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010.彼女と同じ部屋で宿泊

「それじゃあ、おふたりさん。朝までごゆっくり〜!」


 ギーゼラは口元を緩ませながら左手を軽く振り、ドアノブを引いて部屋をゆっくりと出た。


 いや、一瞬だけ顔と左手だけ覗かせると、オレに向かってウインクとサムズアップを見せてから、ドアをバタンと完全に閉めて去っていった。


 ギーゼラとは学校時代からの付き合いだが、彼女がこんなにお節介焼きな性格だとは知らなかった。


 どうしよう。

 ソフィアも突然のことで固まってるようにも見える。


 どうするかの判断は彼女に委ねよう。


「ソフィア、今からでも遅くないから部屋割りを変えてもらったら?」


「……いえ、先程も言った通り、私は問題ありません」


「だけどさあ」


「……それともタツロウは、私と同じ部屋で過ごしたくはないのですか?」


「いや、オレは、そういうわけでは。むしろ一緒に過ごせて嬉しいっていうか」


「……それでは変更する必要はありませんね。さあ、そこのソファに腰掛けてください。お茶を淹れますね」 


 彼女の思わぬ反応に、かえってオレの方が戸惑ってシドロモドロに答えてしまった。


 オレはダブルベッドのすぐ側に申し訳程度に置かれたソファにゆっくりと腰を下ろし、一息ついた。


 この宿は宿泊費が安いせいか、ベッドとソファ、テーブルで部屋の中がほとんど一杯で、スペースに余裕は無い。


 本当に一晩過ごすだけって感じだ。


 でもトイレとシャワー、洗面台はちゃんと装備されているのでありがたい。


 それにしても、振り返ればいろいろあった1日だったなー。


 特に置き引き犯たちの捕物劇。

 ちょっと大袈裟か、でもヒヤッとする場面もあったのだ。


 ……そうだ、あのことをソフィアに聞かないと!

 アレが偶然できたことなのか、そうでないのかで随分と話が変わってくるのだ。


「お待たせしました。お茶をどうぞ」


 ソフィアはティーカップをオレと自分の前に置きながら右隣にそっと腰を下ろした。


 ソファは2人掛けだが、密着とまではいかないけど身体が触れ合う程度にはギリギリの幅で、彼女の体温を何となく感じられる。


「早いな。お湯は厨房で貰ってきたんだろ?」


「はい。夕食後はみんな同じことを考えますから、既にいくつも用意してくれていました」


 この世界……少なくとも帝国内の宿泊施設では、高級ホテル以外は部屋に給湯設備は無い。


 なので厨房などでチップを払ってお湯をもらうのだ。


「チップ代払うよ」


「いえ、この前貴方のアパートでご馳走になりましたから。これくらいは出させてください」


「気にしなくていいのに。じゃあ遠慮なく」


 お茶そのものは部屋に置いてあるサービス品で、もちろん高級品などではない。


 でもソフィアが淹れてくれたというだけで美味しく感じてしまうから不思議だ。


 さて、飲み終わったらぼちぼち聞こうかな。


「あのさ、ソフィア……」


「さあ、聞かせていただきますよタツロウ。どうして、ナイフの刃を握っても掌は何ともなかったのですか?」


 しまった、ソフィアに先手を取られた。


 彼女はこちらに身体を近づけながら、オレの顔をジッと見て厳しく問い詰めようとしている。


 そういや懐かしいな、この感じ。

 学校時代はよくこんなふうに問い詰められていたっけ。


 その時と同じく真剣な眼差しだが少し困り顔の彼女を見て、やっぱり可愛いなと思ったのは内緒にしておく。


 でないとふざけるなと怒られてしまうからな。


「ああ、あれはだな。風魔法のちょっとした応用技さ」


「応用技、ですか?」


「掌の中に先に風、というか空気を溜めておくんだ」


「……はい」


「で、ナイフの刃を掴む瞬間に、空気の塊を刃の両面にとても強く押し付けて動きを止める。だから、実際には手で掴んじゃいないんだ」


「……あの、さらっと言っていますけど、かなり高度な技術だと思います。どなたかに習ったのですか?」


「うーん。日々の家臣の仕事を実践する中で自然と身につけたっていうか」


 ソフィアは驚きつつも安堵した顔を見せた。


「思ってもいなかった内容だったのですが……これですっきりしました。でもできれば、先に教えてほしかったです。あの時は貴方が刺されると思って本当に心配したのですよ?」


「いや、隠すつもりは……話す機会が無かっただけさ」


「……他にそういうのは、もう無いのですか?」


「今のところは思いつかないな。思い出したら必ず伝えるからさ」


「わかりました」


「心配してくれてありがと。じゃあ今度はこっちの番な。ソフィアこそ、あの格闘術みたいなのはなんなんだ? オレだって心配したんだぞ」


「……え〜とですね。先に、私が使用した技を見て何か思い出しませんでしたか?」


 思い出す、だと?

 そういえば見た覚えがあるような……。


 思い出した。

 あれはマクシミリアンが使ってたイーガルブルク子爵家の格闘術じゃないか!


 マクシミリアンは学校時代の1年先輩でオレのライバルだった男だ。


 それはいいが、口を開けばイヤミばかりで、いつも上から目線の高慢チキなキザ野郎なのだ。


 その上、爽やかイケメンぽい顔ながら実は女好きというムッツリスケベ野郎でもあったのだ。


「まさかマクシミリアンから習ったのか? ヤツに何かされなかったか!?」


「いえ、彼は貴方が学校を去ってすぐに卒業しましたから……。ですのでフェルディナント君に習いました」


 ホッ。

 それなら安心だ。


 フェルディナントはヤツの弟で顔もよく似ているが、兄と違って人当たりの良い爽やかイケメン君なのだ。


「だけど、何だって今さら格闘術なんて」


「……貴方といつまでも一緒にいたいから、です」


 なんか、いきなり話が人生レベルになってしまって、オレは戸惑いを隠せなかった。


 ソフィアはそんなオレに語りかけるように話を続ける。


「貴方はかつて私にこう言いました。『自分はいろいろと面倒事を呼び込む体質らしい』と」


「……そういえば言ったな」


「だから私は心の中で決めたのです。貴方が何かを呼び込むのなら、自分の身は自分で守れるようにしたいと」


「オレは全力でソフィアを守るよ。必ず」


「貴方はとても逞しくなったと思いますが、一人でできることには限界があります。それにいざとなれば、私のことを気にせずに全力を振るってほしいのです」


 ソフィアの真っ直ぐな瞳と真剣な顔を見て、オレはこれ以上反対するのを止めた。


 それに彼女は一度決めたらそう簡単には折れない強い意思を持った女性であり、だからこそオレは彼女のことが好きなのだ。


「わかったよ。それで実際、今はどれくらいの腕前なんだ?」


「私、こう見えても筋は良いらしくて。フェルディナント君曰く、学校の卒業時点で既に師範代レベルの腕前だと。今でも習った通りに稽古を続けているのですよ」


「へえ、そりゃすごい。そのうちオレより強くなるかも」


「ふふっ。そうなったら私がタツロウを守ってあげますね」


 まあ、実際には相手が実戦慣れしてるヤツだと経験値も必要だから、それはどうかと思う。


 マクシミリアンくらいの天才肌なら話は別だけど。


 それはともかく、そういう輩の相手はオレがすればいいだけのことで、彼女に余計な気を使わせる必要はない。


「それじゃあ、お互いに気になってたことは解消したってことで。そういえばさあ」


 オレはお茶を啜りながらソファにもたれ掛かり、別のもっと楽しい話題に切り替えようと、会話をさり気なくもっていこうとしている。


 ソフィアもすぐに乗ってくれるだろう、と思ったのだがリアクションが無い。


 どうしたんだ……と思ったところで、右肩に何かが乗っかる感触がした。


「すう、すう……」


 疲れたのだろう、ソフィアはいつの間にか眠ってしまってもたれ掛かってきたのだ。


 気持ちよさそうな寝顔を見ると、彼女がずっとこうやって安心して眠れるように頑張らなきゃと思う。


 それから、ソファの近くに置いてあるブランケットを、彼女を起こさないように取ってから肩に掛けておいた。


 その後もお茶を啜りつつ今日の出来事を思い出したり考え事に耽ったりしていたのだが、少しずつウトウトとしだして、いつの間にか完全に意識が落ちてしまった。



 うーん。

 あれからどれくらいの時間が経ったんだろう。


 部屋に備え付けの時計を見ると、お茶を一緒に飲みだしてから1時間以上経過していた。


 あれ?

 オレの肩にブランケットが掛けてある。


 そしてソフィアの姿が見えなくなっていた。


 どうしたんだろう。

 あっ、もしかしたらギーゼラたちがいる部屋に遊びに行ったのかも。


 それなら話をする前に、シャワーもそっちで済ませてくるように言っておけば良かった。


 いや、彼女のことだからそれを察して行ったのだろう。


 オレは自分に都合のいい解釈をしてから起き上がり、洗面所の方へ歩き出す。


 そうだ、ついでにシャワーも浴びよう。


 しかし近づくと、シャワー室から水が流れる音がしてくる。


 まさか……。

 ソフィアがこの部屋でシャワーを浴びているのか?


 マズい、一旦部屋の外に出ないと。


 しかし時すでに遅かった。


 すぐに水の音が途切れて、オレが部屋のドアへ近づく前にシャワー室の扉が開いた。


「……起きたのですね、タツロウ。貴方も続けてシャワーを浴びたらいかがですか?」


 目の前に立っているのは、バスタオル姿のソフィアであった。

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