黒に染まった者
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「着いたよ」
彼の言葉に目を開けると、私達は倉庫前に立っていた。すごい、テレポートって事だろうか。
「あ、あの」
「何?」
「...ありがとう」
私は彼にお礼を言った。これで美佳は助けられる。しかし、彼はどうなるのだろう。
「俺、あんたに名前言ったっけ」
「いや...」
「キサメ」
キサメ。キサメか。キサメという名前は私と同じように赤間君がつけたのだろうか。キサメは扉を開けた。
中ではアオイが退屈そうに銃をくるくる回していた。美佳は生きているみたいだがぐったりしていた。
「...アオイ」
名前を呼ばれ、アオイは顔を上げた。
「久しぶり...トワイ...っと、今は違う名前なんだっけ?」
私はキサメを見た。トワイ?キサメの事...?
「今はキサメ。アオイはアオイなの?」
「そうだよーパートナーいないもん」
私は首をかしげた。パートナーがいない?キサメと知り合いということは、この人はやはりガチャっとなのか。
アオイはキサメの服をじっと見た。
「赤間...あの時職員室にいた男かな。あいつからガチャっとの気配が感じ取れたし」
「洋平に会ったの?」
「こっちが一方的に見ただけだよ」
アオイは立ち上がると美佳のガムテープを剥がし、体を縛っていたロープをほどいた。
「もう用はありません。帰ってどうぞ」
「白菜!!」
美佳が私に抱きついた。
「美佳...良かった!」
拍手が響いた。拍手をしていたのはアオイだった。私達はアオイに目を向けた。
「うーん、美しい友情ですね...お二人に用はないのでここから早く離れた方がいいですよ」
アオイが銃をキサメに向けた。キサメも手から鎌を出した。ガチャっとって武器とかあるんだ。
「...まだ涼華の復讐のためにうろうろしてるの」
「キサメとは違うからね」
二人は武器をそれぞれ振り回した。アオイは銃をキサメに撃った。キサメはそれを避け、鎌をアオイに降り下ろす。それをアオイが避ける。それの繰り返し。互角だ。
二人が息を切らし始めた。アオイがククッと笑った。
「やっぱりキサメは強い」
アオイが目元のアザを指でなぞった。赤い液体が指に付着する。その液体を銃につけた。
「でも俺、キサメより強いよ?」
銃が変形し始めた。赤いもやが銃を包む。キサメが目を見開く。
「その力...アオイ...まさか」
「やっと気づいた?黒に染まるのも悪くないよ」
私は美佳と二人の会話を聞いていた。黒に染まった、って前にトキとキサメが話してた...
「キサメ!黒に染まるって何なの!?」
キサメが振り向く。アオイがふぅん、と呟いた。
「そうか。お姉さんは知らないんだね」
アオイが隙を見てキサメの正面に回り込んだ。キサメの腕をつかみ、自分の方に引き寄せる。
「じゃあ、見せてあげます。黒に染まるって事」
そしてアオイはキサメに口付けをした。その瞬間、赤い何かが二人を包み込んだ。
「キサメ!!」
キサメは床に倒れた。アオイがキサメの顔を覗き込む。
「キサメ、わかる?」
「アオイ...」
キサメの左頬にアオイと同じようにアザができていた。アオイが私達を指差す。
「キサメ、あの二人はあんたを殺そうとしてる。どうする?殺られる前に殺った方がよくない?」
キサメがゆらりと立ち上がった。そして、私達に鎌を振り下ろした。私達は間一髪、それを避けた。
「キサメ、どうしちゃったの!?」
私は叫んだ。しかし、キサメは聞いてないみたいだった。鎌を振り回す。
「無駄ですよ。キサメは黒に染まっちゃったから」
逃げるしかない。私は美佳の手を引いて外に飛び出した。キサメもアオイも追って来なかった。
「白菜、あれ何なの!?」
美佳が若干怒り気味で尋ねてきた。私だってわからない。今は逃げなくちゃ。でも、キサメはどうなったのだろう。私は走りながらそう思った。
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私達はやっと町中に入ることができた。走りっぱなしだった私達はベンチで休むことにした。
「美佳...怪我とかない?」
「大丈夫。それより説明して。あの二人は何なの?」
私は簡潔にガチャっとの事やキサメ、そしてトキの事も美佳に全て話した。別に話して困る事ではないし。
「つまり、あのキサメって人は元々赤間君のパートナーで、いい人って事ね」
私はうなずいた。前にトキとキサメが話してた黒に染まるって、まさにさっきのキサメの事なのだろう。まさか攻撃してくるなんて。前にキサメに攻撃されたが、あの時とは明らかに何かが違う。
「白菜、あなたのパートナーのトキは二人を止められないの?」
「できるかもしれないけど...」
けど、トキ一人でなんとかなるという確証はない。かといって、キサメを放っておくわけにもいかない。どうしたらいいのだろう。
「思ったんだけど」
美佳が口を開いた。
「そのアオイって人、パートナーがいないって言ってなかった?パートナーがいないガチャっとってどうやってガチャポンから出てきたの?」
確かにそうだ。本当はパートナーがいるのだろうか。でも、何故隠す必要が?
「...涼華...」
私はポツリと呟いた。黒に染まる前、キサメが言っていた。涼華。これは人の名前?
「涼華って人がアオイのパートナーなんじゃ...」
「じゃあその人を捜せばいいのよ!」
しかし、捜す宛がない。名字もわかればよいのだがアオイに直接聞くのは危険だし、キサメも今は聞けない。
「...トキに聞いてみるよ」
「うん、ごめん、何もできなくて」
私は首を左右に振った。私達はそこでわかれ、それぞれ家に帰った。
「ただいま」
「白菜!?」
リビングからトキが飛び出してきた。飛び出してくるなり私の肩を掴む。
「大丈夫だったか!?何で急にいなくなったんだよ!!」
「あ...色々あって...」
「...色々って何だ」
私はうつむいた。キサメの事、話していいのだろうか。怒られるだろうか。
「白菜」
トキが私の頭を撫でた。トキの不意な優しさにはドキッとする。
「何があったか、話してくれるか」
話さないとトキに涼華って人の事も聞けない。私は全て話した。
「...キサメが黒に染まったって...」
「うん...」
トキが腕組をした。
「そのアオイって奴、男?」
「えっ?うん」
トキが苦虫を噛んだような顔をした。
「よく...男にキスなんかできるよな...」
「そんなことはどうでもいいでしょ!!」
真面目に何か考えているかと思ったら本当変なこと言うんだから。私は呆れた。
「あ...それでトキ、涼華って人知らない?」
トキは首を左右に振った。知らないみたいだ。私は肩を落とした。
「あ」
トキが何かを思い出したように呟いた。しかし、すぐ顔を曇らせる。
「何?どうしたの」
「いや...そいつの事知ってる奴を知ってる...けど...」
涼華って人の事を知ってる人がいるんだ。私は体をのりだした。
「えっ、誰?誰?」
「ガチャっとだよ...けど...会いたくねぇ...」
トキがここまで嫌がるなんて、よっぽどなんだな。でも迷ってる暇はない。私は立ち上がった。
「どこいくんだよ」
「ガチャポン回してくる。トキが出てきたゲーセンで!」
「おい、おい待て」
トキが私の腕を掴んだ。私は振り向いた。
「お前回せねーよ?」
「...え?」
「俺がいるからな。パートナーは一人一体なんだよ。回すには俺が死ぬか、お前が死ぬしかない」
何て事だ。トキを殺すなんてできないし、私が死んだら回すどころの話ではない。どうしたらいいのだろう。
「...そうだ...」
私は携帯を手に取り、電話をかけた。電話の相手は...
「あ、美佳?あのね、今から会いたいの。...さっきわかれたばっかりだけど!ゲーセンに来て。...うん、わかった。行くね!」
携帯をポケットに入れ、外に出る準備をした。トキが私の手を握る。
「えっ、トキ?」
「俺も行く」
美佳は私達より先に来ていた。私は美佳に手を振った。
「お待たせー」
「いいよ。...あ。この前の…こんばんは」
「…こんばんは」
美佳はトキに頭を下げた。トキも美佳に軽く頭を下げた。何だか微笑ましい。
ゲーセンは閉店準備をしていた。私は二人を連れてガチャポンの前にきた。
「えーっと...あった!」
私がトキを出したガチャポン。美佳が首をかしげる。
「これを回せばいいの?」
「うん...あの、無理にとは言わないよ」
ガチャっとをパートナーにするという事は、今の状況に美佳を巻き込むという事。危険にさらすという事。美佳は力強くうなずいてくれた。
「あたし、二人に助けてもらったんだよ。今度はあたしが助けたい」
美佳は百円をガチャガチャに入れ、ガチャガチャを回した。
ピンク色のカプセルがコロン、と出てきた。私達は顔を見合わせた。
「開けるよ」
美佳がカプセルを開けた。入っていたのは女の子の人形だった。ガチャっとにも女の子がいるんだ。私はワクワクした。
「トキ、この子?」
「多分...」
ポムッ、と聞き覚えのある音が響いた。人形は小さな女の子になった。女の子は辺りをキョロキョロ見回した。
「みゅ~退屈だったみゅ...にゅっ?」
女の子は美佳を見るとにっこり笑った。
「呼んでくれたの、あなた?みゅ?」
「うん」
「にゅー!ありがとみゅ!」
女の子は美佳に抱きついた。かなり年下みたいだ。小学生くらいだろうか。さすがに女の子は真っ裸ではなかった。薄いシャツみたいなのを着ている。
「美佳、この子に名前をつけて」
「え、今?」
美佳はうーんうーんと唸って、手を叩いた。
「パルちゃん!」
「みゅ?パル?」
美佳がうなずいた。パルは跳び跳ねた。
「にゅー!パル!パルはパルみゅ!」
トキがパルの前に立った。パルがはっとしたようにトキを指差す。
「にゅっ!?あなたは...ケチャップ!!」
「その呼び方やめろ!トキだ!」
トキがパルの頭をガシッと掴んだ。
「みゅ!!痛い!!痛いみゅ!!」
私は思わず吹き出してしまった。ケチャップって。赤いから?トキが私を睨む。
「何笑ってんだよ」
「ご、ごめん」
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私達はとりあえずパルに服を着せるため、美佳の家に行った。美佳の家は両親が共働きで忙しいため、大抵誰もいない。
「お邪魔しまーす」
「みゅ~!広いにゅ!」
バタバタとパルは家の中を走り回った。ソファで跳び跳ねたり、座敷で寝転んだり。本当に子供だ。
「パルちゃん!服着よう」
美佳はワンピースをパルに着せてあげた。
「こんな小さいワンピースよくあったね」
「あたしのおさがりだけどね」
私達は本題に入る事にした。クッキーをほおばるパルに私は聞いた。
「パル、涼華って人知ってる?」
パルがクッキーを取る手を止めた。パルは私をじっと見た。
「...久々に聞いたにゅ」
「知ってるの?じゃあ、アオイって人も知ってるよね?」
パルが耳をふさいだ。怯えるように言う。
「アオイは苦手みゅ...黒に染まってからますます怖いにゅ...」
トキが紅茶を飲んだ。
「パル、そのアオイに俺達の仲間がつかまってるんだ。黒に染められてな。涼華の事知ってるんだろ?どこにいる?」
パルはうつむいた。
「...いないみゅ」
「いない?」
「涼華は死んじゃったにゅ」
沈黙が流れた。死んでいる。それならどうしようもない。
「病気か何か?」
美佳が口を開いた。パルが紅茶を飲んでから言った。
「殺されたんだみゅ」
場が凍りついた。殺された?パルは続ける。
「パル...昔はアオイとよく遊んでたみゅ...アオイ、とても優しかったし...アオイのパートナーの涼華もパルと仲良くしてくれたみゅ」
あのアオイが、パルと昔遊んでたなんて信じられない。今は黒に染まっているから、あんなに怖いのだろうか。
「でも涼華が死んじゃって...アオイとは遊ばなくなったにゅ。それから...どうやって黒に染まったかは知らないみゅ」
美佳と私は顔を見合わせた。トキがクッキーをとりながら尋ねる。
「アオイと遊んでたって事はお前にもパートナーがいたって事だよな?そのパートナーは?」
「...パルの前のパートナーは結婚して子供もいるみゅ。パルがいても邪魔なだけ...だから契約を解いたんだにゅ」
私は身をのり出した。
「契約を解くなんて、できるの?」
トキが眉をひそめた。
「お前俺との契約解きたいの」
「いや...違うけど聞いておきたいなって」
「できるみゅ。互いが認めた上で、出てきたガチャポンの前にガチャっとを置き去りにして、ガチャっとが再びガチャポンの中で眠れば契約は解けるにゅ」
なんだか悲しい。私はそう思った。パルは昔のパートナーのために契約を解いた。そのパートナーも、胸が痛かったのではないのだろうか。
「だからパル、美佳に会えて嬉しいにゅ!!」
パルはにっこり笑った。美佳がパルを抱き締める。うっすらと涙を浮かべながら。
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私達は美佳の家を後にした。外はすっかり暗くなり、人通りも少なくなっていた。
「トキは...昔パートナー、いたの?」
私はさりげなく尋ねた。トキが空を見上げた。
「いたんじゃね?」
「いたんじゃねって...覚えてないの?」
「俺、他のガチャっとと違って契約解いたらパートナーの事忘れるみたいだから」
私は胸をさすった。なんだか痛い。それはつまり、私と契約を解いたら私の事をきれいに忘れてしまうということだ。
トキが私のおでこにデコピンした。
「あいたっ」
「何泣きそうになってんだよ...お前泣き虫なの?調子狂うわ」
そう言ったトキの顔がなんだか寂しそうで、私はますます泣きそうになった。
「だって...私の事も、契約を解けば忘れるんでしょ?」
「だろうな」
さらっと平気な顔でトキは肯定した。少しだけ傷ついた。
「俺はお前との契約、解くつもりねぇよ」
「えっ」
私は顔を上げた。トキは顔をそらした。
「...何回も言ってるけど、お前を守るためにここにいるんだから」
私は立ち止まった。トキが振り向く。
「おい、どうした?」
「それは...どういう意味で言ってるの」
何を言おうとしてるんだろう。でも、口が言葉を勝手に言ってしまう。
「私とトキは主人と召し使いだから?使命だから?それとも...」
それとも、私を女の子として見てくれてるんだろうか。胸が苦しい。だとしたら、私は...。
「...一つだけ言っておく」
トキが真剣な眼差しで言った。
「主人と召し使いが恋人同士になるのはタブーだ。禁止なんだ。だから俺がお前を恋愛対象として見ることはないからな」
私は固まった。そうか。そうだよね。そもそも私は別にトキの事が好きなんじゃないし。でも...
でも、そんなにはっきり言わなくてもいいじゃない。
「うん...そうだね...」
「?」
「これからも...よろしくね、召し使いさん」
「何だよ急に...」
私はトキの背中を押した。これでいいんだ。この関係で、いいんだ。
「っちょ、押すな!」
「早く帰ろう!」
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「キーサーメー」
寝ていた俺をアオイが起こした。俺はむくりと起き上がった。
「アオイ...」
「おっはよ♪よく寝れた?黒に染まっても何ら変わりはないでしょ?」
確かに黒に染まっても何とも思わない。副作用だとかパートナーが気になるとか、そんなのも全くない。アオイがコンコン、と窓を叩く。
「...俺の大嫌いな奴が目覚めちゃったみたいだなぁ...」
「大嫌いな奴?」
「お姫様だよ、キサメも知ってると思うよ」
お姫様...ああ、パートナーと契約を解いたあいつか。俺は頷いた。
「久々に遊んであげようかな~キサメも来る?」
アオイが不穏な笑みを浮かべた。俺は立ち上がった。