キサメ
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俺はキサメに駆け寄った。どうして?どうして急に攻撃なんか...。
「止めないでよ洋平。こいつ、洋平の事殺しにきたのかも」
俺は赤髪の男を見た。血が床を赤く染めている。死んでなくてよかった。俺はキサメの手を掴んだ。
「やめろ。この人は何もしてない」
「するつもりだったらどうするの」
キサメは持っている鎌を赤髪の男に向けた。姫路さんがキサメを睨む。
「...あんた何?こいつのパートナー?」
「...やめて」
ケホッ、と咳き込んで赤髪の男がゆっくり立ち上がった。姫路さんが心配そうに赤髪の男を見る。
「おい、お前黒に染まってる奴か?」
黒に染まってる?何を言っているんだろう。キサメが鎌をおろす。
「違う。あんなのに染まるほど軟弱じゃない」
「じゃあ何で攻撃してきた?」
「試しただけ...洋平に興味がないならいい」
ポムッ、とキサメは人形に戻った。赤髪の男が床にしゃがみこむ。
「トキ!」
姫路さんが赤髪の男を支えた。赤髪の男は優しそうに笑う。
「...何で泣きそうになってんだよ」
「だって...死んじゃうかと思ったんだもん...」
「あいつが黒に染まってたら死んでたかもな」
俺は二人に頭を下げた。
「ごめんなさい...まさか、あんな事するなんて思わなくて...」
「お前が命令した訳じゃないんだろ?」
赤髪の男が尋ねる。あんな事を命じるなんてとんでもない。
「してません」
「ならお前は悪くない」
俺は姫路さんの方を見た。
「...ごめん」
「ううん...私が早くトキを止めておけばよかったんだよ。こっちもごめんなさい」
姫路さんは優しい。本人は気づいてないかもしれないけれど。そんなところが、好きなんだ。
俺は床に落ちたキサメを拾い上げ、教室に戻った。不思議な事に床の血は消え、クラスメートもいつも通りだ。
「キサメ」
俺は小声でキサメに話しかけた。今は授業中。先生にばれるのは勘弁だ。
「...何」
キサメは答えてくれた。俺は続けた。
「さっきの赤髪の男、お前と同じでガチャポンから出てきたのか?」
「だろうね。じゃないとあの攻撃で死んでるだろうし」
キサメ以外にもガチャポンから出てきた人がいるのか。他にも会ってみたい。
「...そういう、仲間っていうの?わかるのか?」
「わかる。多分あの赤髪も俺に気づいてたと思う」
なるほど、だから学校に入るなりそわそわし始めたのか。
「...黒に染まってるって何だ?」
俺は最も気になっていた事を聞いた。キサメは少し黙ったが、やがて話し出した。
「俺達ガチャから出てきた...ガチャっとって言うんだけど。ガチャっとは買われた人に尽くす運命になってる。それが女でも男でも、子供でもお年寄りでも」
キサメと会って一日も経ってないが、こいつは俺に尽くす為に出てきたのか。なんか恥ずかしいし、くすぐったい気持ちになる。
「主人に尽くし、主人が死ぬまで守り抜く。それが俺達ガチャっとの使命」
「主人が死んだらどうなるんだ?」
「普通の人形に戻るか、違うパートナーを探す。大抵は普通の人形に戻る」
そもそもどういう経緯でガチャっとというものになったのだろう。疑問だ。
「...それで、ごくまれに、何らかの理由で黒に染まる奴がいる」
キサメは本題に入った。
「黒に染まると自分をコントロールできなくなる。人間や他のガチャっとを殺す事もある。...パートナーを殺す事もある」
鳥肌が立った。もしキサメが黒に染まると俺は、殺されるかもしれないのか。
「見た目も少し変わる。黒いアザが浮き上がったりする。話し方が変わることもある」
「それ、戻す方法はあるのか?」
「あるにはある。他のガチャっとに移すとか、殺すとか。でも殺すとパートナーに何らかの影響が出る可能性が高い」
「他のガチャっとに移すって...どうやって?」
「口移し」
ここにきてまさか口移しとは。童話みたいだ。
その時、バシッと頭を何かに叩かれた。顔を上げると先生が俺を睨んでいた。
「赤間、独り言がでかいぞ」
「す、すいません...」
クスクスとクラスメートが笑う。恥ずかしい。いつの間にか声が大きくなっていたのか。俺は教科書で赤くなっているであろう顔を隠した。
放課後、俺は先生に頼まれて職員室に向かっていた。資料を運んでくれ、だそうだ。
「失礼します」
職員室には誰もいなかった。そういえば、今日は職員会議があるって言ってたな。俺は先生に指定された場所に立った。資料を探す。
「これかな...」
外のカラスがけたたましく鳴いた。誰かの視線を感じ、俺は顔を上げた。
外の大きな木の枝に、誰かが座っていた。この学校の生徒ではなさそうだ。
(...誰だ?)
そいつは俺と目が合うと、ニヤリと笑った。ゾクッとした。俺は足早に職員室を後にした。
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木の枝にから職員室を見つめる影。赤間洋平が職員室を後にした後、その人物はフーッとため息をついた。
「大したこと無さそう...ん?」
木の下からその人物を呼ぶ声。その人物は木からピョン、と飛び降りた。
「勝手にうろうろせんでって言ったよね?」
「すみません...いやぁ、気になっちゃって」
「気にせんでも、そのうち話せるんやけ、ええやん」
長い髪をなびかせ、その人は言う。全く、恐ろしい人だ。その人物は肩をすくめた。
「でも先輩、あの人間ガチャっと持ちですよ?勝てるんですか?」
「あんた人間に引け目感じてどうするん。うちらが本当に倒したいのはガチャっとやろ?人間から始末した方が早いやん」
人間を倒した後、ガチャっとをあぶり出す。この人はそういうスタイルなのだ。
「それにあんた、あっち側に知り合いおるんやろ?引っかけるにはちょうどええやん」
その人物は空を見上げた。過去に何度か話した事のあるあいつ。さっきの人間のパートナーはもしかして、あいつかもしれない。
「あんたまさか、心入れ換えたりせんよね?」
「しませんよー」
二人は風に紛れて消えた。
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「風呂上がったぞ」
「だから!服を着てから出てきてよ!」
家に帰るなりトキは風呂に入った。入るのは別にかまわないのだがちゃんと服を着てからリビングに来てほしい。私は目をつむっていた。
「白菜」
「ん...」
目を開けると上半身裸のトキが私を見ていた。私は再び目をつむった。
「だから服を...」
「ないんだよ。あのセーターずっと着てたから替えたいんだよ」
そうか。トキの服(お父さんの服だけど)ってセーターしか与えてなかったっけ。私はタンスを漁った。
「またワケわからん服なの?」
「あのねぇ、住ませてもらってるんだからそれくらい我慢してよ」
私は学生だ。お金が十分あるわけではない。かといって、お母さんにトキの事は話せない。
「ただいまー」
「帰ってきた!トキ!」
トキは人形の姿になった。お母さんがリビングに入ってくる。
「お、お帰り」
「はー疲れたわ...って...」
お母さんが風呂場に向かった。そして怒鳴った。
「白菜!何よこれは!」
私は風呂場に駆け込んだ。風呂場はしっちゃかめっちゃかだった。シャンプーやリンスのボトルは倒れ、石鹸はボロボロ、タオルはグシャグシャに丸めてあった。
私は頭を抱えた。トキだ。ちゃんと片付けろって言ってるのに。
「これ白菜がやったんでしょ?」
「う、うん...」
私は一人っ子だ。私以外にやれる人はいない。お母さんはトキの事知らないし。
「ちゃんと片付けなさいよ、全く」
お母さんはブツブツいいながら片付けを始めた。私も手伝う。やはりトキの事を話した方がいいのだろうか。
部屋に戻ると携帯が鳴っていた。美佳からだ。
「もしもし?」
『白菜!?よかった、繋がった...』
何だか慌てているみたいだった。私は尋ねた。
「どうしたの?」
『何か今...変なところにいるの...いつの間にか...』
「え?どこかわからないの?」
『うん...だから...っ...え、嫌、やめて...』
美佳の声音が変わった。怯えている?誰かと一緒なのだろうか。
「美佳?」
『嫌、嫌、やだぁああぁあっ!!!!!!』
「美佳!?」
美佳の声が途切れた。しかし、電話はまだ繋がっている。私は待った。
『.....始めまして、お姉さん』
私は息をのんだ。美佳じゃない。誰?
『ごめんね、手荒い真似しちゃった。この女の子、お姉さんのお友達なんでしょ?』
「あなた、誰?」
クックック、と相手は笑った。怖い。私は携帯を握りしめた。
『知りたいなら町外れの倉庫においで。お友達もそこにいますから...』
町外れの倉庫。人がいないところだ。私はフーッと息を吐いた。
「わかった」
『ただし、一人で来てくださいね。誰かと一緒に来たら、お友達殺しますから』
生唾を飲み込む。一人で。一人で行かなくてはならないのか。こっそりトキを連れていけば...。
『そうだ、赤髪の先輩を忍ばせても無駄ですからね』
赤髪の先輩?トキの事...?この人、トキを知ってるの?ということは...。
「あなた...ガチャポンから出てきた...」
ブツッ、と電話が切れてしまった。私は颯爽と用意をした。
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俺は携帯を女の足元に投げた。女は怯えていた。俺はにっこり笑った。
「あなたがいけないんですよ?俺に断りも無しで携帯を使うなんて」
さっき、この女に銃を向け、撃ったがもちろんわざと外した。死なれたら困る。
「何をするつもりなの...」
女が声を震わせながら聞いた。答える必要はない。俺はガムテープを取りだし、女の口に貼った。
「あんま余計なこと喋らないでくださいよ。死にたくないでしょ?」
その時、重い扉を開ける人影が見えた。俺はクスッと笑った。
「待ってましたよ、お姉さん」
そこにはこの女の友達...姫路白菜が立っていた。息を切らしている。
「そんな急がなくても良かったのに...」
「美佳!!」
姫路白菜が女に駆け寄る。俺はすかさず銃を姫路白菜に向けた。
「な...」
「動かないで?」
姫路白菜は立ち止まった。俺は銃を彼女に向けたまま、女の隣に移動した。
「それにしても本当に一人で来るなんて。敵ながら尊敬しますよ」
「...目的は何?」
俺はじっと姫路白菜を見つめた。
「...あなたの近くに...もしくはパートナーとして、金髪の男がいるはず」
姫路白菜が眉をひくつかせた。知っている。この人間は、俺が会いたい人物を知っている。
「その人が何?」
「ここに一時間以内に連れてきてください。連れてきてくれたらお友達は返します」
当初の俺の目的は金髪の男を葬ること。この女はただ姫路白菜を連れてくるだけの囮である。
「...わかった」
「あ、金髪の男にはアオイが呼んでる、って言えばわかりますから」
姫路白菜はうなずいて、倉庫を出ていった。
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私は走っていた。赤間君。どこにいるんだろう。あいにく家は知らない。赤間君が見つからなくても、パートナーが見つかればいいのだ。あのアオイって人の目的は赤間君のパートナーだろうから。
私は町中を走り回った。人に聞いたりもした。なかなか見つからない。
その時、スーパーから金髪の男が出てきた。距離はあったが、間違いない、赤間君のパートナーだ。
「待って!!」
金髪の男は振り向いた。
「...何?」
「助けて、ア...アオイって人があなたを呼んでる」
金髪の男が何かを感じ取ったみたいに息をのんだ。金髪の男が私の手を引いた。
「ふえっ!?」
「どこ?どこにいるの?」
「町外れの倉庫...」
すると、金髪の男が私の体を自分の方に引き寄せた。私はドキドキした。
「つかまって」
「う、うん...」
金髪の男が指を鳴らした。その瞬間、体がフワッと浮いた。私は彼につかまった。