休息の中
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ーー…頭が痛む。なんとか正気は保てている…のだろうか。正直、直前の記憶があまりない。
「トキ、大丈夫?」
目の前には巨大な檻に閉じ込められているキサメ。俺は辺りを見回す。建物の中みたいだが、知らない所だ。
「…ここ、どこだ?それにお前なんで閉じ込められて…」
「説明は後。今は振り返って、道を真っ直ぐ進んで。そしたら、倉庫に出る」
「倉庫…」
覚えている記憶を辿る。俺は体育館で神楽水に連れて来られて、アオイに例の液体を打たれた。そこまでは覚えている。何故倉庫にいるんだ?どういう状況…?でも、今はキサメの言う事を聞いた方がいい。俺は振り返り、ただ道を真っ直ぐ進む事にした。
「トキ!」
走り出そうと踏み出した俺をキサメが呼び止める。
「いい?何を聞かれても黙ってて。黒に染まったままの体でいた方が都合がいい」
黙っているだけなら簡単だ。俺は頷いた。そして、道を真っ直ぐ進み出した。
ーー…長い長い道を進み、光が見えたところでゆっくり顔を出す。見覚えのある景色。キサメの言った通り、例の倉庫に繋がっていた。
「お?戻って来たなぁ?」
いの一番に神楽水が口を開く。周りにはアオイと山吹紫月、そしてハオもいた。色々と聞きたい事があるが、黙ったまま神楽水に近づく。
「んん…?オマエ、痣が薄くなってね?」
神楽水はじろじろと俺の顔を見る。目を反らしたいが下手な真似をすると俺が既に元に戻っている事に勘づかれる。俺は黙ったまま時が過ぎるのを待った。
「つかアオイ、コイツ気絶してね〜じゃん」
「…さっきまではしてた」
「ホントかよ。キサメの見張りサボりたいから〜とかじゃねぇの」
二人の会話を聞きながら怪しまれないよう視界を右往左往に動かす。俺達側の人間やガチャっとはいないらしい。唯一、ハオを除いて。
ハオの顔に痣は出ていない。という事は脅されているか、もしくは自分から望んでここにいるのか…。
「オマエもう一回キサメの見張りして来い。俺が命令するまで動くんじゃねーぞ」
アオイは言われた通り先ほどの通路へと消えていく。どうやらあそこは地下室らしい。ここに戻る前、階段を上がったし。
そして、ここに上がった時から気づいていたが白菜が近くにいる。パートナーだからすぐわかる。こいつら白菜に気づいているのか?
「…戻りました」
倉庫の扉が開き、ルーンが入って来る。縛られた白菜も一緒に。俺はすぐに駆け寄りたかったがぐっと堪えた。縛られているだけで痛めつけられてはないらしい。ただ、かなり焦燥している。
「ルーン、なんで白菜ちゃん連れてきたん」
眉間に皺を寄せて山吹紫月が呟く。ルーンが白菜を山吹紫月の前に座らせた。
「あのまま倉庫前で野垂れ死なれても困ります。松尾美佳の死体はとっくに処理しましたが…」
その言葉に拳を握りしめる。美佳が死んだ。こいつらが殺したのか。という事は、パルもただのキーホルダーに戻ったわけだ。
顔を上げた白菜と目が合った。白菜は目に涙を浮かべている。
「トキ…無事だったんだ…」
…今すぐにでも白菜の前に立って、こいつら全員ぶん殴りたい。そう思いながら俺は白菜の言葉も聞こえないふりをした。イライラがつのる。俺がもっとちゃんとしていれば…。
「で?ルーン、赤間洋平は殺せたワケ?」
「邪魔が入ったので何もせず撤退しました」
「ダセェ〜尻尾巻いて逃げて来たんか」
「病院は夜でも見回りがいるんですよ。引きこもりのご主人は知らないかもしれませんが」
神楽水がチッ、と舌打ちをしてルーンの肩に拳を入れる。ルーンがやや痛そうに仰け反った。肩、怪我してるのか…?
それよりも、今の話だと洋平も狙われている。キサメもここにいるし、早く何とかしたい。キサメがあの檻から出て、病院にいる洋平を守れるのが一番良いのだが。
「ハァ〜なんか疲れたわ。今日はもう寝よ。解散〜」
そう言うと神楽水は倉庫の奥に消えてしまった。みんな置いて戻るなんて油断しすぎだ。黒に染まった体でいる俺も、一応こちら側のハオも置いていくとは。
「うちも休もうかな。アオイ…は神楽水が命令するまで動けんわな。ルーン、ハオ、あんたらはどうするん?」
ルーンとハオが顔を見合わせる。ルーンは俺と白菜を交互に見て言った。
「私はこの二人を見張ります。ハオはお好きにどうぞ」
「…じゃあ俺もここにいる」
俺は内心舌打ちをした。誰もいなくなれば白菜を連れてここから逃げる事も、キサメを助ける事もできたかもしれないのに。ハオはともかくルーンはやはり徹底している。
「わかった。何かあったらうちでも神楽水でも呼びや。おやすみ」
「おやすみなさいませ」
「おやすみ…」
山吹紫月も倉庫の奥に消えていく。倉庫は俺、白菜、ルーン、ハオだけになった。ハオが呟く。
「ルーン、白菜姉だけでも逃がしてよ、可哀想だよ」
白菜は俺に声をかけて以降ずっと俯いたまま黙り込んでいる。無理もない、美佳が、友達が亡くなったんだし、こんな状況だし…。
「駄目です」
「…二人に逆らうと自分が殺されちゃうから?」
「違います。そもそも逃がす理由がありません。トキもこちらにいるんですし」
ルーンの言っている事は正論だ。そして、これでハオは自らここにいるわけではないと確信した。そうでないとこんな提案はしないだろう。
「…俺、ルーンも可哀想だと思ってる」
「何故ですか」
「ルーン、自分がやりたいようにやってないでしょ。作られてからずっと」
「ガチャっとは主人の命令を聞くのが当然です。そこに私の意思は必要ない」
二人の会話を聞きながら俺はどちらの気持ちもわかるような気がしていた。ガチャっとは主人に従うのは当然。でも、ガチャっとにだって感情はあるわけで。
「ルーン、神楽水に契約解除されたらどうするの?」
ルーンがハオを見る。すぐに答えられないのか、沈黙が流れる。
俺は今がチャンスだと思い、素早くしゃがみ、白菜の前に移動した。突然の事でさすがに油断したのか、ルーンもハオも俺に目を向けるのでやっとみたいだった。
「トキ…」
俯いていた白菜が俺を呼ぶ。俺は振り返り、微笑んだ。
「悪い、心配かけたな」
ルーンがゆっくり身構える。こんな状況になっても顔色一つ変えやしない。もしかしたら俺が元に戻っている事も想定内だったのかも。
「…やはりあなたはご主人の自慢のガチャっと、なのですね」
「…どういう意味だ?」
黒に染められる前、神楽水も気になる事を言っていた。俺は元々神楽水のパートナーなのか?思い出したくても、俺には白菜と契約する前の記憶が全くないので何も思い出せない。
俺は一体何なんだ?
「トキ、前!!」
白菜の声に我に返る。気がつくとルーンが俺に攻撃を仕掛けてきていた。咄嗟に白菜を抱え、倉庫の端に身を潜める。
「白菜、ここにいろ」
素早く縄を解き、白菜を自由にする。
「危ないと思ったら俺を置いて逃げろ、いいな」
「そ、そんな事できない…」
「大丈夫、絶対に負けない」
俺は白菜の頭を撫でた。物陰からルーンの様子を伺う。ルーンは倉庫の中心で顔だけを動かしている。あそこから動く気はないのだろうか。
俺はフーッ…と息を吐いて、物陰から飛び出した。




