対峙
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翌日。
俺はいつもより早めに通学路を歩いていた。昨日の話を早く姫路さんにしたい。そのうえで、生徒会長とも話したい、本当にガチャっとと契約しているのか確かめたい。
曲がり角を曲がろうとした時、人影が現れた。間一髪、立ち止まる。
「…おはよ、お兄さん」
「アオイ…!?」
突然の再会につい身構えた。アオイの周りを見回したが、キサメの姿はない。一人なのだろうか。何のために…?
「そう警戒しないでよ。おとなしく言う事聞いてくれたら何もしないから」
「…言う事…?」
「俺についてきて。それだけ」
…罠だろうか。でもそうなら、今ここで俺を殺すなりなんなりは容易いはず。キサメは黒に染まってるし、助けに来ないだろうし。
「キサメに会いたくないの?」
少し低い声でアオイは続けた。やはりまだキサメは生きていて、アオイの目が届くところにいるんだ。
「…わかった、ついていく」
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昼休み。
「白菜!お昼食べよ!」
美佳と冴子が私の机を囲む。近くの椅子を私の机に寄せてそれぞれお昼ごはんを机に置いた。私も鞄から弁当箱を取り出す。
「…そういえば冴子、昨日あの後赤間君と何か話したりしたの?」
「えっ何どういう事?」
何も知らない美佳が食い気味に尋ねる。冴子がお茶を飲んで答えた。
「話…大した事は話してないよ。あ、でも」
冴子がちらりと私の鞄を見る。どうやらキーホルダーのトキを見ているようだ。
「そのキーホルダーの話はしたかな」
『えっ?』
私と美佳の声が重なる。今度は私達がどういう事?と聞きたい。冴子はガチャっとの事は知らないはず…。
「どんな話したの?」
「赤間君と二人になった道路の近くってガチャポンあるじゃない?その中にこれに似たキーホルダーがあって、白菜と美佳と…部長も持ってるよね、って」
「部長って…茶道部の部長?」
「うん」
…となると、茶道部の部長…生徒会長も兼任しているあの先輩が、ガチャっとと契約をしている可能性がある?美佳が勢いよく立ち上がった。
「うわ!何急に!?」
「白菜、生徒会長と話しに行こう!!」
そう言いながら素早く教室を出て行こうとする美佳の制服を冴子がとっさに掴む。
「ちょ、待って待って!生徒会室は部外者以外基本立ち入り禁止でしょ!」
「そんな事言ってられないってば!離して!」
「今日茶道部に部長顔出すらしいからその時話せばいいでしょー!?」
その言葉に美佳が冴子の方を見る。そのままゆっくり椅子に座った。
「…そうなの?」
「うん。展覧会近いしね…二人ならみんなの邪魔しないだろうし、話くらいしてくれるんじゃない?」
ところで、その場に赤間君は連れて行かなくていいのだろうか。一連の流れは知ってるんだし何よりアオイとキサメの事がわかるかもしれないし…。
「それって、赤間君も一緒に連れて行っていいの?」
美佳も気になっていたようで、冴子に私が気になっていた事を聞いた。冴子が俯く。
「なんか…今日赤間君休みらしいよ。移動教室で会った時夏が行ってた」
夏というのは冴子の幼馴染で赤間君のクラスメイトだ。夏ちゃんが言うなら間違いないだろう。風邪かな…心配だ。
「なら仕方ないか、あたし達で行こう。ね、白菜」
私は頷いた。そんな私達を見て冴子が怪訝そうな顔をする。
「…なんで三人ともそんなに部長と話したがるの?」
「…それは…」
私が言いかけた時、チャイムが鳴った。私達はそれぞれ自分の席に戻った。そのうち、冴子にもちゃんと話したい。
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放課後。
私、美佳、冴子は茶道部の部室前に居た。冴子が扉を開ける。
「お疲れ様でーす」
『お疲れ様でーす』
既に部員はそこそこ集まっており、各々活動していた。私と美佳も冴子の後に続く。井草の匂いが鼻をついた。茶道部の部室は授業でも使わないので新鮮だ。
「ね、部長来てる?」
冴子が近くで食器を出していた部員に声をかけた。
「いえ、まだです」
私と美佳は顔を見合わせた。まだ、という事は来る事は確定だと思っていいのだろうか。冴子が二枚座布団を用意してくれた。
「座ってて。全然正座じゃなくていいから」
数分後、正座じゃなくていいと言われたものの雰囲気にのまれ、正座をして足が痺れかけていた時扉が開いた。
「お疲れ様」
『お疲れ様です!』
部員達が一斉に手を止め、声の方を向く。私と美佳も顔を向けた。
そこには茶道部の部長…生徒会室も兼任している、山吹紫月先輩が立っていた。黒髪のロングストレートヘアに、長めのスカート。立ち姿も凛としていて、美しい。
「いや、やからそんな堅苦しくならんでええって。うち肩書きだけの部長なんやから」
山吹先輩はコロコロと笑った。京風の話し方は最初少し驚いたが、生徒会長として全校生徒の前で話をする事も多く、みんな慣れてきた。
「…今日はお客はんがおるんやね」
私と美佳に顔を向け、山吹先輩は微笑む。私達は立ち上がり、挨拶をした。
「ひ、姫路白菜です」
「松尾美佳です」
部員達に活動に戻るよう目配せし、山吹先輩は私達を奥の別室へ案内した。別室はいわば物置みたいになっており、明かりをつけても薄暗い。
「ホコリっぽいなあここ。掃除した方がええやろなあ」
手を左右に振りながら山吹先輩はスタスタと部屋の奥まで歩いていく。ついていくと、テーブルと椅子が四つ置いてあった。
「お茶菓子とかないんやけど、許してな」
山吹先輩は私達を椅子に座るよう促した。山吹先輩は私達の正面に座る。
「で。うちに聞きたい事あるんやろ?」
少し声を低くして山吹先輩が尋ねた。この人、私達の事そんなに知らないはずなのに、見透かされてるみたいだ。美佳が口を開く。
「どこまで知ってるんですか」
あえてガチャっとの事は何も聞かず、匂わせるような聞き方をする美佳。正しい選択だと思う。この人の立ち位置は全然わからない。敵か味方か、そもそもガチャっとの事を知らない可能性もある。
ククッ、と山吹先輩が低く笑う。
「ずいぶん遠回しな聞き方するんやな。うちそんな警戒されとるん?」
「答えてください」
「ガチャっとの事は知っとるよ。これでええ?」
ガチャっとの事を山吹先輩から口に出してきた。やっぱり、この人は何か知ってる。アオイとキサメじゃなくても、ガチャっとの事を…。
「パートナーはいるんですか」
私も山吹先輩に尋ねる。美佳にばかり質問をさせるわけにはいかない。怖いけど、聞いておかないと。あわよくばアオイとキサメの事を知ってるなら聞き出したい。
「パートナー…はおらんなあ。うち、契約とかそういう縛り?みたいなの嫌いやねん」
パートナーがいない?やっぱり変だ、それならなんでキーホルダー化したガチャっとと一緒に…?
「…ここまでやね。さ、帰りや」
突然山吹先輩が立ち上がる。まだ聞きたい事がたくさんあるのに、山吹先輩は部屋の入口まで行き、ドアノブに手をかけた。
「逃がさねぇよ」
いつの間にかトキが人間姿で山吹先輩の前に立った。私と美佳も慌てて立ち上がり、トキの近くに駆け寄る。山吹先輩は全く動じなかった。むしろ、余裕の笑みすら浮かべている。
「…あんたがトキか。主人に忠実なんやなあ。ええね」
…トキの事を知ってる。私は生唾を飲み込んだ。トキが山吹先輩を睨む。
「お前の近くにいるガチャっとは誰だ?アオイとキサメ?それとも…」
その時、トキの体が扉に叩きつけられた。バアン!!と大きな音が響き、私と美佳は肩をビクッと動かした。
「ーー…私です」
トキを叩きつけたのはルーンだった。トキは床に押し付けられ、身動きがとれないようだ。私はトキに駆け寄ろうと前に出たが、美佳に止められた。
「白菜、今はやめといた方がいい」
「なんで!?トキが…」
「あの人…マズい気がする」
美佳がルーンを見て言った。ルーンを見るのは初めてのはずだが、何か感じたらしい。私は大人しく美佳に従った。幸いトキは叩きつけられたものの、怪我はしてないし意識もあるみたいだ。
トキはルーンをどけようと動いているが、力が強いのかどかせそうにない。トキが歯が立たないなんて。
「…ルーン、ちょっとやりすぎちゃうの」
山吹先輩が呆れた顔で言う。ルーンがゆっくりトキから離れた。私はトキに駆け寄る。
「堪忍なあ、この子こう見えて血気盛んやねん。許したってや」
「…ルーンのパートナーじゃないんですか」
「ちゃうな。さっきも言ったけどうちにパートナーはおらんよ」
その時、ドアがコンコンとノックされた。さっきの大きな音を聞いて、冴子が来てくれたらしい。
「あの、大丈夫ですか?すごい音が」
「大丈夫や。ちょっとうちが転んだだけやから」
山吹先輩が適当に誤魔化した。ルーンがポンッという音と共にキーホルダーになり、山吹先輩の手に収まる。それを見てトキが尋ねる。
「パートナーじゃないお前が何故そいつを持ち歩ける?お前、一体何者なんだ」
山吹先輩が扉を開けた。心配そうな表情の部員達が私達を見ている。小声で山吹先輩が言った。
「何者やろなあ。さ、帰りや」
追い出されるように私達は部室を後にした。