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名ばかり皇帝の跡継ぎに転生したけど没落したのでイチから成り上がることにした  作者: ウエス 端
彼女との再会編

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030.彼女を見送る

「ありがとうございます、ありがとうございます! 本日、無事に千秋楽を迎えられ、最終回の公演にて満員御礼となりお客様方より盛大な拍手と歓声をいただきまして、感謝の言葉もございません。なお、名残惜しくはございますが当劇団は次の公演の地へと旅立ちます。また皆様のお目にかかれる日をお待ちしております。本日は誠にありがとうございました〜!」


 ……良かった!


 まずは……特等席で見られて良かった。


 後ろの席から見るのとはまた違う舞台上の動きや感情表現の機微。そういった要素がよく見えるだけでなく、舞台全体を見渡すのに丁度いい位置なのだ。


 そして最終回の公演……素晴らしかった!


 みんな動きやセリフ回しが初回の頃よりずっと洗練されているのがよくわかる。


 特にソフィアの演技は群を抜いていた。まあ、彼氏のひいき目もあるかもしれんが、舞台と登場人物たちをまさに自分を中心に回しているというか。


 舞台に現れると観客の注目を一身に集める存在感が際立っていた。


 さて、カーテンコールも終わって劇場から出る時間だ。みんな座席から立ち上がって帰り支度を始めている。


 オレは荷物と言うほどのものは無いので慌てなくていいが……もうすぐ最後の見送りサービスが始まる。


 劇団の舞台役者たちが出口に並んで……いよいよ席を立つ。


 いつも通りヒロイン役の女優さんを先頭に笑顔で見送ってくれる。今日は久し振りに送られる側となり、オレはなんだか照れくさい。


 そして今日は今までよりも順調に観客が退出していく。やっぱり一番の元凶がいなくなったから、便乗して騒ぐ奴もいないのだろう。


 しばらくしてたどり着いた出口の手前では、ソフィアが見送ってくれる。いつも通りの微笑みで、右手を軽く振りながら。


「ありがとうございました。また、私の演技を見にきてくださいね?」


「ああ、もちろん」


 あまり役者たちに声をかけてはいけないのだが、さらっと一言だけ返して手を振りながら通り過ぎていく。


 そしてとうとう出口から外へ……振り返ってソフィアの顔を見えるところまで眺めながら、最後は後ろの観客に押されるように劇場を退出した。


 また、あの空虚な感情が……いや、道の真ん中で、そんなのに浸っていられないのでトボトボと家路につく。


 そして虚しく家にたどり着いたあと……オレはハタと気づいた。


「明日何時に何処へソフィアを見送りに行けばいいのか……聞くのを忘れた〜!」


 でもまあ、馬車が集まる場所はわかるし……だが運賃は結構お高いから徒歩で街道沿いにいくつかの宿場町を経由して移動するのかもしれん。


 何よりも出発時間がわからん。彼女が出た後にすれ違うのが一番辛い。


 仕方がない。明日の早朝に家を出て街道が市内を出るあたりでひたすら待つか。


 それとも今から彼女の宿舎に尋ねに行こうか。でも彼女の事務所のマネージャーに出くわして邪険に扱われたりしないだろうか?


 いや、ウジウジ悩んでいるより出たとこ勝負!


 割と長い時間悩んでようやく決断したオレは玄関へと向かう。いつの間にか夕暮れ近くになってる、行くなら早いところ出かけないと。


 そうしてドアを内に開いて勢いよく飛び出そうとした瞬間……人影が目の前に!


「うわっ!!」

「きゃあ!!」


 あぶねーなあ、誰だよ……って、そこにいたのは。


「ソフィア! どうしてここに!」


「……もちろん、貴方と夕食を共にするためにですよ?」


「だけど、劇団の人たちと打ち上げパーティがあったんじゃないのか?」


「はい、私もそちらに参加するつもりだったのですが。ソワソワして落ち着かないのを座長さんに見つかってしまいまして。『行っても大丈夫だよ』と皆さんに背中を押されたのです」


「ソワソワって……オレに会いたかったからってこと?」


「……もう! みなまで言わせないでください!」


 ソフィアは顔に赤みがさして少しうつむき加減に……でも恥ずかしいというよりは照れくさいって感じに見える。


 こういうソフィアもかわいいなあ……などと思っていると、彼女がムッとした表情に変わって詰め寄ってきた。


「あの。そろそろ中に入れてほしいのですが。夕食の材料を買ってきたので腕が疲れてきました」


「すまない、気がつかなくて。荷物持つよ」


「はい。お願いしますね、ふふっ」


 でもこの通り、なんだかんだ言いつつも最後はお互いに笑顔になれるのがオレたちのいいところなのだ。


 それからすぐに2人で台所へ入り、ソフィアがメインシェフ、オレがサポートメンバーとして調理を開始したのである。



「あ〜、久し振りにお腹いっぱい! 美味しかった〜!」


 ソフィアの手作り料理を久々に堪能させてもらった。


 オレが住んでる安アパートにはオーブンやかまどなんて大掛かりなものは無く、小さな炉が一つしかない。


 だけどソフィアはその状況でも手際よく切り盛りしながら短時間かつ限られた材料でそこらの食堂顔負けの夕食メニューを用意してくれたのだ。


 定番の前菜である野菜サラダ、身体が温まるオニオンスープ、主食はパンとチーズとソーセージに帝国北部の海でよく獲れるニシンのムニエル。


 味も量も満足過ぎてもう動けない。


 ソフィアはオレの小学生みたいな拙い感想にクスクスと笑いながらも、ちょっと心配顔で話を返してきた。


「どういたしまして……ですがその言葉通りに受け取れば、このところキチンと食事を取っていなかったのではありませんか?」


「そ、そんなことないよ。ちゃんと食べてるから心配しないで」


「それならいいのですが。私がいない間、タツロウが食事の用意を適当にサボってしまわないかと気になります」


「ははは……できる限り善処します」


「うーん。その返答はやっぱり不安です」


「まあぶっちゃけ言うと朝と夜は簡単に済ますことも多いけどさ。昼は出勤中でみんなと一緒に食べることも多いから、しっかり食べてるよ」


「わかりました。でも朝もできるだけしっかり食べてくださいね」


「ああ、気をつける。ところで一緒に晩酌でもどう?」


「望むところです」


 晩酌という言葉に、ソフィアの目が一瞬輝きを放つのをオレは見逃さなかった。彼女は普段の言動からは想像しにくいが、お酒がとても強く、ありていに言えばなかなかの呑兵衛なのだ。


「じゃあワインとおつまみを……しまった! どっちも切らしてるんだった」


「ふふっ。こんなこともあろうかと……!」


 ソフィアは持ち歩いてきたキャリーケースのような荷物入れを開けると、小瓶を2つ取り出した。


 一つは中身が琥珀色っぽく、もう一つは綺麗な透明色である。これはまさか。


「市場で食材を買うついでに目に入りまして。つい衝動買いしてしまいました……ウイスキーと天然地下水をセットで」


「やっぱり。で、今この場で一緒に飲もうと」


「はい、もちろんです。あとおつまみはこれです」


「クッキーか……どうなんだろう、ウイスキーに合うかな?」


「はい。これが意外にも」


 ということは試した事があるんだな。まあソフィアのオススメならば間違いあるまい。


 それからグラスを2つ用意して、まずはウイスキーを注ぎ……同量の天然水を続けて注ぐ。


 マドラーで適度にかき混ぜれば常温の水割りの完成である。


「それじゃソフィアの公演が無事終了したことを祝して……でいいかな?」


「はい。乾杯です!」


「乾杯!」


 正直、氷のない水割りはどうかと思ったが、ウイスキーの香りがあまり薄まらずに風味を楽しめるんだな、これが!


 そして香ばしくて甘いクッキーがウイスキーの風味とホントによく合う。


 オレたちはまさにオトナの味を楽しみつつお喋りも盛り上がる。


「……どうでした? 私の演技は」


「とても良かった。初回から千秋楽にかけて洗練されていく様子が見れたから特にそう思う」


「ありがとうございます。強いてあげればどの場面が良かったですか?」


「ソフィアが男装姿でヒロイン役を誘うところ。なんか、声をかけるのが自然で爽やかなんだけど、女子を引きつける妖しい魅力があって。一緒にナンパやっても敵わないだろうなって」


「ちょっと複雑な気持ちですが……男装姿が男性から見ても魅力的に見えていたと。そう受け取ります」


「うん、それでいいよ」


「そういえばアルヌルフさん……今日はいらっしゃらないと支配人さんから聞いていたのですが。貴方が特等席に座っていたことと関係あるのですか?」


「……ある。だけどこの件は今は話せない。オレだけのことじゃないからさ。問題ない時期になったら説明するよ」


「……そうですか。今のである程度は推測できますから大丈夫です。それよりも……最終回の公演で幕が上がった時、貴方の姿が目に飛び込んできて。あれほど心強く思ったことはありません」


「それなら良かった。そういえば今さらだけど、マネージャーさんはここに来ていることを知ってるのか?」


「はい。ちゃんと伝えて了承をいただいてから来てますよ」


「そろそろ送るよ」


「ご無用です。ここに泊まるとも伝えてありますから」


「えっ、でも」


「……私たちは2度も一緒に夜を過ごしたのですよ? 戸惑うことではないと思います」


 ソフィアはオレが座っている方のソファへと移動してきて、隙間へと強引に座ろうとする。オレは少し避けたのだが、彼女は更に距離を詰めてきた。


 彼女の微笑みと体温はオレの心を掻き乱す。でも再会初日に比べれば十分に制御できるものだ。


「この2週間、ホントいろいろあったな。大変なこともあったけどソフィアと一緒にいられて嬉しかった」


「私もです。ヒルデさんのことはちょっとアレでしたけど」


「それは本当に反省してるって」


「わかりました、この件はこれで最後にしますね。ふふっ」


「このあとマグダレナのところへ行って、そのまま南下していくって言ってたよな」


「はい」


「マルコとサンドラの地元……帝国南西部、西の王国に近い場所にも行くのか?」


「そこまで行く予定はありませんが、近くまでは行きます。サンドラとは今でも手紙をやりとりしていますし、会う機会があるかもしれません」


「会ったらオレのこと伝えておいて」


「わかりました。こちらに戻ってきたら2人の近況を伝えます」


「ありがとう。ところでだな……あれ、何を言おうとしてたんだっけ?」


「なんだかまぶたが閉じかけていますよ」


「すまない、急に強烈な眠気が」


 帝国南部について何か大事な、気になることがあってソフィアに話そうと思ったのに思い出せない。そうこうしているうちに意識が……。


 最後に、身体が横向きにされて首から上が柔らかくてとても気持ちのいい感触に包まれながら眠ってしまった。



 翌朝目覚めると、ソフィアが朝食を作ってくれていた。


 残り物を上手く生かしたサラダとフルーツ。美味しくて健康的な朝食はありがたい。


 それから一息ついて、遂に出発の時が来た。


 オレとソフィアはマネージャーさんとの待ち合わせ場所に並んで歩いていく。


 時々他愛ない話はするが基本はお互い無言で淡々と。別れの時が迫ってきて、なんかもう胸がいっぱいなのだ。


 そして待ち合わせ場所で初めて会ったマネージャーさんは、アラサーくらいの女性で優しそうな人。安心して自己紹介と挨拶を交わした。


 最後にオレとソフィアはどちらからともなく至近距離で向き合う。


「私が不在でも健康的な食事と生活を心がけてくださいね? 心配です」


「大丈夫、気をつける。ソフィアこそモデルと舞台、頑張って欲しいけど無理はするなよ」


「舞台は次の場所だけで、こちらに戻るまではモデル業に専念となります。ですから問題ありません」


「わかった」


 会話が途切れ、オレたちは見つめ合いながら接近し……ソフィアがオレの胸板に両手をつき、背伸びをして顔をこちらに向けたのを合図に、オレは彼女の身体を軽く抱き寄せる。


 そうして顔を近づけ合ったオレたちは……さっと唇を重ね合わせると、もう一度見つめ合って再会を誓う。


「……それでは、行ってきます」


「いってらっしゃい」


 その後は馬車に乗って市内を去っていくソフィアを見送った。馬車が見えなくなるまで。


 さあて、それじゃあヴィルヘルムの居城に出勤して、仕事に励むとするか。

「彼女との再会編」、最後まで読んでいただきありがとうございました。

ブクマ・評価も入れていただいて連載の励みとしております。

なお、次章は構想中のため、誠に勝手ながらしばらく休載とさせていただきます。

再会の際は活動報告にてお知らせいたしますので、これからもタツロウとソフィアの物語をよろしくお願いします。

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