一縷の望み
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檻は壊れない。俺は息を切らしながら座り込んでいた。パルもあれから全く人間姿に戻る事も、声を出す事もない。
武器を出して鉄格子を叩き斬れば早いのだが黒に染められていた反動なのか元に戻ってから武器が出せない。
地面や壁に穴を掘る…という方法も考えたのだが道具もないし、こんな頑丈な壁や地面を掘れるとは思えない。天井も同じだ。そもそも鉄格子があるし、届きそうもないし。
その時、遠くから足音が聞こえた。あの二人、戻って来たのか?どちらにしても不利だ、殺されるかもしれない。生唾を飲み込む。
「え…?」
予想外の二人の姿に困惑した。現れたのはアオイと…トキだった。アオイはまだしも何故トキがここに?それに、アオイと二人なんて…。
よく見るとトキの顔には痣が浮かび上がっている。こいつ、黒に染められたのか。表情も生気がない。
二人は攻撃するでもなく、ただ檻の前に立ち尽くす。何しに来たんだ?見張り…?すると、アオイがポツリと言う。
「…お姫様がいない」
お姫様というのはパルの事だ。まだアオイの方が話が通じそうだ。俺はアオイに言う。
「ただのキーホルダーに戻ったよ。お前ら美佳に何した、殺したのか」
「殺したのはルーンだ」
俺は俯いた。やはり殺されていた。まだ聞きたい事がある。俺はアオイを真っ直ぐ見ながら続けた。
「なんで殺した?それに…そいつがなんでそこにいる。パートナーは…白菜はどうした?」
トキにも聞いたつもりだったが聞こえているのかいないのか、トキは虚空を見つめたまま動かない。生きているはずなのに死んでいるみたいだ。アオイが淡々と質問に答える。
「お姫様を元々始末するつもりだった。パートナーごと殺しても同じ。…トキは俺と同じで黒に染まった。姫路白菜は狭間に閉じ込めた…つもりだったけど、今倉庫の近くにいる」
疑問が生じる。ルーンは何故白菜を殺さなかった…?美佳が死んだということは大方美佳と一緒にいたと推測できる。トキがいるから?
けど、まだ白菜が生きている。これだけでも希望はある。
「トキ!!前に言ってたよね?白菜の事、必ず守るって」
俺は鉄格子を乱暴に揺らした。トキは相変わらず虚空を見つめているが構わず続ける。
「白菜が近くにいる、もしかしたら殺されるかもしれない!!お前、いいの!?ねえ!!」
すると、トキは今日初めて俺の声に反応し、俺に視線を移した。
「…白菜…」
そう呟くとすぐ頭を抱え、苦しそうにうずくまる。アオイはそれを見ているだけだ。
トキは元に戻るかもしれない。再び呼びかける。
「トキ!戻れ、元に!!白菜を守れ!!ガチャっとの役目は主人を何があっても守る事だろ!!」
トキは苦しみながら床を転げ回る。そして奇声のような叫び声を上げ、動かなくなった。まさか死んだ?アオイがトキに手を当てる。
「…気絶した。ダメだな、使い物にならない」
そして来た道を戻り始めた。あの二人に報告するつもりなのか?俺はトキに呼びかける。
「トキ、起きろ!トキ!!」
すると、ピクリとトキの体が動きゆっくりと起き上がる。顔の痣は完全に消えてはなかったが、薄くなっていた。
「…キサメ…?」
俺を見てトキは力なく呟いた。
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ーー…眠れない。
スマホを見ると時刻は一時半を回っていた。キサメが倉庫に向かってから数時間。戻って来る気配は無い。
地下室には入れたんだろうか。
俺は体を起こし、こっそりと病室を出た。まだ足は痛むがゆっくりなら支え無しで歩ける。
廊下は真っ暗だ。ナースセンターには人がいるだろうからそちらは避け、病棟の端まで着いた。窓は施錠されているが、月明かりが辺りを照らす。
すると、遠くからこちらに近づいてくる影が見えた。人型だ。俺は嫌な予感がした。逃げる前に人型は窓を隔てて俺の前に立つ。
「こんばんは」
「お前は…」
正体はルーンだった。俺は後退りする。騒ぎを起こせば看護師達が駆けつけてくるだろうから、そんな事はしないと思いたいが。
窓を隔てていても声は聞こえる。
「探す手間が省けましたよ、赤間洋平」
「何しに来た?キサメならいないぞ」
「承知しております。キサメならこちらで袋の鼠となっていますので」
袋の鼠。つまり、キサメは捕まっているのか。俺はルーンを睨む。
その時、俺の背後を光が照らした。振り向くと懐中電灯を持った看護師が立っていた。
「赤間さん!何してるの」
「あ、えっと…ちょっと眠れなくて…」
「だめじゃない、病室を出たら!ほら、戻って」
看護師に言われるがまま廊下を歩く。いつの間にかルーンは姿を消していた。あのまま見つかると厄介だからだろうな…。
(また来るだろうな…俺がすぐ退院できない事もわかっただろうし…)
俺より、キサメが心配だ。今は閉じ込められているだけみたいだがいつ危険が及ぶかわからない。
色々考えつつ、俺は病室に戻った。




