024.我慢できずに介入する
パチパチパチパチッ!
公演2日目の午後の舞台が幕を閉じようとしている。その素晴らしい出来に観客席からは惜しみない拍手と歓声が鳴りやまない。
昨日も良かったとは思うが、やはり出演者たちも舞台の回数を重ねるごとに台詞回しや立ち回りがブラッシュアップされているのがわかる。
オレはここまで同じ内容を4回見たわけだが、そういった微妙な変化が楽しめて飽きずに見続けられた。
そして特にソフィアは凄かった。まあぶっちゃけ彼女の姿を見れたこと自体が嬉しかったのだが、演技も本当に良かった。
初演では借りてきた猫のように遠慮がちなところもあったけど、慣れるに従って学校の演劇部時代のような思い切りの良さと繊細な感情表現が見えてきたのだ。
文字通り主役として舞台を支配し、観客たち……もちろんオレも彼女の一挙手一投足に目が釘付けになったと言っても過言じゃない。
さあ、あとは午後の回終了後だけのサービス……出演者たちが出口手前に並んでの観客見送りを残すのみ。
これで本当にソフィアとはしばらくのお別れだ。半年後にまたこのブランケンブルク市内へと戻ってきてくれるまで、手紙だけでのやりとりとなる。
「ありがとうございましたー! あっ、昨日も見てくださったお兄さんですね。ぜひまた劇場にお越しください!」
昨日と同じく見送りの先頭はヒロイン・リーゼロッテ役の女性で、キュートな笑顔で挨拶してくれた。
それにしてもちゃんと観客の顔を覚えてるんだなー。ああいうふうに笑顔で声をかけられると、また見に来ようかなって思うのも無理はない。
まあそれはともかくとして、今日もやっぱり一番出口側に立つソフィアのところで渋滞が発生してる。ならばオレだけでも素っ気なく通り過ぎるしかあるまい。彼女の負担を少しでも軽くしたいのだ。
そうして牛より遅い歩みをしばらく我慢して、ようやく出口がもう少しというところまで進んだその時だった。
「お、お客様。それ以上の役者への接近は困ります!」
年配の男性、たぶん劇団の座長の声だ。まさかと思って前を覗き込むと、心配した通りのことが起きていた。
「あのさあ〜、おれ、もう4回続けてこの舞台を見たんだよね〜。だ、だから少しくらいサービスしてもバチは当たらない……っていうか当然だと思うんだよね〜!」
「あの、申し訳ありませんが……そういうことは致しかねます。当劇場の規定でも禁じられていまして。また劇場にお越しいただきましたら、私の演技を楽しんでいただけるように精一杯頑張りますから」
ソフィアは笑顔で丁重に断るのだが問題を起こしている男は引き下がりそうにない。
「昨日もそんなこと言って誤魔化しやがって。少しくらいいいだろ、減るもんじゃなし!」
「お客様、そういう問題ではないのです」
「ジジイには聞いてねえんだよ! そこをどけ!」
「うわあーーっ!」
30代くらいに見える男はかなりデ……もとい恰幅が良くて年配の座長では抑えきれず、遂にふっ飛ばされてしまった。ヤバい、このままじゃ……!
「これで邪魔者はいなくなった……へっへっへ、ソフィアちゃ〜ん!!」
「きゃああああっ!!」
ドカァッ!! と肉体同士がぶつかり合う音が響く。一方はデ……恰幅の良い男、そしてもう一方はオレの背中だ。
劇場のことには介入しないつもりだったが、自分の彼女の危機にこれ以上黙っていられなかったんだ。
「……おい、何だよお前。邪魔すんなよ?」
「オレは後ろに並んでいた観客だ。早く帰りたいのに前でゴチャゴチャやってて我慢できなくてな」
ふう、とりあえず上手く間に入れた。ふとソフィアを見ると、さっきまでは笑顔を崩さなかったのに今は少し泣きそうな顔をして、オレに話しかけようとしている。
「タ、タツ……」
「シッ」
唇に人差し指を当ててそれ以上言わないようにとソフィアを牽制した。ここで彼氏とバレると余計にややこしくなるので申し訳ないのだが。
「どけよオラァ! おれは4回連続で見た上客だぞぉ!?」
「オレだって4回見たけどこんなことしねえよ」
「お前はどこの席だぁ? おれは一番高い特等席だぞ、4回とも!」
「まあ、オレは安い席だけど。どっちにしてもチケット代にお前が求めるサービスは入ってねえから!」
「うるせえ! いいからどけぇ! この雑魚客が! おれは劇場の常連だぞ!」
「誰がどくかよ。お前こそさっさと帰れ!」
くそっ、攻撃こそしてこないが体重差があって背中で抑え続けるのが結構キツい。
しかしここはぜってー通さねえんだよオレは!
そしてオレたちが揉めてるのを見て他の観客たちや出演者たちが後ろに下がっていく。それでいい、近くにいられると巻き込みそうでやりづらい。
それじゃあボチボチと本気出して……と思い始めたが、駆け寄ってくる数人の足音が聞こえてきて状況が変わった。
「アルヌルフ様! 当劇場の支配人がお会いしたいと待っておりますゆえ、どうぞこちらへ」
「……何か用意くらいはしてくれてるんだよねぇ!?」
「ええもちろんですとも。さあ、こちらです、どうぞ」
コイツ、アルヌルフっていうのか。それはいいけどやたら丁重に扱われてるな。特等席の常連とか言ってたけど、それだけでここまでやるかフツー?
なにはともあれ、ようやく背中から重圧が取れた……とホッとした瞬間にアルヌルフが捨て台詞を残していった。
「お前、今度おれの邪魔をしたら……タダでは済まさないからな、覚悟しとけ!」
この野郎! しかしここは我慢だ。せっかく収まりかけてる騒動を蒸し返したら結局はソフィアにしわ寄せがいく。
しばしの睨み合いはアルヌルフが舞台すぐ横の関係者通路に入っていくまで続いた。ソフィアにちょっと声かけようかな……しかしタイミングが悪いときはとにかく邪魔が入る。
「あ、ありがとうございました。おかげさまでソフィア嬢に何事もなく、なんとお礼を申したらよいやら」
さっきふっ飛ばされた座長から話しかけられてしまった。オレが彼氏でヴィルヘルムの家臣だってバレてややこしくなる前に退散しないと。
「いえ、ファンとして当然のことをしたまでです。それではこれで」
オレは簡単に話を済ませると、まだ放心状態のソフィアに軽く手を振ってから劇場をそそくさと出ていった。
寂しそうな表情をしていたが気丈に手を振り返したソフィアのことが気にならないと言えば嘘になる。今日はもう大丈夫だろうけど明日以降はどうなるのか。
せめてアルヌルフとかいうあの男が出禁になればいいのだが。心配だあ。
今日の夜もオレはなかなか寝付けなかった。ソフィアを守る方法は無いものか。午後の公演が終わる頃に仕事をちょっと抜け出して……いや無断はマズいよな。
考えているうちに眠りについたオレは、危うく寝坊しそうになりながらもなんとか出勤時間に間に合わせて家を出て、ヴィルヘルムの居城へと向かう。
オレは心に決めていた。ソフィアのことを正面からヴィルヘルムに相談しようって。このままじゃ心配で仕事が手につかない。
そうして悩み事を抱えたまま久しぶりに居城に到着したオレだが、待っていたのは意外な展開だった。




