地下室への道
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「赤間さーん、ご飯ですよ」
看護師が夕食を持って病室に入って来た。俺は読んでいた本を閉じ、傍らに置く。
「六時か…」
「今日はお友達来なかったわね」
看護師が夕食のお盆を机に置きながら言った。そう、今日は誰も来ていない。全校集会は無事に終わったのだろうか。
何度か姫路さんや松尾さんに電話をしたが二人とも繋がらなかった。メッセージも送ったが既読もつかない。
何事もなく終わっていたらいいのだが…。
「洋平」
気づくとキサメがベッドの隣に立っていた。看護師はとっくに病室を後にしたらしい。キサメが続ける。
「俺、あの倉庫に行ってくる」
「え?なんで…」
「白菜達が言ってた地下室が気になる。カグラミの事とか、何かわかるかもしれないし」
そういえば姫路さん達から例の倉庫に地下室があるという話を聞いた。姫路さん達もハオ…木村さんのパートナーのガチャっとから聞いた話らしいが。
ちなみに木村さんはまだ意識を取り戻していない。お見舞いに行った姫路さん達が言っていた。二人とも心配だろうな…。仲違いしてるとはいえ、友達なんだし。
色々考えているうちに、いつの間にかキサメが病室のドアに手をかけていた。
「キサメ!一人で行くのか…!?」
危険だ。地下室どころかあの倉庫自体が生徒会長達のアジトのようなもので…。鉢合わせる可能性も高い。その場合間違いなく戦闘になる。
「大丈夫。俺を信じて」
キサメは力強く言った。戻ってきてからといいキサメは前より頼もしくなった気がする。俺がこんな状態なのもあるだろうけど。
「…わかった。気をつけて」
キサメは頷き、病室を後にした。
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日が暮れると倉庫の周りは木ばかりで鬱蒼としている。人影も街灯もなく、足元を見るのがやっとなくらいだ。
倉庫の扉に手をかける。鍵はかかっていない。ゆっくり開き、中を覗く。静かだ。人の気配は無い。
「ラッキーだな…」
とりあえず中には入れた。でも、誰か隠れているかもしれないし警戒しながら奥に進む。閉め切られていたわりにホコリが少ない。誰か定期的に掃除でもしているのだろうか。
「…ん?」
ふと、奥の部屋の扉が少し開いている事に気づいた。扉を完全に開くと、壊れた檻が目に入った。ちょうど、人一人入れそうなくらいの大きさだ。
(誰かいたのか…?というかこれ…閉じ込められていたんじゃ?)
部屋から出る。周りを見回すが人の気配はしない。誰もいないとみていいのだろうか。
それより、地下室の入り口はどこだろう。倉庫を見た感じ何の変哲もない普通の倉庫だが、地下室というからには隠し扉か何かあるはず。
その時、ガタンと倉庫の扉から音がした。咄嗟に振り向く。誰か入って来た…!?
「…う…」
その人影は力なく倒れてしまった。恐る恐る近づくと、それはボロボロになったパルだった。
「パル…!?なんでそんなボロボロに…」
「…その声、キサメみゅね…よかった…誰か居てくれて」
パルはか細い声で言った。今にも意識を失いそうだ。俺は積み上げてあったコップに水を入れ、パルに渡した。水道水だし、飲んでも大丈夫だろう。
「…ふう…ありがとう、落ち着いたにゅ」
数口水を飲んだパルはコップを傍らに置いた。完全には回復してないようだがだいぶ話せるようになったらしい。俺はコップを片しながら尋ねた。
「何があった?一人…?」
パルは頷き、自分のスカートを強く握った。
「…パルも詳しくはわからないけど…山吹紫月と神楽水…あいつらが学校で暴れてるみゅ」
やっぱり、昨日白菜達が予想した通り山吹紫月達が全校集会を利用して騒ぎを起こしたのだ。洋平に連絡がなかったのも、返事がなかったのも納得した。というか…
「…今も戦ってるの?みんな」
「多分…」
パルも詳細は把握できていないようで、はっきりとした答えはわからなかった。だが、ただ事じゃない。それだけはわかった。
「あんたは何があったわけ?」
「パルは…あの部屋で檻に閉じ込められてたけど何とか抜け出して、学校に行ったみゅ」
パルが奥の部屋を指差す。あの壊れた檻、パルが入っていたのか。にしても壊れ方が尋常じゃなかったけど…相当な力を使ったんだろう。
「学校についてすぐ、大きな音がしたから…駆けつけたら山吹紫月とルーンがいたみゅ。そこでルーンと戦ってたにゅ」
「それでそんなボロボロに?」
パルが頷く。ルーンもかなり強いと思っていたが、ボロボロとはいえ学校からここまで来れるだけの体力があるんだな、パルは。やっぱり俺達より強いのか。
「この倉庫にはなんで来たの」
「…戦闘の途中、ここは手薄になるから…誰かいるかもしれないと思って」
「それは敵でも味方でもって事?」
「そう。どっちにしても…地下室に入りたかったみゅ」
そうだ。パルは元々カグラミのパートナーだと聞いている。だったら地下室の場所も、入る方法もわかるはず。俺は食い気味に尋ねた。
「入り方わかるの?」
「わかるみゅ」
パルはゆっくり立ち上がり、壊れた檻がある奥の部屋に入った。俺もパルに続く。
「ここ」
壊れた檻から少しずれたところをパルが指差す。ただのコンクリートにしか見えない。そして、パルがそこに手をかざした。
「…開け」
パキン、と音がして床が右側にゴゴゴ…と動いた。見ると、階段が下に続いている。これが地下室…。
「多分、入ったら神楽水か…パートナーのルーンにわかるようになってるみゅ。すぐ駆けつけてくる、そうなると…」
「戦闘でしょ?…大丈夫」
ここまで来て引き下がるわけにはいかない。山吹紫月の事、カグラミの事…絶対何かわかるはずだ。
「頼もしいみゅね」
パルがふんわりと笑った。久々に笑顔を見た気がする。パルが先に階段を下り、俺も後に続いた。
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ーー…誰か地下室に入った。
「ご主人」
「あ?」
きつく包帯を私に巻くご主人を見る。地下室の場所を知っているのはご主人と私、ハオ、パル以外はいない。状況からしてパルが地下室に入った事がわかる。
「痛いです。怪我人なんですが」
「文句言ってんじゃねーよ。元はといえばオマエが悪いんだろうが」
ますます力を込めてくる。本当に痛いのだが。ご主人の言う通り自分が不甲斐ないせいでこうなったのだから仕方ないといえば仕方ないが。
私は迷っていた。地下室にパルが入った事、ご主人に話すべきだろうか。ご主人は人間だから私のように地下室に誰か入った事はわからない。
つまり、このまま私が黙っていれば地下室を踏み荒らされるわけで。
以前ならすぐ伝えているのだが…正直もうこの戦いを終わらせたい気持ちが強い。そもそもトキはこちらに戻ったのだからさっさと帰ればいいのだが。
「…これからどうするの」
不服そうにハオが呟く。この状況でハオがこちらにいるのもおかしな話である。今は敵なのだから殺せと言われれば殺すのだが…あんな頼み事をした手前、抵抗がある。
「ま、ルーンが回復次第倉庫に戻るかな」
「え?いやトキとアオイ気絶してるんだけど…」
「オマエが運ぶに決まってんだろ。パートナー近くにいないんだろ?暇なんじゃん」
「はあ!?なんでそんな事まで」
言い合っている二人をよそに、私は懐かしい気持ちになっていた。ハオとパルがご主人から離れてどれくらい経っただろう。この二人、契約してた時も言い合いしていた気がする。
「オマエさぁ、戻って来いよ」
ご主人がポツリと言った。
「嫌だ。俺もうパートナーいるし。お前と違って優しい優しいパートナーだもん」
ご主人は寂しそうに笑った。自分がまいた種のくせに都合の良いご主人である。自分の身勝手で二人が離れた事、ご主人が一番わかっているだろうに。
「ルーン、あとどんくらいで全快する?」
ご主人が救急箱(勝手に学校のを拝借した)を片しながら尋ねる。
「…まあ、あと一時間くらいでしょうか」
「長ぇ〜!」
そう叫んでご主人は寝転んだ。このまま寝そうだなこの人。それを見てハオが私に手招きする。少し体を寄せると、ハオが耳打ちした。
「…パル、地下室に入ってない?」
私はハオを見た。元パートナーとはいえパルと同じで勘は衰えていないらしい。まあ、そうしたのもご主人なのだが。
「入ってますね」
「なんで言わないの?」
「言わなくても私達の勝ちなので。トキもこちら側に来ましたし、姫路白菜は狭間の中ですし」
ハオが私から体を離す。複雑そうな顔をしている。というか、今ならここから出られるだろうに何故出ないのか。ご主人はというと寝息を立てている。
「…ルーンって神楽水の事好きなの?」
「はい?」
突飛な質問に自分でも間抜けな声が出た事がわかる。ハオがそんな事を聞いてきたのは初めてだ。そういうの全く気にしないと思っていたが。
「好き嫌いじゃないです。ご主人はご主人なので、命令に従うのは当然です」
「そうじゃないってば」
「じゃあ何ですか」
「恋愛感情?あるの?神楽水に」
体が引けてしまった。恋愛感情。どこでそんな言葉を覚えたのか。というか…
「あるわけないでしょう」
「よかった〜!神楽水に恋愛感情あるとか言われたら死んでたかも」
「…そもそもガチャっとに恋愛感情は芽生えませんよ。ご主人がそう作ってるんですから」
そう、ご主人は面倒だからとかコスパが悪いとかで私達…ガチャっとに恋愛感情はプログラムしなかった。それはご主人が自分で言っていた。それ以外の喜怒哀楽はプログラムしたらしいが。
ハオが首を傾げる。
「でも、神楽水はルーンは紫月姉が一番好きだって言ってた。それって恋愛感情じゃないの?」
体が固まった。何て事を吹き込んでるんだご主人は。そんな訳がない。お嬢様の事は大切だし、護りたいと思っているけれど、恋愛感情じゃない。
「違います。好きにも色んな種類があるんですよ。確かにお嬢様の事は好きですが…恋愛感情じゃない」
「というか恋愛感情って何?」
いよいよ核心を突かれ、私は頭を抱えた。本当に要らない事を吹き込んでくれた。そもそも私もガチャっとなんだから詳しい訳では無い。
「知りません。ご主人にでも聞けばいいじゃないですか。もしくは今のパートナーにでも」
「神楽水は嫌だ!冴子姉は…今入院してるし意識ないから聞けない…」
そう言いながらハオはしゅんとなる。冴子姉というのは今のパートナー…木村冴子の事か。お嬢様が色々吹っかけたという…。
「俺、ルーンが一番好き」
「は?」
先ほどよりも間抜けな声が出る。今なんて?でも、ハオは結構誰にでもすぐ懐くし好き好きいうのでこれもその一貫…。
「でもこれが恋愛感情なのかわかんない」
恋愛感情だったら困るどころの話ではない。さすがに困惑して言葉が出ない。
「だから知りたい!!」
真っ直ぐ私を見るハオを見て私は目眩がした。今すぐここから出て行ってほしい。もしくは自分が出て行くか…ご主人が恋愛感情をプログラムしなかった理由がよくわかった。面倒だ、こんなの。
私はハオから目を反らし、ご主人を揺さぶった。
「んん…?何?オマエもう動けんの…?」
「動けます。帰りましょう」
完治していないがこの空気に耐えられず、私はさっさと歩き出す。外で待っていたお嬢様が近寄ってくる。
「ルーン、もう大丈夫なん?」
「はい。待たせて申し訳ございません」
「ええよ。…ま、神楽水も元気みたいやし…トキとアオイはまだ気絶しとるんやな」
トキとアオイを抱えて唸っているハオを見ながらお嬢様は胸をなで下ろしていた。正直自分が完全回復していたならトキとアオイを引き取ってハオを追い出したかったのだが、仕方ない。
それに、今地下室にはパルがいる。間違いなく鉢合わせるだろうしここでまた体力を削るわけにはいかない。足早に倉庫に向う。




