犠牲
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「よいしょ…っと」
俺はトキとアオイを薄いマットの上に寝転した。重かった。肩をコキコキ鳴らす。全く、元パートナーとはいえ人遣いが荒すぎる。そもそも敵をこんな根城にあっさり入れるなんて。
「ご苦労やったな、ハオ」
紫月姉が俺の隣に座る。地下室の方を眺めながら続ける。
「…ルーン、気づいとったんやね。誰か地下室に入ったの」
俺は黙ったままだった。正直俺も感づいていた。ルーンとも話したし。
ルーンは、私達の勝ちだと言っていた。じゃあこれで、全部終わりなんだろうか。
「ハオ」
不意に紫月姉に顔を覗き込まれ、仰け反ってしまった。
「な、何?」
「ずっと黙っとるけど大丈夫か?」
「え?うん!大丈夫大丈夫」
俺は笑いながら頷いた。それを見て安心したのか紫月姉も微笑む。
「月が綺麗やね。まだ満月やなさそうやけど」
そう言われ、窓の外を見る。月が煌々と輝いている。少し欠けているようだが確かに綺麗だ。
「…全部終わったの?」
考えていた事を口に出す。紫月姉は月から目を逸らさない。
「多分…そうやろな。地下室に入った連中も後々殺すんやろ」
俺は俯いた。パル、殺されちゃうのか。助ける事も出来なくはないが、ここは敵の根城で…分が悪い。
「いや〜長かった長かった」
そう言いながらもほとんど息切れしてない神楽水とルーンが戻って来た。
「トキとアオイは?」
「…そこに置いたけど」
「フーン。じゃ、オマエとはサヨナラだわな」
神楽水はさっさとトキとアオイがいる部屋に引っ込んだ。ちょっと前は戻って来いとか言ってたくせに、気まぐれがすぎる。
「トキとアオイ、どうするの」
俺はルーンと紫月姉に尋ねた。ルーンが口を開く。
「悪いようにはしません。ご主人の目的を果たすため、力になってもらうだけで」
「アオイはともかくトキにはパートナーがいるんだよ?そっちはどうするの」
「狭間におるからな。やったらそのまま死ぬだけや。パートナーが死んでも今のトキなら死なんし」
淡々と答える紫月姉に少し嫌悪感を覚える。紫月姉にとってトキのパートナーはどうでもいいんだな。同じ人間なのに。
「…お嬢様、姫路白菜を狭間に閉じ込めたままここに来たんですか」
ルーンは初耳だったようで紫月姉に尋ねる。紫月姉が頷く。
「目的はトキや。やったらパートナーはどうなってもええやろ」
「…そうですね」
どうしようもない。俺は倉庫の扉の方に歩いていく。戻ろう。扉に手をかける。
…どこに戻ればいいんだろう。
その時、目の前で扉が開いた。不意打ちだったので一歩下がる。
「ハオ…!?無事だったんだ!!」
「美佳姉!?それに白菜姉も…」
その会話を聞いた瞬間、素早くルーンが俺の首にナイフをかけた。一瞬すぎて避けられなかった。羽交い締めにされる。美佳姉が叫ぶ。
「ルーン…!?ハオから離れて!」
「そうはいきませんね、動かないでください。このナイフ、ガチャっとでも殺せますので」
じりじりとルーンは俺を連れて倉庫の中へ戻って行く。美佳姉と白菜姉は言われた通り動かない。
しばらく距離を取り、ルーンが紫月姉に尋ねる。
「どうします、お嬢様」
紫月姉は口元に手を当てた。ルーンもよくやる仕草だ、何か考えている。そして、ニコリと微笑んだ。
「ハオ、あんたこっち側につきや」
「え…」
「悪い話やないやろ。元々神楽水のパートナーなんやし…今のパートナー入院しとるんやろ?タブーではないやん」
「紫月姉」
「あんたがこっちにつくならあの二人、あのまま返してやってもええよ?」
不気味な笑顔だ。何度か見たことあるが、俺に向けられたのは初めてかもしれない。遠くから美佳姉が叫ぶ。
「ハオ!!ダメだから!!そっちにつくなんてダメ!!」
「耳がええなあ、美佳ちゃん」
紫月姉がルーンに目配せする。そして、俺から離れ二人に襲い掛かる。
「美佳姉!白菜姉!」
飛び出そうとしたが紫月姉が俺の腕を掴む。振りほどけるはずなのに、振りほどけない。
「うちを一人にせんで、ハオ」
一人じゃないくせに。ルーンも神楽水も、今はアオイもトキもいるのに。わかっててこの顔と、この声で俺を止める。
でも、この人を俺は嫌いになれない。
俺は抵抗を止めた。紫月姉が俺を抱きしめる。
「ええ子やな、ハオ」
俺は紫月姉に抱きしめられたまま、美佳姉と白菜姉、そしてルーンを目で追った。攻撃を続けながら三人は倉庫を出て行った。
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ルーンに攻撃されながら、私と美佳は倉庫の外に出た。攻撃が速すぎてほとんど避けきれない。致命傷は避けているが全身傷だらけだ。
「も…もうやめて…」
私はルーンに言った。ルーンはというと傷も怪我も全くなく、ピンピンしている。唯一、肩を時々気にしている。
「ではこのまま帰っていただけますか」
「ハオを返して…」
「できませんね。そもそも元々ハオはこちら側ですよ」
それはそうかもしれないが、今は冴子のパートナーだ。その冴子も昏睡状態で、いつ命を落とすかわからない。もうハオの事を縛るのはやめてほしい。
何より、彼が望んで元パートナー…カグラミの元から離れたのだから。
「今は冴子のパートナーなんだけど!?あんたが勝手に決めないでよ!」
美佳が大声を上げる。美佳もボロボロだろうに、負けじとルーンと張り合っている。私は美佳より弱く、折れやすいからとても頼もしい。
そんな美佳を見下しつつ、ルーンは冷たく言う。
「仲違いしているのに何がわかるんです?あなたこそ立場を弁えたほうがよろしいのでは?」
美佳は言い返せず黙ってしまった。何か誤解があるとはいえ、私達が冴子と仲違いしているのは事実だ。
「最後の忠告です。このまま帰ってください。まだ戦うつもりなら本気で殺します」
普段より一層低く、ルーンは言った。本気だ。武器どころか丸腰で、しかも人間とガチャっとでは力の差は明らかだ。戦っても、確実に負ける。
「…だったら…パルちゃんを返して」
美佳がルーンを睨みつけた。この状況なのに本当に肝が据わっている。そうだ、パルも山吹先輩達に連れて行かれて以降行方がわからない。いるとしたら、この倉庫かもしれない。
「…それもできませんね」
「否定しないって事はここにいるんだ」
「ええ。ですがあなた達に渡すわけにはいきません。おまけもいますし」
「おまけ…?」
その問いには答えず、地面に伏せっている美佳の顔の真横にナイフをものすごい勢いで突き立てる。美佳の肩がビクリと動く。
「時間です。まずはあなたから…帰る気ないんですよね?」
美佳の顔が引きつるのがわかった。私は地面に座り込んだまま動けない。怖い…足が地面に張り付いているみたいだ。
「く…口だけでしょ!?本当に殺すなんて」
「殺しますよ」
そう言って、ルーンは美佳の頭にナイフを振り下ろした。ドス、と鈍い音がして、美佳の額から血が流れる。ナイフを美佳の頭に突き刺したまま、ルーンは立ち上がった。
「…美佳…?」
美佳は動かなくなった。呼吸が浅くなる。嘘、嘘、嘘だ。こんな…歯がガチガチと音を立て始める。
ゆっくりとルーンが私の方を向いた。
「次はあなたです」
懐から別のナイフを取り出し、私に歩み寄ってくる。逃げなきゃ、わかっているのに相変わらず足が全く動かない。
私の目の前に立ち、しゃがんだルーンは私の顔を覗き込む。比較的整っている顔が、今は恐怖を煽る。
しかし、ルーンは再び立ち上がった。倉庫の方に目を向ける。
「…あなたを殺すのはリスキーですね。トキが完全に黒に染まったとも断言できませんし…このまま殺してトキも死なれたら困ります」
そう言って私を放置したままルーンは倉庫の方へ歩き出した。途中、私の方を向いて
「それに。友達の弔いもあるでしょうしね」
そう言い残して。




