表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
名ばかり皇帝の跡継ぎに転生したけど没落したのでイチから成り上がることにした  作者: ウエス 端
彼女との再会編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/40

022.彼女の舞台公演を観劇する

「本日はお忙しい中、当劇団の初日公演にお越しいただきありがとうございます。今回ご覧いただく物語は——とある公爵家にて兄と弟、そしてそれぞれの娘たちが織りなす人間模様と家の行く末でございます。なお、主役には帝国内で人気急上昇中のモデル、ソフィア嬢を迎えております。さていよいよ開幕の時間となりましたので、それでは皆様、ごゆっくりおくつろぎしながらお楽しみください」


 劇団の人による少し長めの口上が終わると、その背後の舞台を隠していた緞帳がスルスルと上がっていく。


 既に舞台上にスタンバイしている登場人物の足元が見えてきた。衣装はロングドレス……女子としては背が高くウエスト部分が見えてくるまで少し時間がかかる。


 そしてようやく見えてきたのは見覚えのある、というか見間違えるはずのない顔……ソフィアの顔だ。


 普段は化粧っ気のない彼女だが、アイシャドウに頬紅、口紅と薄っすらではあるがいろいろと塗っていて、正直言えば違和感はある。だけど舞台映えする表情というものがあるし、それで彼女が放つ雰囲気が変わるわけでもない。


 オレはこの初日開幕公演をやや後方の席で見ている。それなりに座席は空いていてチケットは当日でも問題なく取れたが、前列……特に幾分か傾斜があって舞台全体を見渡せる特等席は完全に埋まっていた。


 まあそんな席は高くて手が出ないんだが、平日午前中だというのに思ったよりも観客が多くて驚いた。


 この劇団が普段からこれくらいの集客力があるのか、それともソフィアの人気のおかげか。開幕までに彼女のことを話す客もチラホラいたのだが、それだけで座席を埋め尽くす程の人数がいるとは思えない。


 まあ、どうでもいいか、そんなこと。話がだいぶそれてしまったし。


 さて、姿勢を正して観劇に集中だ。


 冒頭は、ソフィア演じる主人公アルゲランダ公爵家の長女ルイーゼが、これまでの何不自由のない日々から父親の弟によって一家が追放され落ちぶれる様子がダイジェスト的に演じられた。


「伯父上……父上に濡れ衣を着せて追放したことは決して許しません。この屈辱を晴らして公爵家の家督を取り戻すため……わたくしは今日から男として生きていきます」


 伯父への復讐の決意とともに舞台は暗転し、次にソフィアが舞台に現れた時にはシュッとした中性的な出で立ちの男装姿だった。


 うーむ。以前見た彼女の男装役は、あくまで『男装の麗人』だったから声は低めでも女性的な部分を残していたけど。


 今回は男としては高めの少年声で、だけど男になりきってる感じかな。彼女はどんな役でもこなせる実力はあると思うし、こういうのも新鮮でやっぱり似合う。


 そして身分と名前を偽り公爵家の領内で活動を始め、いよいよ伯父に接近するチャンス……公爵家主催の舞踏会に出席を果たした。


 ということは昨日の練習の成果が見れるってことだな。ほぼぶっつけ本番になっちゃったからそこはちょっと心配だ。


 舞台ではソフィアが伯父の娘、つまり従姉妹にダンスを申し込むところから再開する。


「リーゼロッテ……僕と一曲、お願いできますか?」


「ルイス様! もちろんですけれど……わたしなんかでよろしいのですか?」


「……僕が今日ここに参ったのは、公爵家の薔薇……貴女と踊るためです」


「薔薇だなんてそんな。あの、もちろん喜んでお受けします!」


 伯父と違ってその娘は何も知らない天真爛漫な感じだな。それにしてもソフィアの迫り方はそこらのナンパ男顔負けといっても過言じゃない。


 で、いよいよダンスパートに突入。踊り始めが肝心だけど……最初の第一歩は2人でスッと同じ方向に踏み出した。


 当たり前っちゃ当たり前だが、ずっと一緒に組んでるならまだしも、即席に近いペアで息を合わせられるのはリード役、つまりソフィアが上手く動き出しをコントロールできてるから。


 その後も相手女性の動きを予測しつつ自然と次の動きを手の動きや重心移動で伝えて動かしている。


 とても昨日までリード役に悩んでいたようには見えない。元々ダンスの腕前は一流の彼女だからコツを掴めばすぐに対応できるのだろう。


 そしてワルツはそろそろ佳境に差し掛かり、流れるようなスイングとスピンで舞台いっぱいに躍動するソフィアたち。


 観客たちも息を飲んで見守る中、そのままフィニッシュが綺麗に決まった! 


 ワァァーッ! と、まだ幕は降りていないにも関わらず客席から歓声と拍手が沸き起こった。


 オレも思わず手を叩きそうに……いやいや、演劇部の端くれにいた者としてはそういうのは最後まで取っておかないと。


 ソフィアの相手役はこの状況に少し戸惑ってるみたいで目が泳いでる……しかしソフィアはすぐさま演技に集中し、相手役を自然に見えるように自分の胸元へ引き寄せた。


「どうしました、リーゼロッテ?」


「あ、あの。こ、このままでしばらくいさせて……?」


 これで従姉妹とは気づかずに思いを寄せられたソフィア演じるルイスは、伯父に接近するチャンスを逃してしまう。


 そうしてリーゼロッテと接するうちに、いつしかルイスは復讐ではなく父親と伯父の互いの誤解を解くことで事態を解決することに尽力し、いよいよクライマックスへと進んでいく。


 ルイスはリーゼロッテと伯父に正体を明かし、関係修復へと最後の一押しに挑む。


「すまないリーゼロッテ。僕は——いえ、わたくしはルイーゼ。貴女の従姉妹なのです」


「そんな! ルイス様が本当は女性で……しかも、ここ数年会わなかったとはいえ、あのルイーゼ姉さまだったなんて」 


「どういうつもりで、わしらに近づいたのだ。まさか兄上に指示されて復讐を……!?」


「最初はそのつもりでここに来ました。ですがここでリーゼロッテと接しているうちに伯父上と我が父上の間には誤解があると気づいたのです。それは……」


「……そうか。わしら兄弟は、今思えばつまらぬことで意地を張り合い、仲違いをしてしまったのだな」


「今からでも遅くはありません。ぜひ父上と話し合ってみてください」


「……わかった」


 こうして公爵家の兄弟はお互いの誤解を解いて、ルイーゼの一家は追放を解除されて家督は父に戻った。


 最後はルイーゼの元々の恋人が迎えに来たところでワルツを踊りながら幕が降りていき、ハッピーエンドを予感させる爽やかな終劇に歓声と拍手はなかなか鳴り止まなかったのである。


 もちろんオレもずっと拍手の手を止めなかった。ソフィアが出演しているというのもあるが、思っていたよりも舞台に最後まで引き込まれて楽しかったのだ。


 そして最後は出演者全員が並んでカーテンコールの挨拶。その時にソフィアと少し目が合って、ニコッと微笑んでくれた。


 彼氏として見慣れているはずの笑顔だというのに嬉しくって仕方がない。劇場という環境がそういう気持ちにさせるのか……まあ何でもいいや、とにかく嬉しいんだ。



 さて、もう昼か。午後の公演までしばらく時間があるな……昼メシをどこかで食うか。


 というわけで座席から立ち上がろうとした瞬間、ポンと肩を叩かれた。


「誰だ? オレの肩を叩くのは!」


「ウ、ウチだよ、ギーゼラだってば!」


「なんだよ驚かすな」


「それはこっちのセリフ。出口に行こうとしたらアンタの姿を見かけてさ」


「お前も見てたのか。気づかずにすまなかった」


「それはお互い様だろ。で、ウチはもう帰るところなんだけど。明日ここを離れることにしたんだ」


「そうか。次は何処に行くんだ?」


「一旦地元に戻る。っていうかウチが所属してるデザイン事務所もそこにあんだよ」


「わかった……あ、そうだ。この前のお礼しなきゃな」


「別にいいよ、次会ったときで」


「いや、次だと渡せるかわからないから。さあ、これ持っていってくれ」


「これはアンタがヒルデにもらったセイ=カークス製の腕時計じゃん。悪いよそんな高いやつ」


「いやいいんだ。お前がいなかったらオレとソフィアはどうなっていたか。そう考えたらこれでも安いくらいさ。遠慮なくヤニクの誕生日プレゼントにしてくれ」


「……わかった、それじゃ遠慮なく。ついでにアンタが元気にやってるってアイツに伝えておくよ」


「頼むよ。それじゃあな、またいつか」


「うん。まあ、なんだかんだいってもそのうち会うと思うよ。ウチの事務所、ここにいる顧客も結構いるからさ。それじゃあソフィアによろしく」


 学校時代は遊び仲間の彼女というだけの知り合いでしかなかったギーゼラに世話になるなんて、世の中何がどうなるかわかんねえもんだ。


 オレは彼女が去っていくのを見送ってから昼メシを食いに街中へ歩いていくのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ