第二幕
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ーー…ルーンが来た数時間後、看護師が部屋に入って来る。挨拶をしながら朝食を運んで来る。…もう朝か。
「おはようございます、赤間さん」
「おはようございます…」
俺はゆっくり体を起こす。昨日ルーンに狙われ、看護師に見つかって部屋に戻った後の記憶はおぼろげだ。眠ったのだと思うが頭はぼーっとしている。あまり眠れてないな。
看護師が朝食を俺の前に置きながら耳打ちした。
「…これ食べた後、面会室に来てくれる?」
面会室は談話室と似ているが違うのは面会室は個室だ。誰が来たのだろう。不思議に思いながらも俺は頷き、朝食に手を付けた。
ーー…朝食の後、俺は面会室に向かった。学校の校長室みたいな厳重な扉…やはり緊張する。もちろん入るのは初めてだし。
ノックをして、扉を開く。
「失礼します」
「あっ、ごめんね〜朝早くから」
そこには二人の男がいた。二人ともコートを着ていて、知らない男だ。片方はまあまあ若いがもう片方は自分の父親より上だろう。
「えっと…?」
二人とも圧がすごく、俺は尻込みする。先生でも、親の知り合いでも、近所の人でもない。
「僕は溝口。こっちは蟹江さん」
「どーも」
溝口と名乗った男の後ろで窓を眺めていた男…蟹江さんがぺこりと頭を下げる。俺もつられて頭を下げた。
「僕達、警察でね…君に聞きたい事があって時間をもらったんだ」
警察。その単語に背筋を伸ばす。雰囲気からして俺を捕まえに来たとかそんな感じではない。溝口さんは続ける。
「君、同じ学校に姫路白菜さんって子と松尾美佳さんって子、いるよね?」
「え…」
俺は溝口さんを見た。警察から二人の名前が出るという事は…
「昨日、二人のご両親から連絡が入ってね。昨日学校に行ってから帰って来ないって」
俺は俯いた。それはそうだ、多分二人も…キサメも生徒会長やカグラミと一緒だろう。いまだにキサメも戻って来ていないし。
「そんで俺ら学校に行ったわけよ。だけどだーれもいないの。もぬけの殻」
蟹江さんが椅子に腰掛けながら呟く。隣に溝口さんも座り、向かい合わせで俺も椅子に座る。
「その二人の両親だけじゃない、あの学校の生徒の親から子供が帰って来ないって連絡が多々あってんの。只事じゃない」
「生徒だけじゃなくて先生方の姿もなかった。本当に誰もいなかったんだ」
俺は黙ったまま二人の話を聞いていた。そして悩んだ。どこまで話すべきなんだ…?ガチャっとの事は省いて、倉庫の話を出すべきか?
でももうあの倉庫にもみんないないかもしれない。そもそも姫路さんと松尾さんはともかく他の生徒達も全員一緒とは限らない。
「赤間君、何か知らないかな」
溝口さんが核心を突く。真剣な表情だ。警察だし、信用していいだろうか。俺はゆっくり口を開く。
「…倉庫にいるかもしれません」
『倉庫?』
溝口さんと蟹江さんの声が重なる。溝口さんが続けて尋ねてきた。
「それはどこの…?住所とかわかる?」
「住所はよく…でも、あの森の奥にある倉庫です」
俺は窓の外を指差す。二人が窓の外に目を向ける。蟹江さんが立ち上がり、目を凝らす。
「…あー…確かにあそこボロッボロの倉庫あったなぁ。ここらじゃ心霊スポットになってるとかいう」
「心霊スポット…」
溝口さんの顔が引きつる。どうやらその類の話は苦手なようだ。蟹江さんが呆れ顔で溝口さんを見る。
「オバケにビビってる場合か。というか、お前何で倉庫にいると思ったんだ?」
今度は俺に視線を移す。それはもちろん山吹先輩達のアジトだから…なんて、今話したら長くなる。俺は少し濁しつつ話す。
「その…何度か姫路さんと松尾さんと一緒に倉庫に行った事があるんです」
「肝試しでか?」
「いや…そういうつもりじゃないですけど」
そう言う俺に蟹江さんはしばらく疑り深い目を向けていたが溝口さんが勢いよく立ち上がり、溝口さんに視線を戻す。
「理由はいいです!有力情報ですよ、蟹江さん!行きましょう!」
「あーハイハイ。はしゃぐなはしゃぐな」
蟹江さんは頭をかきながら面会室を後にする。溝口さんもありがとう!と言って蟹江さんの後に続いた。俺は咄嗟に溝口さんを呼び止める。
「あ、あの!溝口さん!」
溝口さんが振り向く。俺は続けた。
「あの、生徒以外にも人がいるかもしれません…服は制服じゃないけど、髪の色が黄色だったり赤だったり…」
キサメや多分いるであろうアオイの特徴を念の為伝えた。溝口さんは頷いて面会室を出て行った。残された俺も面会室を出る。すると、二人の会話が遠くから聞こえてきた。
「溝口、応援呼べ。犯罪に巻き込まれてるかもしれんからな」
「はい!」
それを聞きながら俺は森の方を見る。姫路さん、松尾さん…そしてキサメ。みんなどうか無事でいてほしい。そう願いながら。
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ーー…地下室に消えるルーンとハオを見送り、私は神楽水と二人きりになってしまった。トキはいまだに目覚めず、キサメは疲れたのかキーホルダー姿になってしまった。神楽水は私には目もくれず、モニターから目を離さないままだ。
「…ん…」
その時、トキの体が動いた。私と神楽水が同時にトキに目を移す。私は咄嗟にトキの体を支えた。
「トキ!大丈夫!?」
「…白菜…お前こそ大丈夫か」
「私は大丈夫…良かった…」
私はトキを抱きしめた。トキも私を抱きしめ返してくれた。怪我は酷いが無事で良かった。すると、神楽水が大げさに拍手をする。
「いや〜ロマンチックだねぇ。愛の力ってヤツ?」
トキが神楽水を睨む。神楽水が真面目な表情で続けた。
「…オマエ、その女が大事か」
トキが頷いた。その頷きに心臓が速くなる。やっぱり私、トキが好きなんだ。神楽水はフーン、と言ってモニターに向き直る。そして、予想だにしない事を言った。
「じゃあここから消えろ。その女連れて」
「…は?」
トキが間抜けな声を上げる。私も理解に時間がかかった。あんなにトキを取り戻そうとしてたのに、何で…
「人の恋路を邪魔するヤツは〜って言うだろ。ホラ」
神楽水はシッシッと手を振る。私とトキは顔を見合わせた。トキがゆっくり立ち上がり、私もつられて立ち上がる。
ーー…その時だった。
「動くな!!」
ガラガラという倉庫の扉が開く音と、大きな声で私は肩を震わせた。たくさんの人が入って来る。武装している…人間だ。その数に圧倒され、私はトキに思わずしがみつく。
「お〜結構綺麗だな、中」
「明るいですね、朝だからかな…」
その人並みの真ん中を二人の男が分けて入って来る。分けるというより武装した人達が避けて道を作っている。あの二人が上司…偉い人?みたいな感じだろうか。
そのうちの一人、老人とまではいかないが五十後半くらいの男が私達に目を向ける。神楽水、私、トキの順に視線を移す。
「戦犯は誰だ?名乗り出たら悪いようにはしないぜ」
すると、じりじりと後ろに下がっていた神楽水が踵を返し、奥の部屋へ走り出す。男が叫んだ。
「あいつだ!!追え!!」
けたたましい足音と共に武装した人達が神楽水を追いかけて行く。そして、もう一人の男が私達の前に立った。こちらはまだ若い。三十前半くらいだろうか。
「君達は人質か何か…?大丈夫?特に君、怪我が酷い」
男がトキを心配そうに見る。トキは頷いた。この人は優しそうだ。私はおそるおそる尋ねた。
「あの…あなた達は?」
「僕達は警察。君達を助けに来たんだ、もう大丈夫だよ」
「溝口〜こいつ頼むわ」
奥の部屋に突入したもう一人の男と武装した人達が手首を縛られた神楽水と戻って来た。神楽水を溝口と呼ばれた男に受け渡す。神楽水は抵抗もせず俯いていた。
「はい」
溝口さんが神楽水と共に倉庫を後にする。もう一人の男は辺りを見回している。というか…
「あの、奥の部屋にいたの神楽水…えっと、あの人だけだったんですか?」
私は男に尋ねた。あの部屋、確か山吹先輩がいたはずなのに。男が首を傾げる。
「おう。それがどうかしたか?」
「いやあの、もう一人女の子がいたと思うんですけど」
「女の子…」
溝口さんが一人で戻って来る。外からパトカーのサイレンが聞こえる。この倉庫、パトカーに囲まれているのだろうか。
「あの男暴れたりしなかったか?」
「はい。大人しくパトカーに乗りました」
二人の会話を聞いていたトキが口を開く。
「…地下室の事は知ってるのか」
その言葉に二人がトキを見る。
「地下室?そんなのあるのか」
「ある。あの床の下」
トキが遠くの床を指差す。二人は顔を見合わせ、溝口さんが近くにいた武装した人に私達の事を任せ、地下室に消えて行った。
「行こうか」
武装した人に促され、私達は倉庫を後にした。流れでトキがキーホルダー姿のキサメを手に取る。怪我が酷いトキを思って病院に向かうと言っていたが私達は断った。トキは人間じゃないから診てもらえないと思ったからだ。
遠ざかる倉庫を見つめながら不安がぬぐえない。まだ地下室にはルーンとハオ、そして女の子達とアオイの死体がある。それに、山吹先輩の行方も分からない。
「…奇妙すぎる」
私の隣でトキが小さい声で呟いた。
「あれだけ諦めの悪かった神楽水が俺達を逃がし、あっさり捕まった。変だ、まだ何かある」
トキがそう言った瞬間、背後から爆音が聞こえた。車内でも分かるくらいの轟音。振り向くと、倉庫が燃えていた。
「え!?何あれ…」
「…爆発だ…やっぱりまだ終わってない」
様子を見ようとパトカーが止まる。その隙を見てトキが外に飛び出した。私も後を追おうとしたが、警察に止められる。
「危ない!行っちゃダメだ!!」
「でも…トキ、トキ!!」
遠くなるトキの後ろ姿を見ながら、私は叫ぶ事しかできなかった。




