016.甘い見通し
「さあ、一緒にキモチ良くなろうよ。タツロウくん?」
ヒルデは掛け布団を捲り上げると、長くスラッとした両足をベッドの上に置いて、少しずつオレに迫ってくる。
シャワーを浴びてからまだ間もないのだろうか。
湯上がりでまだ上気している肌から感じる温もりと水蒸気の匂い……と言っていいのだろうか。
それらがオレの五感を刺激して、身体が反応してしまいそうだ。
キモチ良いことって……やっぱアレしかねーよな、この場合。
いやしかし、オレにはソフィアが……!
だがヒルデはそんなことはお構いなしとばかりに密着寸前まで接近してくる。
「ねえ、そのゴツゴツした手で……ほら、あたしのカラダに触ってごらんよ」
ヒルデはオレの左腕を掴んで自分の方に引き寄せようとする。
このまま手を引き寄せられて、あの柔らかそうな胸に触れてしまったら……もう、止まらなくなってしまうかもしれん。
オレは左腕に力を入れて抵抗を試みる。
「……タツロウくん、腕の力を抜きなよ。それとも緊張してるのかな?」
「いや、そのですね」
とにかくこの場から逃れないと、ヒルデのペースでコトが運ぶのはマズい。
オレは本能的にそう感じて必死で言い訳を考える。
「オレ、シャワーも浴びてないし、汚い手で触るわけには」
「あたしは、そんなの気にしないよ。っていうか、全然きれいな手をしてるじゃん」
「そ、そうですかね」
「……そういえば、飲み会に来る前にソフィアと会うって言ってたよね。だから小綺麗にして家を出たのかな?」
「ま、まあそんなとこです」
「だけどさ、この前の海水浴で彼女と一緒の部屋に泊まったのに、なんにも無かったんだろ? 彼女も酷いよね〜、彼氏が優しいからって生殺しみたいな真似してさ」
「……ソフィアのことは関係ないと思います」
「ごめんごめん、そんな怖い顔しないで。あたしはさ……タツロウくんと一緒に楽しい思いをしたいだけ。そんなに深く考えることないよ」
「それでも、やっぱりこのままじゃ、オレの方が恥ずかしいんで。シャワー行ってきます」
「わかったよ、行っといで」
ふう。
とにかくこの場から離れることができる。
あとは、隙を見て脱出するだけ……ここはホテルかな、玄関が何処か確認しないと。
それと脱がされた服が置いてある場所も。
だが、そそくさとベッドから降りるオレの背中に向かってヒルデがボソッと言った一言がオレの心に突き刺さる。
「タツロウくんは、お姉さんに恥をかかせるような真似はしない。そう信じてるから」
オレはそれには答えずに、ヒルデの方を振り向かずにドアノブを回して部屋の外に出た。
それにしても広い部屋だ。
スイートルームってやつかな?
一度も泊まったことないんで、そうなのかどうかもわかんないけど。
きょろきょろと周りを見渡して、ようやく見つけたシャワールームに入り、シャツとパンツを脱ぐ。
おっと、脱衣かごに上着とズボンが入ってるのを見つけた。
それはともかく、どうしようかな。
シャワーを浴びながら、このあとどうするべきかを考えている。
というか、逃げるつもりならシャワーなんて浴びずに服を着て、そのまま玄関に直行すればよかったのだ。
なのに……オレはどうしたいんだ?
もちろんソフィアを裏切る真似はしたくない。
でも飲み会で奢ってくれた上にここまで介抱してくれたヒルデを蔑ろにもできない。
そうだ、一線を越えなきゃいいんだ。
一緒に寝るだけなら、旅館の大部屋で雑魚寝するのと変わらないじゃないか?
オレは自分勝手な理屈で自分自身を納得させ、バスタオルを腰に巻いた姿で部屋に戻る。
バスローブくらいはあるだろうし、それを着てすぐ眠ってしまえばどうということはない。
それが蜂蜜よりも甘い見通しだと悟ったのは、ヒルデが既に掛け布団を被っているベッドの前に着いた時だった。
「あの、ヒルデさん。バスローブ、どこですか」
「そんなもんこの部屋には無いよ」
「……どうしよう。シャツとパンツを着直さないと」
「そんな堅苦しいこと言わないでさ。ほら、キミもバスタオルを外してこの中に入りなよ」
そう言いながら布団を捲り上げた彼女の姿は……キャミソールはおろか下着も何も身に着けていない、いわゆる真っ裸であった。