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名ばかり皇帝の跡継ぎに転生したけど没落したのでイチから成り上がることにした  作者: ウエス 端
彼女との再会編

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025.厄介だが嬉しい任務を任される

「おはようございます、ヴィルヘルムさん。夏期休暇を終えて今日から職務に励みますので、よろしくお願いします!」


「うむ。休暇は楽しめたのか? 特にソフィア君とは」


「はい、それはもういろいろと」


 まあ、ヒルデとちょっとしたイザコザがあったりとか楽しいことばかりではなかったが、いちいち全てを報告する必要もあるまい。


 それよりも昨日のことについて相談しないと。


「そ、それでですね、ヴィルヘルムさん」


「ああ、悪いが先にこちらの話をさせてくれ。というか、お前にも関係する話だ」


 なんか嫌な予感がする展開だな……しかし聞かないという選択肢は無いので覚悟を決めて心の準備をし、改めて問い直す。


「わかりました。それで、どういうご要件ですか?」


「まずは質問からだ。タツロウ……お前、昨日はどこで何をやっていた?」


 ギクウッ!!


 こ、これは……昨日、劇場でトラブルを起こしたことを問い詰められようとしているのでは!?


 誤魔化すべきか……いや、こういう場合は大抵、裏目に出ると相場が決まっている。


 素直に話して咎められたら謝れば済むことだ。命まで取られるわけでなし。


「は、はい。昨日は朝からソフィアが出演している劇場へ行って、午後の公演まで見て、それから帰ろうとした時にですね」


「お前は相変わらず話の要点を纏めるのが下手だな。劇場内で他の客と揉め事を起こしたのだろう?」


「うっ……どうしてそれを」


「だがそれはソフィア君を守るため……そうだな?」


「は、はい。そうです」


「うむ。実はだな……」


「ヴィルヘルム様、お待たせして申し訳ありません」


 ヴィルヘルムの執務室に入ってきたのは、オールバックで眼鏡の奥の眼光が鋭い先輩家臣のコンラートだ。ちなみにオレが新人だった時の教育係でもある。


「丁度いいタイミングで来てくれた。悪いがあとは説明してやってくれ」


「はい、お任せを。タツロウ、お前が揉めた相手というのがなかなか厄介な相手でな……それで昨日の夕方に劇場の支配人から急遽相談を受けたのだ」


「えっ、何でコンラートさんに」


「その支配人とは個人的に懇意にしてるんだよ、昔から。まずはその揉めた男……アルヌルフはザンダーリング伯爵家の嫡男だ。今のところ一応は」


「なんすか、その含みのある言い方は。あと伯爵家ってことは」


「察しの通り、我らがブランケンブルク辺境伯領内において指折りの名門で有力な貴族だ。だが一人息子で嫡男のアルヌルフは……なんというか、嫡男として家督を継ぐ準備を始めねばならない年頃になっても屋敷に引きこもって、そのまま10年以上経過しているという有様なのだ」


 なんと、この世界にも引きこもりニートみたいな奴がいるとは。まあ他人の生き方にあれこれ言えるほどオレの前世は立派じゃないけど。


 それはともかく有力伯爵家の嫡男ならば厄介この上ない。格上の辺境伯であり領主であるヴィルヘルムにとっても気を使う相手だ。


 何故なら、そんな家が裏切ったり反乱を起こしたら鎮圧するだけでもとんでもない労力が必要となる。だからこそ相手のメンツを潰すような真似は極力避けねばならない。


 で、そんな相手がオレに関係する話で出てくるということは……。


「つまりアルヌルフが伯爵家を通じてオレを探してるってことですか、コンラートさん?」


「いや違う。お前を探しているのはむしろ劇場側だ」


「えっ、何で……あっ、伯爵家の常連客の機嫌を損ねたから損害賠償でも請求しようってんじゃ? でもオレ貯金ゼロですから!」


「早とちりするな。劇場側はゲスト出演者であるソフィア嬢を守ってくれたことに感謝して、お礼がしたいと言っている」


「うむ、そういうことだタツロウ。何故その場で名乗らなかったのだ?」


「だって、オレはソフィアの彼氏だし……その上家臣だってバレると公私混同とか言われて面倒な事態になりかねないかなって」


「なるほど、理由は分かった。お前の判断は間違ってはいない」


 ヴィルヘルムの一言でほっと胸をなで下ろしたぜ〜。やっぱり迂闊に言わなくて良かった。


 だがコンラートがコホンと咳払いをしてまだ話の続きがあるっぽい。


「ところでタツロウ、お前に仕事を依頼したい。内容は劇場内で観客を見送る際に警備員としてソフィア嬢を守ること、だ」


「えっ……」


「まさかやりたくないのか?」


「いえいえ、予想してなかった話で驚いただけで、むしろ喜んでやらせてもらいます。ソフィアのことが心配でしたから。で、アルヌルフはまた劇場に来るってことですよね」


「ああ、おそらく公演中は毎日。これまでも気に入った女優に粘着されて支配人も困っていたらしい。そして今回は人気上昇中のモデルさんということで何かあってはと気が気じゃないって言ってたよ」


「引きこもりなのに推し活は熱心なのか……それならいっそ見送りサービスなんてやめればいいのに」


「あれはあの劇場の売りの一つなんだよ。だからやめると売り上げに影響がある。劇団側との契約書にも毎回その実施を義務付けているくらいだ」


「売り上げが絡むとなるとしょうがないのか……。それで、アルヌルフがソフィアに近づいたらぶっ飛ばせば良いんですね?」


「また早とちりしているぞ。あくまで穏便に帰ってもらうための警備だ。ただ、お前も見た通りの体格だから屈強な警備員を紹介してくれって支配人から頼まれたのさ」


「む、難しい要求をサラッと言ってくれますね〜」


 穏便にって、そんな都合よくできるかなあ。さすがに考え込んだが、ヴィルヘルムはやる気を引き出すように上手いことオレを持ち上げてくる。


「お前なら必ずやり遂げてくれると信じている。なにせソフィア君の安全がかかっているのだ。それにこういった対応を経験することでお前自身の成長にもつながる」


「あ……ありがとうございます。でもアルヌルフが親に言いつけて文句言って来る心配もあるんじゃないですか? 昨日もそれっぽい捨て台詞を言われました」


「そこで先手を打って伯爵ご夫妻との交渉に行ってくる……というかいろいろと丁度いい機会なのでな」


「いろいろってなんすか?」


「ゴホン、な、何でもない。ご夫妻も表向きはメンツがあるから決して非を認めないだろうが、アルヌルフのことではかなり困っているという噂もある。だから交渉のやり方もいろいろある、そういう意味だ」


 うーん。なんか奥歯に物が挟まる言い方だが、もちろん領地経営というのは表沙汰にしにくいこともあったりするわけで。いろいろってことで終わらせておこう。


「了解です」


「うむ。コンラート、早速準備に取り掛かるぞ」


「かしこまりました」


「あれ、コンラートさんも行くんだ?」


「補佐役がいないとさすがに大変だからな。元々はこちらで警備員をやるつもりだったがタツロウのおかげでバッチリ臨める、助かったよ」


「フフフ、今日からオレが復帰して良かったでしょ?」


「調子に乗るな。おっとそうだ、このコンラートの名前で紹介状を書いておくから、タツロウは午後の回が終わる少し前に劇場に行ってそれを支配人に渡すんだ。他の業務は中断して、必要があれば他のメンバーに引き継ぎしてくれ」


「りょーかいっす」


 まさかこんな展開になるとはなぁ。厄介な任務だけどやりがいはある……何も出来ずに心配しているよりも自分自身でソフィアを守れるのだ。


 それに、しばらくは仕事中に堂々とソフィアに会えるというわけだ。公私混同もいいとこだがここは素直に喜んでおくぜ、ひゃっほう!

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