017.誘惑と抗いとラストチャンス
「ちょっ! ヒルデさん! ま、真っ裸じゃないっすかっ!」
やられた!
ヒルデはただ待ってるだけじゃなく、オレが戻ってきたタイミングで強烈なストレートをお見舞いしてきたのだ。
そしてまんまと動揺させられたオレに畳み掛けてベッドに入らざるを得ない雰囲気を強引に作り上げていく。
「ふふふ。顔真っ赤にしちゃって、かわいい。タツロウくんもそれ外してさ、早く入りなよ」
「そ、そう言われてもコレ外したら見えちゃうし、は、恥ずかしい……」
「今さらそんなこと言うの? さっきも言ったよね? キミが飲み会で裸踊りしたあと、あたしがパンツ履かせてあげたって。もうバッチリ見ちゃってるんだよ?」
「そうですけど」
「だから、これでお相子でしょ。あたしのカラダ、ここまで見ておいて、まさかそのまま帰らないよね?」
オレはヒルデとその知人たちとの飲み会で酔い潰れた後、ヒルデに『お持ち帰り』された。
そして今まさにグイグイ迫られている最中であり、腰に巻いたバスタオルを外すように要求されている。
介抱してもらった手前、彼女を無碍にしたくはないが、オレにはソフィアが……!
お、落ち着けオレ。
このままじゃヒルデの思う壺……両頬をバチーン! と3度叩いて、痛みで無理矢理に動揺を押さえ込む。
「ちょっとタツロウくん! いきなり何やってんの!?」
ここまでは余裕でオレの心を思うように動かしたヒルデだが、その顔に驚きの感情が垣間見えた。
少しだけど彼女のペースを崩せた。
今度はオレの方が積極的に斬り込んでいく。
「……驚かせてすみません。ちょっと気合い入れ直しただけです。それじゃあ外して、そっちに入りますね」
「そう。入ってきた瞬間キミがどうなるのか楽しみだ」
オレも真っ裸になってヒルデに対して正面を向いてベッドに入り、そのままの姿勢で横になる。
「よいしょと……ヒルデさんって、本当に綺麗ですよね。顔立ちはもちろん、お肌は玉のようにっていうか、輝いてるっていうか。」
「ま、仕事柄いつも手入れは怠ってないよ。でもちょっと褒め過ぎで照れくさいけど。さあ、目で楽しんだあとは、手で感触を確かめてみなよ」
「いえ、オレは手は出しません」
「……この期に及んで、まだソフィアに操を立てようっての? そんな堅苦しいこと考えずにさ、一晩のアバンチュール、火遊びと思って楽しもうよ? もっとも、そのあとキミはあたしの虜になるかもだけど」
「いえ、これはオレとヒルデさんの勝負です。ヒルデさんにその気にさせられたらオレの負け。単純でしょ」
「……生意気言うじゃない。あたしは構わないよ? これまでここまでたどり着いて、あたしに靡かなかった男はいないんだから」
ヒルデはオレに顔を接近したかと思うと、耳元で囁くように、でもはっきりと自信に満ちた言葉を耳の奥に投げ込んで……。
「んんっ」
「耳をこんなふうにされたの、初めてかな? 反応がウブな感じで、なんかあたしの方が興奮してきた」
不意打ちで耳たぶを甘噛みされ、オレはつい我慢しきれずに声を上げてしまった。
その後もしばらく耳を貪りながら囁く彼女の声が、耳の中で反響するように強く聞こえる。
「タツロウくんの耳……食むごとにあたしの唇が気持ちよくなっちゃって、なんか止められない」
「オレは、く、くすぐったいっていうか。うっ」
「可愛い。ホッペも食べちゃお」
「ああっ」
「……首筋も、もらっちゃおうかな。右の方」
「それは、ちょっと。その、弱いんで」
オレは咄嗟にウソをついて、右の首筋にヒルデの唇が移動するのを阻止しようとする。
そこは、彼女に……ソフィアに告白をしたあの時に、彼女の唇の感触を味わった場所。
どうしても、そこに触れさせるわけにはいかない。
「ふうん。じゃあ代わりに、キミの唇を奪っちゃおうかな」
「……すみません、そこも譲れないです」
「あっちもこっちもダメって、それは無いんじゃないの? だって勝負なんでしょ?」
「本当にすみません。その2箇所以外は何処でも問題ないので、どうか」
「……わかったよ。まあ、ソフィアは新人モデルさんだし、ハンデということにしておいてあげるよ」
あっさりとソフィア絡みと見抜かれてしまった。
まあ、唇まで拒んだらそう思わないほうがおかしいか。
「なんか変な気持ち。タツロウくんのことがいじらしく思えて、かえって愛しくなってきちゃった」
ヒルデは顔をオレの正面に向け直すと、少し顔を赤らめながら手をオレの胸板に這わせてきた。
何かの生き物が這い回っているかのような、微妙だけど確かに触られているその感覚は、オレの気持ちを高めるのに十分なものだった。
ちょっとヤバいな……でもそれを耐えていたオレに、さらなる強烈な刺激が。
「うふふふ。ちょっとこっちおいでよ」
「ふがぁっ!?」
ヒルデは両腕をオレの首に絡めると、一気に自分の胸の谷間にオレの顔を引き寄せた。
この柔らかくて弾力のある感触……これに顔を埋め続けたら……!
オレの手はヒルデの肌へと向かおうとしている。
ダメだもう、本能が勝手に身体を動かしてしまって、口も開いてきた。
「ふふふ。タツロウくんの息遣いが胸元で感じられるよ。さあ、一緒に気持ちよくなろう?」
もういっそのこと……いや、これがラストチャンス!
オレは、口から出ようとする舌を、思いっきり!
「い、いでぇぇぇぇぇぇぇーーーーー!!」
「きゃあっ! い、いきなりどうしたの、タツロウくんっ!? って口から血が出てない?」
「す、すびばぜん。興奮のあまり、し、舌を、がんじまって」
「大変! ちょっと待ってて、ガーゼ持ってくるからっ!」
ヒルデは慌てて部屋の奥に置いてある救急箱からガーゼを取り出してきて止血をしてくれた。
それから洗面所でうがいを何度かして傷口を洗浄して、ってこれがまた傷口にしみて痛かった!
「……大丈夫? タツロウくん、ちょっとあたしがやりすぎちゃったかな」
「いえ、そんなことは……オレの不注意です。それよりもすみません、シーツを血で汚しちゃって。イテテ」
「いいよそれくらい。まあ、傷口はそれほど深くは無さそうで良かった」
「ありがとうございます」
「……今日は、あたしが参った。それでいいよ、もう無理しないで寝よっか?」
「はい」
舌を動かすと痛いので必要以上に喋らないようにしたので、なんかつっけんどんな会話になってしまった。
ヒルデはオレがわざとやったことに気づいてるのか、その表情からはわからなかったが、最後の口調からすると薄々気づいているような。
でも余計なことを聞くのは止めておこう。
藪蛇になっても困るし、彼女に恥をかかせたくない。
その後は結局何事もなくベッドで彼女と横並びで朝までグッスリ眠り、アパートに帰り着いてからも昼まで寝てしまった。
兎にも角にもオレは人生最大のピンチを結果的に凌ぐことができたのであった……とこの時は思っていた。