ何かあるはず。でもソフィアのことは取り返しがつかない。


 そうと決まればさっさと寝て明日に備えよう。

いつも読んでいただいてありがとうございます

次の更新は11月15日(土)となる予定です

よろしくお願いします

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