過去:神楽水サイド2
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ーー…地下室はいかにもアニメや漫画の影響を受けたような、いかにもな地下室だった。照明はあるが薄暗く、暑くも寒くもない。周りにはまだ空の透明なケースのような物が等間隔で置かれている。
わかりやすい一本道で、ご主人の部屋であろうところは地下室の一番奥にあった。ノックをする。
「入れ」
「失礼します」
ご主人の部屋は広かった。ご主人はモニターや試験管に囲まれた机に座っていた。私達に背を向ける形で。ご主人は手を止め、私達の方に体を向ける。
「話しておこうと思ってな。紫月ももう高校生だし」
お嬢様は眉をひそめたままご主人の部屋の中を眺めている。ご主人は続ける。
「紫月、その二人は人間じゃない」
ご主人が私とレオンを交互に指差す。なるほど、ガチャっとの話をするのか。今の今まで私達の立場は単なるお世話係だったのだが。
「は?なんやそれ」
意味がわからないといった感じでお嬢様はご主人を見る。無理もない。
「ガチャっとって言ってな、俺が作った…まあ特殊な人形っつーかロボットみたいなモンだ」
「だっさい名前やな」
お嬢様は幼い頃からあまり相手にしてくれなかったご主人をあまり好きではないらしく、かつての家を引き払う前から遭遇しても話すらしない間柄になっていた。…妹様はご主人にべったりだったのだが、この方は妹様そのものではないし不思議ではない。
「まぁ名前は置いといて。性能はピカイチよ?ルーン」
ご主人が私の名前を呼ぶ。私はそれに答えるように何も無い空間からナイフをニ、三本出した。お嬢様が目を丸くする。
「はあ、手品みたいやな」
「手品じゃねぇ、コイツの能力だ。レオンもやれっつったらやるし、他のガチャっともできる」
「他にもおるんか」
ご主人は私やレオン、ベルだけでは飽き足らずガチャっとを量産しては隙を見て至る所のガチャポンに詰め込んでいた。何が目的かはわからないが、ご主人にとっては重要な事なのだろう。
「いる。そいつらもガチャポンを回した人間と契約できるようになってる。ま、刑事物で言うバディって奴よ」
「で?うちにもそのガチャっととやらと契約しろって話か?」
「いや、オマエはガチャっとと契約できない」
私とレオンは顔を見合わせた。そう、お嬢様は人間じゃない。ご主人が作り上げた…妹様そっくりの「物」だ。人間よりガチャっとに近いんじゃないだろうか。
「は?なんでできんの?」
お嬢様が疑問に思うのも当然だ。お嬢様は自分がご主人に作られた存在だと知らないから。となると自分を人間だと思っているに決まっている。
「オマエは少々特殊でな〜まあ契約しないメリットってのもあるから」
適当ぬかすなよ、とお嬢様はボソッと言った。けどそれ以上追求する気はないらしく、お嬢様の事についてはなあなあになった。
「ねえ、それだけなら俺とルーンをここに呼ぶ意味がなくない?」
私も思っていた疑問をレオンが先に尋ねる。確かに、私達の能力をお嬢様に見せるだけならわざわざここに呼ばなくても良かったのでは。
「オマエらに命令があるから呼んだに決まってんだろ。紫月にもな」
「うちにも?」
「…俺が何をしようとしてるのか教えてやるよ」
私はかつてご主人が言っていた事を思い出す。お嬢様…妹様を自殺に追い込んだ人間に復讐する、と…その事だろうか。
「人間を滅ぼし、ガチャっとだけの世界を創る。俺の目的はそれだ」
沈黙が流れる。本気で言っているのか、この男。レオンが尋ねる。
「滅ぼすって何?人間みんな殺すの?」
「まぁ端的に言うとそうだわな。その為にオマエらガチャっとを作った。オマエらはこの世界を担う兵器みたいなモンよ」
「兵器…」
「じゃねーとオマエらが好き勝手武器を出せるワケないだろ」
レオンは絶句していた。私もまさかご主人がそんな事を考えているなんて思っておらず、言葉が出なかった。
そうか、私達は…ガチャっとは人間を殺す、人間を滅ぼす為に作り出されたのか。
「…じゃあなんで人間とパートナーを組ませるとかいう遠回しな事するん。ガチャっとにさっさと殺させた方が早いやろ」
嫌悪感を隠さずお嬢様が言った。確かにその通りである。いちいち人間とパートナーを組ませる理由がわからない。
「人間だって馬鹿じゃない。いきなり現れた脅威に対抗する武力だってあんだろ。だから最初は人間と組ませて、油断させて…それから殺す」
ご主人は言い直した。
「まぁ、殺すのはオマエらガチャっとだけど」
「…嫌だ」
しばらく黙っていたレオンが口を開く。
「俺は嫌だ。だってそれだと…紫杏兄も紫月姉も殺さなきゃならないんでしょ?」
「そりゃまあ、俺達は人間だからな。つーか別にオマエらに殺されなくても老衰やら何やらで人間はいつか死ぬし?」
ご主人は自分が死ぬ事には抵抗がないらしい。こういう時って普通自分だけ不老不死になるとか、そういう流れにはしないんだな。
「紫杏兄達が死んだら、人間がみんないなくなったら俺達はどうしたらいいの?」
「どうしたらも何も好きに生きればいいだろ。オマエらは人間と違って寿命とかないんだから。人間だって知恵を働かせてこの世を発展させてきたんだぞ?同じくらいの知能を持つオマエらが不可能なワケないだろ」
「…ではここであなたとお嬢様を殺せばいいんですか」
私は静かに言った。そうすればご主人の目的はすぐにでも果たせる。他の人間も順番に殺せばいいだけの話で。
「待て待て、まだ準備が整ってないんだよ。俺が死んだら今はガチャっと全部消滅する事になってるんだから」
「…普通全部整ってから話すべきでは」
「うるせぇなあ、いいだろ別に。紫月にオマエらの正体を明かすついでで話したんだから」
わかりやすくご主人は声を荒げる。頭が良いのか悪いのか…。私は端的に尋ねた。
「では、現時点で私達は何をしたら良いのですか」
ご主人は紙とメモにサラサラと何かを書き始めた。書くくらい項目が多いのだろうか。既に頭が痛い。
「まず、アオイを昼夜問わずいつでも動かせるようにする。黒に染まってるからオマエらの言う事は聞くはず。あとは慣れさせるだけ」
ご主人がどこからか連れてきたアオイ、というガチャっともお嬢様が幼い頃からそばにいる。…が、色々と不安定らしく寝ている事が多い。
俺、全然話した事ない!とレオンが言っていたのでレオンの事は認識してないと思われるくらいには。
ご主人はお嬢様の方を見る。
「紫月、お前が主にアオイの面倒を見てくれ。アオイもお前に何かあったら必ず守るようになってるし、命令も聞くから」
「今日ガチャっとの話聞いたのに責任重くないか?」
「大丈夫大丈夫!そんなヤバいエラーは起きないだろうし!」
ハー…とお嬢様がため息をつく。心中察する。本当に適当な人である。
「次。ルーンとレオン、オマエらは他のガチャっとと契約する人間を把握して随時報告する事」
ご主人は一層低い声で続けた。
「…特にここを出てったベル。あと、赤髪の男。この二人のガチャっとは絶対随時監視して報告しろ、いいな」
「ベルは把握していますが赤髪の男というのは?」
「オマエを作る前に試作品として作ったガチャっとだ。前の主人の記憶が残らないように細工してる。こっち側につくとは限らないし、俺達の事も知らない可能性の方が高い」
ここにきて自分より前に作られたガチャっとがいるなど初耳である。自分のそばに置かなかったのは単に人間とどういったコミュニケーションをとるか等を知りたかったからだろうか。
「かしこまりました」
「俺も進展があればオマエらに報告するから。んじゃ、話は終わり〜」
ご主人は自分の机側に体を戻した。私達はそれを見て、部屋を出た。
ーー…倉庫に戻る途中、レオンが呟く。
「紫月姉、紫杏兄の話どう思った?」
「どうって…うちはええと思ったけどな」
レオンは予想外だったのか、足を止めた。
「人間がみんな死ぬのがいいと思ったの…?」
紫月姉は首を傾げる。
「神楽水の言ってた通り、人間はいつか死ぬやん。それが早いか遅いか、どういう死に方するかの違いやろ?」
レオンは俯く。そして、ポツリと呟いた。
「…やっぱり…いなくなった紫月姉とは違うんだ」
「レオン」
私は咄嗟に声を上げた。お嬢様は当たり前だが妹様の事は知らないし、自分の本当の生い立ちすら知らない。ここで突っ込まれたら言い訳できるか…。
「…ルーンも紫杏兄の言ってた事に賛成なの?」
「賛成も何も、主人の言う事に反対などしません。従うだけです」
それを聞いて、レオンはとぼとぼと歩き出した。
ーー…そして、その日の夜、レオンは姿を消した。おそらくベルと同じでご主人との契約を解いて。




