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001.彼女との再会

 オレの名はタツロウ・タカツキー。


 現代日本から中世ヨーロッパ風異世界に転生した男だ。


 帝国皇帝の跡継ぎという勝ち組転生かと思いきや、皇帝はそれを選ぶ権利を持つ7家の大貴族『選帝候』たちの操り人形でしかなかった。


 更にオレ自身のやらかしなど色々あって、選帝候の一人であるケイン大司教の領地内にある神学校への転入を余儀なくされた。


 要するに手駒扱いの人質である。


 でも、そこで過ごした1年半の月日はとても貴重なものだった。


 友人たちやライバルとの出会い、学校行事やトラブルを通じてのぶつかり合いといった経験は今となっては全ていい思い出だ。


 そして何よりも、彼女と出会えた。



 で、今現在のオレはというと。


 選帝候の一人であるブランケンブルク選帝候の嫡男ヴィルヘルムに誘われ、その家臣としての日々を送っている。


 ちなみにヴィルヘルムとは神学校時代の先輩と後輩の間柄でもある。


 家臣となるために学校を中退して早くも2年近く経過し、ようやくそれなりに仕事がこなせるようになってきた、というところだ。



「タツロウ。先日市街地の商店街で起きた乱闘騒ぎだが。仲裁に向かわせた後のことはどうなった?」


「あ、はい。その件につきましては……その場で当事者たちに事情を聴取し、お互いに納得の上で振り上げた拳を収めてもらいました」


 実際には、殴り合ってた奴らが仲裁に入ったオレの方にも殴りかかってきたから、そいつら全員に気合の拳で目を覚まさせてやった。


 それに事情も何も、昼間から酒で酔った挙げ句にメンチ切っただのつまんねーことでやりあってたんだよな、これが。


 だから、これ以上やるならオレが相手だ! って凄んで全員黙らせて解散させただけだったりする。


「うむ。では、最近我が首都内で頻発している強盗事件……指示役や黒幕に対する捜査の状況はどうなっている?」


「はっ。まずは実行犯たちへの聞き取りを行い、そこから上に繋がるルートへの関係者を丹念に調査し……1つのグループについて突き止めて身柄を確保、グループは壊滅させました」


 これは、実行役は指示役のことを何も知らねーってパターンがほとんどだった。


 だから案件の紹介役とかを探し出して一人ひとりブチのめし、聞き出した情報を精査して辿り着いた奴らもブチのめして自白させたのだ。


 まあ、現代日本じゃ許されないやり方だけど。


「うむ。今回の案件は順調に成果を上げているようだな」


 任された案件についてヴィルヘルムに報告を済ませてホッとしたところに、オールバックで眼鏡の奥の眼光が鋭い男が話しかけてきた。


「タツロウもようやく家臣としての務めがこなせるようになってきたな」


 この人はコンラートさんで、オレがここに来た当初から世話になっている先輩、というか教育係の人だ。


「ありがとうございます」


「お前がここに来た当初を思い返せば……集合時間にはしょっちゅう遅れるわ、仕事の段取りは滅茶苦茶だわで苦労させられた」


「え〜、そんな昔のことを蒸し返さなくてもいいっしょ」


「いやいや、つい2年前のことだっての!」


「うむ。だが、俺の期待以上の成長を遂げていると思う」


「ヴィルヘルムさんに褒められるのが一番嬉しいっすよ」


「そうか。それはそうと、タツロウの夏期休暇はいつからだ?」


「まだ決めてません……というか忙しいですから」


「だが、明日から彼女がこちらに来るのだろう?」


「まあ、そうですけど。明日は元々休暇日ですから」


「ならばそのまま夏期休暇を取るがいい。彼女と会うのは2年ぶり……お前が神学校を出た時以来の筈」


「いいんですか。でもオレがいないと仕事が回んなくなるんじゃ。ねえコンラートさん」


「心配するな。お前のような半人前がしばらくいなくても、どうということはない」


「なんかそれ酷いなぁ〜。でも、お言葉に甘えて休ませてもらいます」


「うむ。ゆっくり休んで、彼女のことをきちんともてなしてやれ」


 こうして、オレは思っていたよりも早く夏季休暇を取得することになった。



 今日は休暇だというのに朝早く目が覚めてしまった。


 何故かというと、彼女の方からオレが住んでいるアパートの部屋へ訪ねてくるというのだ。


 迎えに行こうかと手紙には書いたが、到着時間が読めないのと、一人で街を散策したいからと断られた。


 まあ、この首都ブランケンブルクの街は昼間は治安がいいから問題ないけど、来るまではちょっと心配だ。


 それにしても今から待ちきれないというか、身体がそわそわしてたまらない。


 オレは顔を洗って歯磨きして適当な朝ごはんを食べて……また顔を洗って歯磨きしてしまった。


 まずは汚れ物を桶で洗濯して干しておく。


 それから街へ出て、おもてなしに必要な食材やらを買い込んで。


 戻ってからは昼食を挟んで部屋の中をひたすら掃除した。


 ひとり暮らしだから普段はとっ散らかっているので、整理しつつ溜まった埃を払い出す。


 最後に床を拭き掃除して、洗濯物を取り込んで……完了!


 いや、まだトイレの掃除が終わってなかった。

 ここが汚れているのを見られると恥ずかしいからな……念入りに綺麗にしておく。


 それから軽くシャワーで汗を流して、これで本当に完了だ。


 あとは待つだけ。

 料理は簡単なものにするから下ごしらえというほどのことはしないし、他に時間を潰せそうなこともないから、黙ってベッドに座って待つ。


 ……待ってると時間が長い。


 こちらの住所は手紙に書いておいたが、道に迷ってやしないだろうか。


 途中でトラブルに巻き込まれたんじゃ。


 不安ばかり思い浮かんでくるが、その度に彼女ならそんなヘマはしないはずと思い直す。


 そんなことを幾度も繰り返し、そろそろ夕方近くという時だった。


 コンコン、コンコンとドアをノックする音が。


 彼女だ!

 そう思って立ち上がり、すぐにドアへ向かおうとしたが。


 いや冷静になるんだ。


 喜び勇んで出迎えたら、家賃を取りに来た大家だったりお裾分けを持ってきた隣人だったりするってのが定番の糠喜びだ。


 オレはひと呼吸おいてから、ゆっくりドアに近づきつつ返事をした。


「どうぞ、入ってください」


「……失礼します」


 間違いない。

 彼女の声と口調だ……聞き間違えるはずがない!


 そして少しずつ開いたドアの前に立っていたのは。


「……お久しぶりですね、タツロウ」


 オレが神学校時代に両想いとなった彼女、ソフィアだ。


「ああ、本当に久しぶりだ。手紙ではやり取りしていても、やっぱり実際に会えるのはたまらなく嬉しい」


「……私もですよ。ふふっ」


 2年ぶりに再会したソフィアは、とても綺麗な女性になっていた。


 いや、元から美少女ではあったが……そこに落ち着きとゆったりとした所作が加わって、なんていうか大人っぽい上品な色気が感じられる。


 服装もホワイトのノースリーブに花柄のくるぶし丈スカートと清楚で気品のあるコーデだ。


 右の耳たぶにはパールがひとつだけのイヤリングが見える。


「あのさ。2年前も可愛かったけど……今はあの頃よりも綺麗になって、もう大人の女性って感じ」


「本当に、ですか? 貴方にそう思ってもらえるなんて……頑張っておめかししてきた甲斐がありました」


「もちろん本当さ。というか、ソフィアはおめかししなくたって綺麗だと思う」


「……そこまで言われると照れてしまいます。ところで、タツロウの方こそ2年前から随分と変わっているのですよ?」


「そうかなあ。自分じゃ何も変わってないと思ってるけど」


 オレの返答を聞いてから、彼女はオレの方へゆっくりと近づき、遂に目の前の位置まで来た。


 それから両腕をそっと上げると、その細くて長く綺麗な指をオレの胸の上に置いて呟いた。


「まず、貴方は2年前よりも随分と背が伸びました」


「そうかもしれんが、実感が湧かないんだよな。オレの周りはヴィルヘルムを含めて背が高くてガッチリした体格の奴ばかりだから」


「ではわかりやすく説明しますね。2年前は私が顔を上に向けるだけでよかったのに……今は、こうやって背伸びをしないと貴方の唇に届きません」


 ソフィアはそう言いながら目を瞑り、オレの方へと顔を向けている。


 オレは彼女の腰に軽く手を回してから、一瞬だけ唇を重ね合わせた。


 ソフィアは目を開けて少しの間オレの顔を見つめていたが、やがて背伸びを止めてオレの胸元に視線を向けた。


「それに体格も逞しくなって、特に胸板が厚みを増しています。こうやって、いつまでも触っていたくなるくらいに男らしさを感じるというか」


「まあ、下っ端だからいつもパシリでこき使われてるし。それでだろうな」


 ソフィアはオレの胸元に置いた細い指を動かして、しばらく感触を楽しんでから手と身体を離した。


「さあ、玄関にいつまでもいないで部屋の中にはいって。狭い部屋だけど精一杯おもてなしするよ」


「それは楽しみです」


 再会して早々ではあるが、オレたちは部屋のリビングへと向かった。


 だけどソフィアは何故かキョロキョロしながらオレの後ろを歩く。

 そんなに珍しい部屋でもないのになんだというのか。


「どうしたんだよソフィア。何か探しているのか?」


「……はい。一応念の為ですが、他の女性がこの部屋にいた痕跡が残っていないかと」


 まさかのいきなり浮気チェック!

 まあ、オレはもちろんそんなことをしないけど。


「心配性だなあ。オレはソフィア以外の女性をこの部屋に上げたりしないし、そもそもモテてないから」


「……貴方は自分が思っているよりも女性から魅力的に見えているのですよ? それに……」


「それに?」


 オレは何気なく聞いたつもりだったが、ソフィアは耳を赤くしてまるで告白するかのような思い詰めた話し方をした。


「……私が好きになった人を、他の女性が放っておくわけがありません」


 オレはソフィアを安心させるべく近寄って軽く背中を抱きしめた。


「誓って浮気なんてしないよ。だから安心して」


「……なんだか貴方の掌の上で踊らされている気分です。でも安心しました」


 それからどちらからともなく本日2度目のキス。

 今度は一瞬ではなくお互いの気持ちを確かめ合うようにしばらく唇を合わせ続けた。

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