029.急転直下の展開
「ふう。暑い〜、疲れた〜!」
今日は午前中に外回り仕事をこなしてきたのだが、夏の終わりも近づいているのに陽光は強いエネルギーでオレの身体を容赦なく熱し、体力をかなり消耗したのだ。
さて、一休みしてから昼メシ食って、それから午後の仕事に励もう。
そして適当な頃合いで劇場へ向かい、警備員としてソフィアをいつも通りに守る。
……といっても今日で公演は千秋楽。ソフィアは明日になると次のファッションウィーク開催地へと移動してしまうのだ。正直言えば寂しいし、辛い。
そんなことを考えながらヴィルヘルムの執務室前を通りかかると、中からオレを呼ぶ声がする。
「タツロウ。ちょっとこっちへ来い」
「コンラートさん、久しぶりじゃないっすか! 例の件はもうカタがついたんですか?」
オレは大して何も考えずにコンラートの手招きに応じて室内に入ったのだが。
「失礼します……って、お、お前がなんでここにっ!?」
「お、お前はあの時の……! まさかお前も家臣の一人とかいうんじゃないだろうな!?」
「アルヌルフ様。詳しくは後ほどご説明しますのでどうぞこちらへ。先に城内をご案内いたします」
「……ふんっ」
な、何がどうなってるんだいったい!? もしかしてアルヌルフの野郎が直接ここに乗り込んできたのか?
コンラートに連れられてヤツが執務室を立ち去るのを見送ったあと、今度はヴィルヘルムからおもむろに話しかけられた。
「タツロウ。驚かせてしまったが、あれが今回の俺……いやブランケンブルク辺境伯家にとっての成果だ」
「はあ? なんですかそりゃ」
「ゴホン。では説明をしてやろう……まず最初に結論から。彼……アルヌルフは昨日付けでザンダーリング伯爵家から廃嫡となった」
「ええええええっ!! い、いきなりですかっ!?」
「経緯は後で話す。そしてもう一つの結論……伯爵家は新たに養子を迎えて跡継ぎとする。以上だ」
「ちょっ!! 急転直下過ぎてアタマの理解が追いつかないんすけど!!」
「では順を追って説明する。アルヌルフは幼少時からマイペースというか……帝王学、剣技、馬術等の伯爵家当主として必要な教養がなかなか身につかなかったそうだ」
「要するに物覚えが悪かったと」
「さすがに身も蓋もない言い方だぞ。まあそれは置いとくとして……伯爵ご夫妻は一人息子の将来を案じて帝国じゅうから優秀な人材を引き入れたらしい。家臣に親衛騎士団、息子付き小姓に至るまで、アルヌルフの力量不足を補って余りある程の人材を。だがそれが裏目に出た」
「ええっ!? なんでですか!?」
「周りの優秀さがかえって彼の劣等感を刺激してしまったのだ。それで20歳を迎えた頃にとうとう嫡男の務めを放棄して引きこもった」
「アルヌルフはそんなことを気にしてたんですね〜。オレなら内政も軍事も家臣たちに任せて好き勝手に遊んでるけどな〜!」
「お前なあ……。まあ話を戻すが、そんなことを10年以上続けて、ストレスが溜まるのかいわゆる『推し活』に過度にのめり込んでしまい……夫妻は廃嫡を考え始めるに至った」
「じゃあヴィルヘルムさんは廃嫡に関係ないと思うんですけど」
「まだ話は終わっていない。夫妻はそれでも息子を溺愛していたし、代わりに養子を迎えると言ってもあてが無かった」
「親戚がいないんですか?」
「いるが、あまり仲が良くないそうだ。そのような相手から養子を迎え入れたら、どうなると思う?」
「……いずれ親戚に乗っ取られてご夫妻とアルヌルフの身の安全がヤバいです」
「そこでだ。俺はご夫妻に『我が親戚筋に伯爵家の血筋も引く男子が1人いる。その者を養子に迎え入れてはどうか』と提案したというわけだ」
「で、それが2つ目の結論ってわけですか」
「ああ。ご夫妻は遂にご決断され、昨日の夜にすべてのことが決まった。我ながら関係者全員を幸福に導く上手いまとめ上げ方だと思っている、フフフッ」
ヴィルヘルムが珍しく浮かれてる。
そりゃそうだろうな、関係者と言うか結局は自分が一番幸福となる結論なのだから。
ブランケンブルク辺境伯家の一員を養子に送り込むってことは、伯爵家……つまり領内でも最有力と言っていい貴族の領地を手中に収めたに等しい。
で、それをご夫妻に飲ませるためにヴィルヘルムは彼らの身の安全を恒久的に保証する誓約書でも書いたんだろう。
これで辺境伯家の領主としての地位は益々安泰、盤石となったのだからそれくらい安いもんだ。
そしてこの伯爵家相続プランは以前から準備していたに違いない。発動タイミングがたまたま今回の件だったと言うだけで、伯爵家のことはずっと気にしていたのだろう。
こんなふうに言うとヴィルヘルムが悪徳領主みたいに思えるかもしれんが、彼の目的は無用な内紛を避けて領地と領民たちの利益と安全を図ること。そうして辺境伯家の支配は支持され続ける。
というわけで、ここでオレがヴィルヘルムにかける言葉はこれだ。
「おめでとうございます」
「うむ。それでアルヌルフの処遇だが、我が家臣団に副団長待遇で迎え入れることになった」
「えええええええええええええっ!!! なんであんなヤツを!? それにオレよりあとから入ったのに役職は上ってどういうことですか!?」
「ご夫妻から彼が一人でも生きていけるようにしてほしいと頼まれたのだ。それと元とはいえ伯爵家嫡男、それなりの遇し方というものがある」
「うーん」
「あと彼の教育係はお前とロベルトに任せる。よろしく頼んだぞ」
「ちょっと!! なに勝手に決めてんですか!!!」
「お前とロベルトにはそろそろ下っ端気分から脱皮をしてもらいたい。それには後輩を指導する経験が重要だ。故に決定を覆すつもりはない」
ひええええ! 後輩ったって10歳以上年上で肩書は上……やりにくいったらありゃしねえ。
「まあそう膨れるなタツロウ。その代わりと言ってはなんだが、お前にはいいプレゼントがある、これだ」
「そ、それはもしかして」
「ソフィアくんが出演している劇場の、今日の午後の回の特等席チケットだ」
「ど、どうして」
「アルヌルフはもう劇場に行かないと言ってこのチケットを放棄した。それをコンラートから支配人に伝えたら、お前にぜひもらってほしいということだ」
「でもオレ、今日は休みじゃないし」
「今日の午後と明日の午前を休暇とする。ソフィア君をちゃんと見送ってやれ」
「あ、ありがとうございます! じゃあ早速行ってきます!」
「まだ午後にはなっていないぞ……まあいいか」
何というご褒美! やっぱり人間真面目にやってりゃ、ちゃんと見てくれているんだ。
ありがとう、神様〜!!




