突入
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ーー…お嬢様の事を一通り話し終えた私はフー…と息を吐いた。姫路白菜もキサメも本当に真実なのかと疑いの目を私に向けたまま黙っている。
「…今ルーンが話した事を神楽水も紫月姉に話してると思う」
ハオがご主人とお嬢様がいるであろう部屋に視線を移しながら呟く。二人はまだ部屋から出て来ない。遠すぎて会話の内容も不明だ。
「さっきあんたが言ってた敵討ちっていうのは、地下室に誘い込んだ女達を殺す事だったわけ?」
キサメが私に問う。私は頷いた。
「…あの女達は話しましたが妹様を自殺に追い込んだ奴らです。当然の報いかと」
「でも…今の山吹先輩は神楽水の妹さんじゃないんだよね?それって本当に敵討ちなの…?」
姫路白菜が私の顔色をうかがう。つい冷たい目線を向けてしまったが、彼女が言っている事は正論だ。だから…
「半分はざまあみろ、と…そういう気持ちですが、もう半分はやめてほしかった…それが正直な感想です」
言いたくなかったが、一呼吸置いて私は続けた。
「復讐したところで妹様は戻って来ませんから」
「そう思ったならなんで止めなかったの」
キサメが冷たく言い放つ。私は少し声を荒げて反論した。
「ご主人の望んだ事だからです。自分に置き換えて考えてみなさい、自分の主人の望みを邪魔する事出来るんですか」
そう言われてキサメは黙った。やはり大小あれど主人の命令や望みを邪魔する事は出来ないと自覚があるのだろう。
「…だから俺に止めてほしいって言ったんだよね」
ハオが尋ねる。私は俯いた。薄汚れた倉庫の床が目に入る。たった二日程度の事でもあれだけ暴れれば汚れるか。
「あなたはご主人のパートナーではないですから…一縷の望みを賭けただけです。無駄でしたけど」
ガチャリ、と奥の部屋の扉が開く。ご主人が姿を現す。私達を一通り見て、ご主人はまた椅子に座り直した。
「…お嬢様は」
「一人になりたいんだとよ」
それもそうだろう。あんな事実を聞かされて正気でいられるわけがない。ご主人は女達の死体の映ったモニターを指差す。
「ルーン、コレアオイか?」
画面に近づく。そこには女達に紛れたアオイの姿もあった。女達と同じように倒れていて動かない。私の背後でキサメが言う。
「そう。俺と一通り話してそのまま…多分もう意識はない」
「フーン…コイツキーホルダーに戻らねぇんだな。新たな発見だわ」
それを聞いたキサメが眉間に皺を寄せる。今のご主人の発言、癪に障っただろう。アオイとは交流があったようだし。
「ルーン、ハオ、コレ全部回収して来い」
「かしこまりました」
「ええ!?なんで俺もなの」
ハオが素っ頓狂な声を上げる。ご主人が顎をくい、と地下室の方に向ける。ハオの意見を聞く気は無さそうだ。
ーー…私としぶしぶ着いてきたハオは道中ずっと無言だった。
女達とアオイの元へたどり着いた時、ハオが口を開いた。
「…ルーン、これからどうするの」
女達の死体を引きずって道端にまとめながら私は答える。
「どうもしません。この倉庫、多分ご主人は捨てると思うのでご主人が行く所に着いて行きます」
「え…この倉庫捨てるの?」
「憶測ですが。ご主人達の痕跡が残されすぎている。この地下室とかは特に…警察なんかに勘付かれたら私はともかくご主人はタダでは済まないですしね」
人間であるご主人が人間を間接的だとしても殺したと分かればご主人は法で裁かれる。名義上人間であるお嬢様も共犯になるだろう。ご主人は、そういう事は避けそうだと思った。
「…あなたにもパートナーがいるでしょう。これが終わったらそばにいてあげた方がいいと思いますが」
一通り女達、そしてアオイの死体を道端に集め、私は手の汚れをパンパンと払った。動こうとしないハオに私は言う。
「手伝ってください。この人数私だけで運ぶのは難しいんですから」
その時、バタバタとけたたましい足音が地下室に響いてきた。近づいてくる。咄嗟に私とハオはキーホルダー姿になった。
「蟹江さん!!これ…」
「これは…死体か?おい、人を呼べ!」
「はい!」
数人の男達が慌ただしく死体や檻を見始める。知らない奴らだ、目を凝らして見ると上着のポケットに手帳が入っている事に気付いた。
(警察ですね…)
ハオも只事ではないと思っているらしく、キーホルダー姿で黙ってはいるが動揺が伝わって来る。
(…という事は上にも警察が…)
しかし何故今になって警察が突入して来たのか。上の人間でそんな怪しい素振りをしている者はいなかった…そもそも姫路白菜達はスマホを学校に置きっぱなしにしているはずだし、この辺に公衆電話もない。もちろん倉庫内にも。
となると外部の者が連絡したと考えるのが妥当だ。一体誰が…。
「蟹江さん、この子達学生ですかね?」
「いや…私服だからわからんが多分違う」
「あ!でもこの子は赤間君が言ってた子じゃないですか?」
その名前に反応する。赤間…おそらく赤間洋平。なるほど、外部の者で連絡ができる人物…。とはいえ姫路白菜が赤間洋平と連絡を取っている素振りはなかったし、独断で警察を呼んだのか。
蟹江、と呼ばれた男が赤間洋平の名前を出した男の頭を叩く。
「馬鹿!名前出すな、誰が聞いてるか分かんねぇんだぞ!」
「痛!で、でもこここの死体以外誰もいないですよ、多分」
「多分じゃねぇ!あと死体じゃない仏さんだ!!」
二人の会話を聞きながら私は考えていた。どうしたものか…今元の姿に戻ってこの二人を殺す事もできるのだが仕留めきれなかった場合が面倒だ。
それに上の状況が分からない。ご主人…それにお嬢様、姫路白菜に今も意識のないトキがいる。
その時だった。
「動くなや」
男達の背後から聞き覚えのある声が響く。男達が振り返ると、そこには銃を構えたお嬢様が立っていた。
「っえ…!?」
「…お嬢さん、それ下ろしな」
オロオロする男をよそに蟹江という男は冷静に呼びかける。お嬢様は私とハオに目を向けた。
「…そこをどくのが先や。どけ」
察するに私とハオを回収しようとしている。だが、男達はそこを動かない。
「ここには死体しかないぜ?そんなもん見せられるわけないだろ」
「勝手に決めつけんなや。うちが見たいのは死体やないわ」
ーー…今しかない。
「お嬢様!」
私は男達の隙を見て元の姿に戻り、素早くハオを手に取りお嬢様に投げた。投げた瞬間、ハオは元の姿に戻りお嬢様に覆い被さる。
「紫月姉〜!!」
「ハオ!無事やったんやな」
紫月姉がハオを抱きしめる。男達は何が何だか分からず混乱していたが、咄嗟に背中合わせになり私とお嬢様、ハオに銃を向けた。
「き…君達何!?どこから…」
「ビビってんじゃねぇぞ、溝口」
ハオがお嬢様を庇うように立つ姿が見えた。私達ガチャっとは撃たれても一発で死にはしないがお嬢様は一応人間なので危ない。賢明な判断だ。
「…警察だ。手を挙げな、犯罪者ども」
蟹江が私の額に向かって銃を動かす。私は両手を挙げた。ハオも同じように両手を挙げる。
「私達の事どこまで知ってるんです?」
「さあ?全然知らんな」
とぼけているのかわざとなのか…蟹江ははぐらかした。ガチャっとの事を知っているわけではなさそうだ。
「ただ、そこの死体と関係あるんだろうなーくらいか?」
「…」
「一緒に来てもらうぜ」




