狙い
翌日。
私は学校への道を歩いていた。トキはキーホルダーになって私の鞄についてきた。
「白菜、おはよう!」
ポン、と肩を美佳に叩かれた。私は頷いた。
「おはよう」
美佳が視線を自分の鞄に移す。見ると、キーホルダーになったパルがついていた。
「最初さ、パルも学校行く!ってきかなくて。さすがにパルちゃんの容姿じゃ高校生を名乗るのは難しいから...」
パルは見た感じ小学生だから、高校生を名乗るのは難しい。それにしてもよく説得したな。
「それより白菜...赤間君は大丈夫なの?」
そうだ。キサメが黒に染まった事すら赤間君は知らないのだ。美佳が目の前を指差す。
「あ、あれって赤間君じゃない?」
見ると、とぼとぼ歩く赤間君の後ろ姿があった。私は駆け寄った。
「赤間君、おはよう」
「あ...おはよう」
赤間君は微笑んだが、だいぶ無理をしているようだった。目の下にくままでできている。眠れなかったのだろう。
「...キサメが帰ってこないんだ」
ポツリと赤間君が言った。私は何も言わなかった。
「昨日ずっと捜してたんだ...買い物を頼んだスーパーには行ったみたいだけど...その後を誰も見てないみたいで」
言うべきだろうか。赤間君はキサメのパートナーだし、知っておいた方がいいだろう。どうするかは言ってから考えればいい。
「あのね、赤間君...」
「白菜っ」
突然誰かに抱きつかれた。振り向くと冴子だった。冴子は赤間君にも挨拶した。
「おはよ」
「お、おはよう」
美佳が冴子の後を追う。
「やめとけって言ったのにーほら冴子、行こう」
美佳が冴子の服を引っ張った。冴子はよくわかってないままズルズルと美佳に引っ張られていく。
「姫路さんは行かなくていいの?」
赤間君が私に気を使った。私は再び口を開いた。
「あのね、赤間君...キサメの事なんだけど」
赤間君が私を見た。私は続けた。
「キサメね...黒に染まっちゃったの」
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「それって…」
前にキサメから直接聞いた話。自分をコントロールできなくなるっていう、あの…。
「…姫路さん、キサメがどこにいるか知ってるんだね」
姫路さんは静かに頷いた。
「…ごめんなさい…もっと早く言うべきだったのに」
「ううん、何か理由があったんだよね」
「うん…今から知ってる事全部話すから」
姫路さんからキサメがいなくなり、どういう経緯で黒に染まったのか…全てを聞いた。
「…じゃあキサメは今アオイっていう人と一緒なんだね」
「うん…まだ生きてるかはわからない」
「でもガチャっとって死んだら俺にも何か影響があるんだよね?」
俺は今のところ体調や環境に変化は無い。という事はキサメは無事な可能性がある。まだ、希望はある。
「赤間君、私…」
「ありがとう姫路さん、色々教えてくれて」
俺は教室へ踵を返す。これはキサメと俺の問題だ、姫路さんを巻き込むのは避けたい。
放課後、例の倉庫に行ってみよう。
「授業始まるよ、行こう」
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放課後、私は赤間君を捜した。ちょうど下駄箱で靴を履き替えている赤間君と目が合った。
「赤間君…」
赤間君の目は真剣だった。キサメのところに行くんだ。赤間君は私から目を逸らし、学校を出て行く。
「赤間君!私も行く!」
「姫路さん…でも」
「私もキサメを助けたい、それに…アオイの事も知りたい…できたら、助けたいとも思ってる」
「それは俺も同意だな」
鞄にキーホルダーとして付いているトキが口を開いた。
「白菜の事は心配すんな、俺がいるんだから。お前の事もできる限り守ってやるよ」
赤間君は深々と頭を下げた。
「行こう」
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「…ここにキサメが…」
私とトキ、赤間君は例の倉庫に到着した。あの騒動からずいぶん日が経っている。まだ二人ともいるだろうか。トキが一歩前へ出る。
「ガチャっとの気配がする。キサメとアオイかはわからないけど」
倉庫は少し扉が開いていた。中に誰かいるのは確実。私は唾を飲んだ。
「そこで待ってろ、俺が先に入る。攻撃してくるかもしれないしな」
トキがゆっくり扉に近づき手をかける。そして、勢いよく扉を開いた。トキに隠れながら私と赤間君も倉庫に近づく。
「…おや」
中にいたのは見知らぬ青年だった。スーツのような正装、身長も高い。見渡す感じ青年以外は誰もいないようだった。
「招かれざる客…ではなさそうですね」
「…お前、ガチャっとか?」
「いかにも。初めまして、ルーンと申します」
青年…ルーンは胸に手を当てながら礼をした。綺麗なお辞儀、まるで執事のような出で立ちだ。
「ここにキサメとアオイというガチャっとがいたはずだが、どこにいる?」
「あいにくお二人は外出中です。ご要件なら私が承りますが」
「いらねえよ。それより二人の居場所を教えろ、知ってるんだろ」
ルーンはちらりと赤間君を見た。その後、私にも目を移す。なんだろう、敵意は感じないのに怖い。
「…そちらのお二人、お知り合いに幼女のガチャっとがいらっしゃいませんか」
私と赤間君は顔を見合わせた。幼女のガチャっと…知っている中では美佳のパートナー、パルしか思い浮かばない。
「その方とアオイはいわば腐れ縁でしてね。会いに行ったと思われます」
「キサメも一緒なのか」
赤間君がすかさず尋ねた。ルーンは頷く。それを聞くや否や赤間君が倉庫を飛び出した。
「赤間君!」
「白菜、洋平を追え。俺も後から行く」
「後からって…?」
「俺はこいつにまだ聞きたい事がある」
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「目を離してよかったのですか」
白菜の背中からルーンに目を移す。こいつ、そもそもなんで一人なんだ?ガチャっとであればパートナーが近くにいると思うのだが。
「ご忠告どーも。お前こそ逃がしてよかったの?あいつら」
「私にはお二人が何をしようと関係ないので」
表情一つ変えずルーンは言う。敵意が無いのは一目見てわかったが、俺達の味方でもないわけだ。ますます何がしたいのかわからない。
「さて、私に聞きたい事とはなんでしょう」
「まず、お前は何だ。何故ここにいる?何が目的だ」
「そんなに焦らなくても逃げませんよ私は」
ルーンはそう言いながら近くにあった古びた椅子に腰掛けた。俺にも同じような椅子に腰掛けるよう促す。
「先ほども自己紹介しましたが…私はルーン、貴方と同じガチャっとです」
それはもう聞いた。回りくどい言い方に苛立ちがつのる。とはいえ攻撃してまで聞き出す気もない。騒ぎを起こすわけにはいかないし。
「…私の目的はある方の目的を遂行する事。それ以外はどうでも良いです」
「ある方っつーのはパートナーか?」
「それは言えません。ただ今のところその方から貴方達を始末するような事は言われていないので手も口も出しません」
格好の通り執事のような奴だ。ガチャっとはパートナーを守り、パートナーの為に動く使命がある。それに反するのはそいつらの勝手だが、わざわざパートナーの命がどうかを濁す必要があるのか?
もしかして、パートナー契約を結んでない奴と組んでいる…?
何かを察したのかルーンは立ち上がり、倉庫の扉を開ける。
「質問が以上ならお引き取りください」
これ以上は何も聞けそうにない。白菜と洋平の事も心配だし、ここは引くか。
「そーするわ、じゃあな」
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俺は走っていた。アオイの狙いが誰なのかわからない、けどキサメと一緒にいるんだ。あのルーンってガチャっとは意味深な言い方をしていた。幼女のガチャっと、どこにいるんだろう。
「赤間君!!」
後ろから姫路さんの声が響く。俺は足を止めた。追いかけてきてくれた事すら気づかなかった。
「わ…私、心当たりあるの。アオイの捜してるガチャっとの」
息を整えながら姫路さんは言った。
「本当に?」
「美佳…えっと、私の友達のパートナーにパルっていう女の子がいるの。見た目小学生くらいだから、その子の事じゃないかな」
美佳。松尾美佳さんの事か。姫路さんと一緒にいるのをよく見かけていた。じゃあ、彼女のパートナーがアオイの狙いか。
だとしたら、松尾さんも危ない。
「松尾さんが今どこにいるかわかる?」
「美佳、今日はご両親が久々に早く帰ってくるからごはん食べに行くって言ってた…確か、近くのレストランに」
「わかった。ごめん姫路さん、協力してくれる?」
「もちろん」
姫路さんは力強く頷いた。背後からトキも現れる。俺達を追ってきてくれたのだ。
「俺も行く。ガチャっとにはガチャっとをぶつけた方がいいだろ」
「…こっちが不利だけどね…」
「そーかもな。けど、お前らの事は絶対に守る」
姫路さんがスマホで松尾さんの家の近くのレストランを検索してくれた。運の良い事に、一か所しか当てはまらなかった。俺達はすぐにレストランに向かった。