敵討ち
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ーー…目を開くと、見慣れない景色が目に入った。辺りを見回す。そうだ、私…あのまま寝ちゃったんだ。
「!そうだ、トキ…」
隣を見ると横たわったままのトキが目に入る。まだ意識は戻ってないみたいだ。トキの頭を撫でる。私によくしてくれたように。
「お?起きたかぁ?」
ドラム缶の隙間から男が顔を覗かせる。私は少し後退りした。その男の隣でルーンが呟く。
「…警戒されてますよご主人」
「失礼だよなぁ、こんなイケメンなのに」
「自分で言ってて虚しくなりません?そういうの」
ルーンの肩をドン、と男が殴る。少し顔を歪ませ、ルーンは男を睨んだ。私は震える声で男に尋ねる。
「あなた…誰?」
「俺?神楽水紫杏で〜す」
男…神楽水はそう言うとすぐ顔を引っ込めた。何をしているんだろう。私も隙間から覗こうと顔を近づけた時、ハオの顔が現れる。
「わっ!?」
私は勢いよく顔を引っ込めた。ハオがおにぎりを差し出す。
「白菜姉おはよう!食べる?」
自分ももぐもぐとおにぎりを食べながら私に問いかける。そういえば色々あって昨日の昼以降何も口にしていない。そう思うとお腹が空いてきた。
「ありがとう…」
受け取ってしまったが敵のアジト(?)である倉庫で差し出された食べ物を口にして良いのだろうか。それに勘づいたのかルーンが顔は出さず言う。
「ご安心ください。何も盛ったりしてませんので」
「紫月姉の手作りだよ」
山吹先輩の手作りとはいえルーンが言うなら大丈夫…なのだろうか。色々考えるより空腹に耐えられず私は一口おにぎりを口に入れた。
(美味しい…)
『ハァ…ハァ…ねぇ…マジで聞こえてないの…?』
どこからか声がする。でも、この倉庫からじゃない。おにぎりを片手に私は声の方に顔を出す。ドラム缶や段ボールに囲まれて神楽水とルーン達が何かを見ている。動画だろうか。
「なんかコイツらこのまま放っといても死にそ〜じゃね」
「人間は空腹で死にますからね」
私は神楽水達に気づかれないように画面を凝視する。知らない女の子が数人と…キーホルダーになったキサメ、パルの姿が目に入った。
(…美佳が死んだパルはともかくなんでキサメもキーホルダーに…まさか、赤間君に何か…!?)
「覗き見は良くないなあ、白菜ちゃん」
私の前に山吹先輩が立った。ビクリと肩を震わし、私は山吹先輩と距離を取ってから尋ねる。
「…何をしてるんですか」
私の問いには答えず、山吹先輩はルーンに目配せする。瞬間、私の背後にルーンが回り込み、両腕を素早く縄で縛る。
「きゃ…」
「失礼。邪魔をされては困りますので」
抵抗虚しくあっという間に私の両腕は自由が利かなくなった。両足は縛られなかった為、画面をそのまま見る事はできる。女の子達の声が聞こえる。
『…本当にこのまま出られないの…?』
『お腹空いた…』
『スマホの充電ないんだけど…もう電源落ちそう』
その様子を眺めながら神楽水はニヤニヤとしている。この人、こうなるって分かってて女の子達を閉じ込めたまま助けようともしないのか。
そもそも、この女の子達は彼と何の関係があるのだろうか。キーホルダーになったパルとキサメには目もくれないあたり、ガチャっとの事は知らないと思える。
「さ〜て…やりますか」
一通り画面を眺め終え、神楽水が呟く。白衣のポケットから小さな機械を取り出した。その機械のボタンを押す。
すると、画面一体が煙のようなもので包まれた。煙にしては色が少し紫がかっている。
「毒ガスの色を紫にするとは安直ですね」
「毒つったら紫だろ」
「毒ガス…!?」
二人の会話に思わず口を挟んでしまった。全員が私の方を向く。神楽水がフン、と鼻を鳴らした。
「オマエにとっては貴重映像だろ?現代日本で毒ガス撒くとか俺くらいだぞ」
「なんでそんな事…あの子達が何をしたっていうの!?」
「紫月を殺したんだ、当然の報いだろ」
その言葉に私は山吹先輩を見る。紫月って山吹先輩の名前だったはず…。殺した?でも彼女はここにいて…同じ名前の人だろうか。
山吹先輩は黙ったまま画面を見つめている。神楽水が続けた。
「人殺ししたにも関わらずのうのうと生きてんだぞ?ムカつくだろ」
「人殺しって…あなたが今やった事もそうじゃない」
神楽水が私を睨む。怖い。私は口をつぐんだ。
ーー…しばらくすると毒ガスは薄くなり、様子がうかがえるようになった。女の子達は全員倒れている。キサメとパルはキーホルダーのままだ。あの二人は無事なんだろうか。
「ルーン、様子見て来い」
「かしこまりました」
ルーンが倉庫の床のコンクリートに何か言うとコンクリートが動くのが見え、扉が現れた。ハオが言っていた地下室。あそこにみんないるんだ。
「はあ〜やりきったわ俺〜」
ルーンの姿を見送って神楽水は伸びをする。そして山吹先輩に言った。
「…オマエの敵打ったから。な?」
「いや何の話やねん…」
先ほどから二人はなんだか会話が噛み合ってないような気がする。敵討ちという事は先ほど神楽水が言っていた紫月は山吹先輩という事になるが…。
「満足したんか」
山吹先輩がボソリと言った。再び画面を見ていた神楽水が振り向く。
「…やったらもうええやろ。うちの事殺しても」
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ーー…時間が少し経ったとはいえまだ視界は悪い。地下室は一本道なのでずっと歩いていれば件の場所にはたどり着くが。
(…このガス、ガチャっとには無害ですね。という事はキサメは生きている可能性が高い)
パートナーが亡くなったパルはともかくキサメはただキーホルダーになっているだけだろう。戦う力が残っているかは知らないが、念の為すぐ戦えるよう警戒しながら歩く。
しばらく歩くと倒れている女達が目に入る。足でつつくが反応はない。多分もう全員死んでいる。
これで本当に、ご主人の目的の一つ…妹様の敵討ちは果たせたわけだ。あとは全人類を滅ぼすだけか?
「…キサメ、生きているんでしょう」
問いかけるとすぐポムッ、という音と共に人間姿のキサメが現れた。辺りを見回す。
「…とんでもない事するよね。このガスガチャっとには効果ないみたいだけど」
ちらりと足元を見る。パルはキーホルダーのままだ。パートナーが亡くなって契約が切れたからだろうが。キサメがパルを拾い上げる。
『ご苦労、ご苦労〜』
どこからかご主人の声が聞こえる。この地下室、マイク音声も通せるようになっているのか。地下室の声が聞こえていたんだからおかしくはないが。
『キサメとお姫様も連れて来い』
私はキサメを見た。キサメも逃げられるとは思っていないらしい。私は声の方に体を向けて頷いた。
そしてすぐキサメを閉じ込めていた檻が上にゆっくり上がる。キサメと私は倉庫への道を歩き出した。




